警鐘を鳴らす在日米国大使館
2022(令和4)年4月、在日米国大使館の公式マガジン「アメリカン・ビュー」は、「メディアリテラシー」に関する興味深い記事を掲載した。
「戦時でも正しいオンライン情報と作り話を見分ける」と題された記事は、こんな書き出しから始まる。
「何百万人もの人がウラジーミル・プーチンによるウクライナへの理不尽な戦争の情報をオンラインで、そして時にはリアルタイムで共有しているなか、どの報道が真実なのかを見極めることが難しくなっています」
2022年2月から始まったロシア軍によるウクライナ侵攻後、地上での戦闘に加えて「情報戦」も激しさを増している。
憂慮する欧米では、改めてメディアリテラシーに注目が集まり、啓発する動きが高まった。そして米政府は、日本国民を対象とした啓発にも動き出した。その一つが、アメリカン・ビューの記事だ。
この記事自体、米政府による日本向けのプロパガンダなのではないか、と見る向きもあるだろう。だが、主題はあくまでメディアリテラシー。記事は「SIFT」と呼ばれる、オンライン情報の真偽を見極める手法の紹介へと続く。
4つのステップから成る「SIFT」
クリティカルシンキングをどう実践していけば良いのか。前編では、メディアリテラシーのグローバル・スタンダードと言うべき5つの「コア・コンセプト」と、それらに紐づく5つの「キー・クエスチョン」を紹介した。
実践! ニセ・誤情報に克つ[前編] 5つの「キー・クエスチョン」で考える
ただし、時代とともにメディアは多様化しており、メディアリテラシーの手法もまた進化している。その代表格が米大使館も紹介しているSIFT というわけだ。
SIFTは、デジタルリテラシーの専門家、ワシントン州立大学のマイク・コールフィールド氏が提唱するメディアリテラシーを身につけるための比較的新しい手法で、2017年からSIFTを学生に教えている。
ネット上に溢れる情報の真偽を誰でも簡単に確認するための4つステップから成り、それぞれの頭文字をとってSIFTと名付けられた。「sift」という英単語には「ふるいにかける」という意味もある。
S | Stop |
---|---|
一旦立ち止まって考えよう | |
I | Investigate the source |
ソースを調査しよう | |
F | Find better coverage |
よりよい報道を見つけよう | |
T | Trace claims, quotes, and media to the original context |
主張、引用、およびメディアファイルをオリジナルの文脈まで辿ろう |
近年、欧米のメディアリテラシー界隈で注目を浴びており、米紙「The New York Times(ニューヨーク・タイムズ)」や、米マサチューセッツ工科大学(MIT)による科学技術誌「MIT Technology Review(MITテクノロジーレビュー)」もコールフィールド氏が提唱するSIFTを大きく取り上げている。
では、具体的にどう実践すればいいのか、4つのステップを個別に見ていく。
まず、立ち止まる
最初のステップ「Stop」について、コールフィールド氏のブログ「Hapgood」にあるSIFTのウェブページはこう説明している。
Stop(立ち止まる)
まず、そのウェブページや投稿にアクセスして読み始めたら、一旦停止。そのウェブサイトや、情報のソース(情報源)のことをあなたが知っているのかどうか、その主張やウェブサイトの「評判」をわかっているのかどうか、自問してください。(中略)それが何であるかが理解できるまで、読み進めたり、他人に共有したりしないでください。
これまで見てきたメディアリテラシーの基本概念であるクリティカルシンキングや、伝統的な理論である5つのコンセプトにも共通しているが、SIFTは「まず、立ち止まる」ことを強烈に推奨している点が特徴的だ。
反射的な行動が誤情報の拡散につながるという研究結果がある。米MITが実施したTwitterに関する研究成果が2018年、米科学誌「Science(サイエンス)」に掲載された。それによると、誤情報やフェイクニュースが10回リツイートされる速度は正しい情報と比べて約20倍速く、1500人に伝わる速度は正しい情報が伝わる速度の6倍速かったという。
誤った情報は驚きを生む。驚きは反射的な行動につながる。その結果、拡散のスピードもアップする。だからこそ、「Stop」が大事になってくる。前出のMITテクノロジーレビューの記事は、コールフィールド氏の言葉を引用しながらこう説明している。
コールフィールドは、ウクライナのニュースに関しては、「Stop」に重点を置くべきだと言う。つまり、表示された投稿に反応したり投稿を共有したりする前に、立ち止まって考えようということだ。
コールフィールドは、「周囲の人々に対して真っ先に自分がその話を共有することで、自分がそのニュースを教えてあげたことにしたいという衝動に駆られるのは、人間なら仕方がないことです」と言う。ジャーナリストは日々、その衝動に気をつけている。しかし、これは誰しもが気をつけなければならないポイントだ。現在のように、情報が次々と舞い込んでくる状況であれば、なおさらだ。
情報源を調査し、より良い報道を探す
続くステップである「Investigate the source(情報源の調査)」について、コールフィールド氏はこう解説している。
Investigate the source(情報源の調査)
ここでの考え方は、読む前に何を読んでいるかを知っておきたい、ということ。ソース(情報源・出所)の専門知識やアジェンダを知ることは、記事や投稿の発言を解釈するうえで非常に重要です。読む前に 60 秒かけてそのメディアや投稿の出所を把握することは、その記事に時間を費やす価値があるかどうかの判断に役立ちます。
わかりやすく言えば、「読む前に、出所を確認せよ」ということ。ただし、その出所にこだわりすぎるのはよくない。これは、次なるステップ「Find better coverage(より良い報道を探す)」と合わせて考えるべきだ。
Find better coverage(より良い報道を探す)
例えば「コアラを救う基金」という組織から発信された「コアラが絶滅したと宣言された」という記事を受け取った場合、その記事の情報源を調査するのではなく、いったん外に出て、このトピックに関するほかの記事や情報源を見つけることが最善策かもしれません。
重要なのは、複数の情報源をスキャンし、専門家のコンセンサスがどのようなものか、確認すること。より適した「他のカバレッジを見つける」ことをお勧めします。より信頼できる、より詳細で多様なカバレッジです。
そのウェブサイトや投稿が情報源としている出所自体が誤情報を流している場合、その出所にこだわるのは危険であり、時間の無駄にもなる。上記の例の場合、いったん当該のサイトやその情報源から離れ、「Google」などで「コアラ 絶滅」と検索し、別の情報源を当たってみよう、ということを推奨している。
そして、最後のステップ「Trace claims, quotes, and media back to the original context(主張・引用・写真や動画を、オリジナルの文脈まで辿る)」に到達する。
デジタルに対応したクリティカルシンキング
Trace claims, quotes, and media back to the original context(主張・引用・写真や動画を、オリジナルの文脈まで辿る)
私たちがインターネットで見つけるものの多くは、文脈が取り除かれています。(中略)その写真は本物のように見えるかもしれませんが、キャプションによって誤解を招く可能性があります。新しい治療法についてのその主張は研究結果に基づいているとしていても、引用している研究論文が本当にそう述べているかどうか、定かではありません。
このような場合、主張、引用、または写真や動画などのメディアファイルを、オリジナルの発信元まで遡って追跡しましょう。元の文脈を確認し、あなたが見たバージョンが正確に引用しているかどうかを把握できます。
元のソース情報を発信した組織や人の意図や文脈に反して、その一部が切り取られ、別の文脈で使われてしまうこともあり得る。そのため、オリジナルまで辿り、最初の情報がどのように発信されているか確認することも重要だという。
これらを実践することでコールフィールド氏は、「主張の誤り、あるいは、(根拠となっている)情報源が人を騙そうとしていること、などを見抜くことができる。そうではなくとも、インターネットやウェブサイトが切り取りがちな文脈を再構築することで、実りのあるデジタル情報との関わりを保てる」としている。
デジタル情報の真偽確認に特化したSIFTについて、メディアリテラシーに詳しい法政大学キャリアデザイン学部の坂本旬教授は、こう評価する。
「SIFTは伝統的なメディアリテラシーではなく、『デジタル情報リテラシー』を育むもの。ユネスコが定義する『メディア情報リテラシー』、つまり、広義のメディアリテラシーをアップデートする手法です」
「コールフィールド氏らクリティカルシンキングが不完全だと考える研究者たちは『クリティカルシンキングがある人でも騙されてしまう時代』と言っています。それは、『歴史学者が紙ベースで考えるようなクリティカルシンキングでは足りない』という意味。つまり、デジタル時代に対応した新しいクリティカルシンキングが必要だと言っている。そう理解すべきだと考えます」
私たちはなぜ騙されるのか
メディア自体がデジタルによって多様化し、その伝達手法も、あるいは悪意をもって騙す技法もまた、多様化している。そうしたなか、防衛する側のメディアリテラシーも多様化して対応していく必要がある。その意味で、日本の総務省が一般に配布しているメディアリテラシー教材は、多くの示唆を与えてくれる。
2022年6月、総務省はニセ・誤情報の存在を知り、備えるための啓発教育教材「インターネットとの向き合い方~ニセ・誤情報に騙されないために~」を公開した。
若年層から成年層まで幅広い年齢を対象とした60分程度の講義向けで、全66ページのスライドから成る大作。講師向けガイドラインもある。都城市はさっそく2022年7月、この教材を用いた講座を実施するなど、全国の自治体での活用も広がっている。
総務省の教材「PART2 私たちはなぜ騙されるのか」では、「特価品5980円」「15000円5980円」どちらの表示が気になるか、同じ光景を観ているのに「ホームランだ」「ファールだ」と意見が分かれるのはなぜかを問いかけ、こう説明している。
人は、自分の願望や経験、思い込み、周囲の環境によって、無意識のうちに合理的ではない行動、偏った判断をすることがあります。「認知バイアス」と呼ばれるこの現象は、私たちの生活の様々な場面で起きています。
「認知バイアス」を別の言葉で表現すると…人は信じたいものを選ぶ
「ニセ・誤情報」には、誰かに教えたい要素、感情に訴える要素があるため共感・拡散されやすいのです。
そのほか、SNSなどのアルゴリズム機能により、ユーザーの観点に合わない情報から隔離され、自身の考え方や価値観の「バブル(泡)」の中に孤立するという情報環境「フィルターバブル」や、人工知能(AI)による「ディープフェイク」など、技術の進歩に伴う弊害にも言及している。
騙された結果、どうなるのか。教材は、海外で携帯電話の基地局が破壊された事件や、拡散によって損害賠償請求された事件など、ニセ・誤情報が引き起こした具体事例をもって説明する。詳しくは引用元をご覧いただきたい。
そして、騙されないためのチェック項目では、「情報源はある?」「その画像は本物?」など基本4項目、「知り合いだからという理由だけで信じていないか?」「表やグラフも疑ってみた?」など応用4項目が並ぶ。
前編で紹介した「さぎしかな」や、先に紹介したSIFTと同じような項目もあれば、それらにはない項目も。この総務省によるチェックもまた、デジタル時代に対応した新しいメディアリテラシー、新しいクリティカルシンキングの手法の一つと言える。
締めの言葉は、「騙されやすいのは『自分は騙されない』と安心している人」。
やはり、「鵜呑みにしない」「立ち止まる」というクリティカルシンキングの基本姿勢が最も大切な所作であることに違いはない。
しかし、それさえ身につけば、怖がることはない。
インターネットやSNSの恩恵を存分に受け、ときには「こんなこと言っているけれど、違うよね」と、ある意味、楽しみながら、膨大なデジタル情報の海を泳いでほしい。
(次回に続く)
学校に浸透するメディアリテラシー教育 NHKの奮闘、先行する欧米