深く多面的に、考える。

メディアリテラシー #01

メディアリテラシーが必要なワケ[前編] AIフェイク画像と謎の地下室の示唆

Think都城では、地域を深堀りするテーマのほかに、「メディアリテラシー」も一つのテーマとして取り上げます。初回は、メディアリテラシーの詳しい内容に入る前の導入編。3つの事例を通して、メディアリテラシーが必要とされている理由を理解していきます。

静岡の豪雨被害に乗じた「AIフェイク画像」

「ドローンで撮影された静岡県の水害。マジで悲惨すぎる…」。

2022年9月、台風15号の影響で静岡県に記録的な豪雨災害が発生。その事実を悪用するかのような「フェイク画像」が出回り、騒動となったことは記憶に新しい。

このフェイク画像は、またたく間に3000件以上もリツイートされ、5000件以上の「いいね」がつき、驚きや同情とともにインターネット上を駆け巡った。

一方で、ネット上では「画像をよく見るとおかしい」「フェイク画像では?」との指摘も広がり、同日午後4時頃、同一アカウントは画像生成AI(人工知能)「Stable Diffusion」で作成したフェイク画像であることを認め、謝罪と経緯説明を投稿した。

曰く、これまでもAIによるフェイク画像は何度も投稿してきた。こんなに騒動になるとは思っていなかった。被害を受けている静岡の方々に申し訳ないことをしたと反省している。そう綴った後に、こうも付け加えた。

「ろくに確かめもせず、パッと見て信じ込んじゃってね。お前らの常識とネットリテラシーの無さが露呈しましたね!www」「元の投稿は消しません。このようなフェイクがあることや、この投稿が偽情報であることを明示するためです」

悪意をもって意図的に人を騙そうとする誤情報やデマ、いわゆるフェイクニュースがインターネットやSNSにはびこっていることは、もはや周知の事実だろう。だが、タイミング次第では、あたかも本当の情報のように拡散してしまうことがある。静岡豪雨のAIフェイク画像は、その典型例と言える。

AI技術は日々進歩しており、誰でも簡単に利用できるようになってきた昨今、このように画像や映像が絡んだフェイクニュースは、ますます見抜くのが困難になってきている。

熊本県人吉市「ナゾの地下室」で論争

もうひとつの事例を紹介したい。

今年6月、ある大手全国紙が九州版で「江戸期『ナゾの地下室』はユダヤ教の沐浴施設?」と題し、熊本県人吉市の人吉城跡敷地内にある「謎の地下室」についての記事を掲載した。ユダヤ教研究の権威とされる日本人学者が同市の松岡隼人市長に「ユダヤ教の身を清める沐浴施設(ミクヴェ)と類似しているとの仮説を伝えていた」という記事だ。

同新聞は9月にも続報記事を掲載した。「郷土史家らがこれまで得てきた情報によると、『大きさや構造から人吉城跡の地下遺構はミクヴェといっていい』という」と報じ、「謎の遺構が有名になれば、研究者や観光客が増えて地域が盛り上がる」といった郷土史家の期待が込められたコメントも添えられた。

このロマンあふれる記事がインターネットで話題となった。「隠れキリシタンならぬ隠れユダヤ教徒が極東の地でこっそり沐浴していたということか。いろいろと感慨深い」――。

そう、驚きをもってコメントするユーザーがいる一方、「いろんな可能性がある所で一つの可能性だけを前に推し進めたら良くないんじゃないかな」「観光地化するにはそれくらいぶっ飛んだこと言わないといけないんやろなぁ」といった冷静な意見も噴出した。

シンポジウムに参加した准教授の懸念

この記事は、先に紹介したフェイクニュースとは明らかに異なる。虚偽の事実を流しているわけでもなければ、悪意もない。ユダヤ教徒のミクヴェであるという「可能性」についての示唆にとどめており、断定もしていない。

6月の記事では、「実証出来る証拠がないため、現時点では想像の域を出ないという、研究者としての冷静な見解も述べられた」「想像力をかき立てられるが、言い換えれば結論づけることがむずかしいものになっている」といった松岡市長の議会答弁も紹介している。

ただし、記事のタイトルや流れが、「観光地化したい郷土史家側の思いや意見」に寄って作られていることは事実。記事の作り方に異を唱える読者が多数存在した一方で、そうした読者のように自ら調べたり、立ち止まって考えることをせず、素直に「江戸時代に隠れユダヤ教徒がいたんだ」と思い込んでしまった読者も多数、いたはずだ。

では、真偽はどうなのか。どの程度の確度があるのだろうか。

9月の続報記事では、郷土史家や学者を招き、遺構の謎に迫るシンポジウムが開かれる旨も紹介していたが、そのシンポジウムに参加した東京大学の准教授は自身のブログで、シンポジウムの所感をこう述べていた。

「結果としてはかなりモヤモヤが残る感じ」「会場でアウェー感満喫。私に期待された役割は、現実的な実証ではなく、『これはまさしくミクヴェでしょう』『そしてアルメイダが伝えたのです。きっと』と言って差し上げることだったみたいです」

「ともかく、私自身は『真正ユダヤ教徒のためのミクヴェの可能性は低い』という結論です」「新聞社が2社ほど来てましたが、『長崎で日本人はユダヤ教徒に出会っていた』だけが切り取られないことを切に所望します。一応ここに書いておくのは、そうなる可能性がままあるためです」(原文から抜粋)……。

“切り取る”マスメディアの性

この准教授のコメントは、非常に示唆に富んでいる。なぜなら、マスメディアの仕事の多くは、“切り取る”ことだからである。

筆者は、記者として雑誌社、新聞社の仕事に20年携わったことがある。その経験からして、准教授のコメントは耳が痛い。

マスメディアの報道に携わる誰もが、「公正・公平」に記事や番組を作ることを求められ、遵守していることになっている。だが、メディア企業であっても一般企業と同様にアクセス数や視聴率といった「結果」を求められる。記事や番組が「より多くの読者や視聴者に届いてほしい」「話題になってほしい」と思うのは当然だ。

加えて、コンテンツを作るうえで、すべての意見や説を取り上げたり、両論併記を永遠に続けるわけにはいかない。それでは魅力的とは程遠い結果になる。そもそも言論機関における言論者として、あるいは表現者として、意見を持つことは大切なことであり、客観的な証拠や論証をもとに自説を展開することも多い。

しかし、そのためには数多ある情報のなかから「取捨選択」を行わなければならない。

魅力的なコンテンツにするために、あるいは、自説を展開するために“切り取り”がなされる。論を二分する話題があった場合、どちらか一方の論に寄る(あるいは依る)こともあり得るわけだ。

ということを踏まえたうえで、我々はメディアの情報に触れるべきである。

こうした、マスメディアの仕事の背景は、学校では教わらない。社会人になっても、記者の仕事の背景に思いを馳せる人は少ないだろう。ちなみに、本稿で取り上げている事例についても、取捨選択の結果であることを記しておく。

くだんの記事の話に戻ると、数々の文献やファクトを調査した結果、筆者は「ナゾの地下室はなんだかわからない」が正解だと考えている。

「ミクヴェである可能性」は排除できないが、高くもない。城跡の地下に井戸があるのは珍しいことではなく、構造物としてミクヴェに似た単なる井戸のあと、という帰結もまた、否定できない。現時点ではなんだかわからない、のである。

ただ、それでは面白くないうえ、取材対象の地域活性に貢献したいというバイアスも制作過程で働いたのだろう。結果として「ミクヴェ説」に寄ったコンテンツが流れ、そこに異を唱える人たちが反応することとなった。

他方で、確認不足などのミスが重なり、マスメディアが意図しない「誤報」を流してしまうこともある。マスメディア同士が誤報のバトンを、次々と渡してしまうこともある。

海の向こうも例外ではない。

後編に続く)

メディアリテラシーが必要なワケ[後編] インターネットや技術革新の功罪

  • 筆者
  • 筆者の新着記事
井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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