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甦る中心市街地 #02

「Mallmall」誕生の軌跡[前編] 大丸跡地再開発、池田市長の妙案

2023年4月でオープンから5周年を迎えた中心市街地中核施設「Mallmall」。図書館、子育て支援施設、交流施設、そして広場が大きな屋根で一体となった公的施設群は、コロナ禍にもめげず、“まちなか”に多くの人を呼び戻し、中心市街地は息を吹き返しました。今回は、その再開発の舞台裏を追います。

生まれ変わって5周年

2023(令和5)年4月末からのゴールデンウィーク(GW)。都城市の中心市街地は、お祝いムードに包まれていた。 

図書館や子育て支援施設「ぷれぴか」、「まちなか広場」などから成る中核施設「Mallmall(まるまる)」の開館から丸5年。Mallmallに隣接するホテルなどの複合施設「TERRASTA(テラスタ)」がオープンしてから丸1年。それらを記念するセレモニーがGW初日となる4月29日に開かれた。

4月30日には、毎月1回、Mallmallにショップが集結する「mallmall マルシェ」が過去最大の規模で開催。青果やハンドメード雑貨などを販売するブースにキッチンカーなど約130の店舗が軒を連ね、大勢の家族連れで賑わった。

Mallmallは、都城市が約65億円の予算を投じ、2013(平成25)年から本格的に整備を進めてきた新たな市街地の象徴。百貨店の相次ぐ撤退などで空洞化が進んでいた中心市街地をふたたび活性化させる“起爆剤”でもある。隣接するテラスタもその整備の一貫だ。

「旧都城大丸が倒産して12年が経ち、いまや『市民の憩いの場』として定着してきたMallmallとテラスタですが、これもひとえに市民の皆様がこの空間を愛していただき、来ていただき、集っていただいているおかげであり、心から感謝申し上げます」

池田宜永(たかひさ)市長がこう、5周年を祝うメッセージを投げかけたように、今では新たな中心市街地の顔として市民に定着した。Mallmallの累計利用者数はコロナ禍を挟んだにもかかわらず、2023年5月時点で事前の想定を3倍以上も上回る約750万人に達する。

中心市街地中核施設「Mallmall」来場者数の推移

注1:Mallmallを構成する図書館、ぷれぴか、保健センター、未来創造ステーション、まちなか交流センター、まちなか広場中央、バス待合所の来場者数累計
注2:2023年度は4月1日〜5月10日の実績値。数字は四捨五入

全国的にも稀有な市街地再活性化の成功事例となったMallmall。その存在は地元民であれば誰もが知るところだが、誕生の経緯は意外と知られていない。

危機感を募らせた地元経済界

“まちなか”の再開発は、長らく中心市街地の賑わいをけん引してきた「都城大丸」の閉店が起点となった。

前回の記事で振り返ったように、1990年代半ばから大型店舗の閉店が続き、中心市街地の衰退は徐々に進行していった。そこへ、老舗で中心市街地の象徴でもあった百貨店、都城大丸の突然の閉店が襲った。

都城・中心市街地の栄枯盛衰 都城大丸が潰れるまで

2011(平成23)年1月、都城大丸を経営する地元企業の大浦、そして関連会社の大丸友の会が負債総額約46億円を抱え、民事再生法の適用を申請。店は予告なく、閉じられた。

営業再開を目指すも、再建支援の担い手が現れず、翌2012年2月、裁判所は破産手続き開始の決定を下す。

都城の中心市街地のそのまた中心。両脇の歩道をアーケードで覆われた国道10号の「中町」付近。かつて賑わいを見せた通称「中央通り」のど真ん中にある約1.2ヘクタール(ha)もの土地に、都城大丸の本館、道を挟んだ新館の「センターモール」、そして立体駐車場という巨大な建物群が取り残された。 

上は中央通りに面した旧都城大丸本館。下は道路を挟んで歩道橋で本館とつながっていた新館センターモールの写真

中央通りで肉・魚・青果の生鮮三品を扱っていたのは都城大丸のみ。もはや商店街は機能しておらず、買い物ができないまちなかになってしまった。

最後の大型店舗の終焉によって中心市街地の“空洞化”は決定的となり、人出はすでに衰退が始まっていた5年前のさらに半数以下まで落ち込んだ。中心市街地の地価も宮崎県内の下落率の上位を占めるまで下がった。

これに危機感を募らせ、立ち上がったのが都城商工会議所を中心とする地元経済界である。

再開発計画「百貨店やスーパーを誘致」

2012(平成24)年9月、都城大丸跡地の再開発を目指す新会社、ハートシティ都城が設立された。都城商工会議所の会員企業9社と個人会員1人が計3000万円を出資した。

新会社の社長に就いたのは当時の商工会議所の岡崎誠会頭。新会社設立に伴い、岡崎社長は再開発の計画案を都城市議会で示した。その内容を日本経済新聞はこう報じている。

(ハートシティ都城の)再開発計画案では、跡地を3ゾーンに分け、新館(2階建、センターモール)は商業施設としてそのまま再活用、本館は取り壊してバスターミナルと2階建ての農産物の物産館および75台収容の駐車場に利用する。

そのほかの建物も取り壊し、賃貸マンションを建設する計画となっている。なお、商業施設部分のセンターモールには、地元の百貨店やスーパーと入居交渉を進めている。センターモールの改修工事は年明けから行う予定。

同社の計画案によると、大丸本館を解体し、70~80台収容の駐車場と物産館を建設。事務所棟も取り壊し、家族向け賃貸マンションにする。センターモールには百貨店やスーパーを誘致し、バスセンターも新設する。総投資額は「20億円以上になるかもしれない」と関係者はみている。 

老朽化した8階建ての百貨店本館を壊し、2階建ての建物を新設。「物産館」「バスセンター」「駐車場」とする案は目新しい。

ただ、2004(平成16)年新設の、本館と渡り廊下でつながったショッピングモール「都城大丸新館センターモール」は7年しか稼働できていない。取り壊さず、ここに新たな「百貨店」や「スーパーマーケット」を誘致し、賑わいを取り戻す算段だった。

かつて3つも百貨店が立ち並んでいた中央通り。そこから消えた大型商業施設をもう一度――。その思いが再開発の計画案に滲む。

ハートシティ都城は、設立から半年後の2013年3月、旧大丸跡地の土地建物を取得した。 

中心市街地の変遷(再開発期、2011年〜)
2011
(平成23) 年
1月
「都城大丸」閉店
2012
(平成24) 年
9月
都城商工会議所の会員を中心に都城大丸跡地の再開発を手がける新会社「ハートシティ都城」を設立
2012
(平成24) 年
11月
都城市長選で元副市長の池田宜永氏が初当選し市長就任
2013
(平成25) 年
3月
ハートシティ都城が都城大丸跡地の土地建物を取得
2015
(平成27) 年
3月
都城市がハートシティ都城から土地建物を取得
注:取材に基づき作成

ところが、そのセンターモールは今、Mallmallの顔でもある、豪奢な都城市立図書館として生まれ変わっている。いったい、なにがあったのか。新市長の誕生だ。

ハートシティ都城の設立から2カ月後の2012(平成24)年11月18日、都城市長選が行われ、元副市長の池田宜永氏が対立候補に1万票以上の差をつけ当選した。

数多ある公約のひとつに「中心市街地の活性化」を掲げてはいた。しかし、“腹案”を公にしたのは、当選後のことである。

2012年、池田市長初当選時の選挙公約

池田市長誕生「商業施設はつくらない」

「市長に就任して最初からずっと言っていたのは、商業施設では、もううまくいかないと。大丸跡地をなんとかしなきゃいけない。ただ、そのなんとかがまた商業施設でうまくいくのか。それはない、ということは、ずっと思っていました」

当時を、池田市長はこう振り返る。都城市で生まれ育った池田市長は、かつての賑わいをよく知るひとりでもある。だからこそ、忸怩たる思いもあるが、郊外のロードサイド店、イオンなどの大型商業施設の勃興を見るに、風向きが変わるとも思えない。

冷静にマーケットを見つめると、無理に対抗するのは愚策。大丸跡地を商業施設にはしない、というのは、就任以降の強い思いだった。もうひとつ、思いがあった。

就任当時のことを振り返る都城市の池田宜永市長

「もうひとつ言っていたのは、商業施設ではないですけれど、我々は都城大丸跡地を再生して、人をふたたび呼ぶことはできると思いますし、そのようにしますと。ただ、厳しい言い方かもしれないけれど、大丸跡地周辺の商店街の各お店にお客さまが行くかどうかは、商店街の皆様の努力次第ですよと」

「今の消費者は厳しいので、隣にどんなに店があっても欲しいものがなければ行かない。逆に言うと2時間かけて車で行くようなところであっても、欲しいものが、食べたいものがあれば行くじゃないですか」

「だから、我々は中心市街地に人を呼ぶことはできますけれど、あなたのお店に行ってください、というところまではできませんというのは、最初から言っていました。基本的には市長のスタート時点から、そういう考え方なんです」

こうした思いはあったものの、就任時、今のMallmallにつながる具体策が見い出せていたわけではない。中心市街地の活性化に携わる職員に指示していたのは、「本当に君たちが行きたいと思える場所にしなければ、自信を持って市民に『行ってください』と言えないんだから、そのつもりでやってくれ」ということだった。

ところが就任して約半年、2013(平成25)年度に入った頃、あるアイデアが池田市長のアタマに降った。図書館の移転だ。

降って湧いたアイデア

就任当時の都城市には、中心市街地活性化のほかにも、さまざまな課題があった。そのひとつが、図書館問題である。

都城市庁舎の隣接地に、歴史と伝統を引き継いだ鉄筋コンクリート3階建ての立派な市立図書館があったが、建物の開館は1971年(昭和46年)と古く、老朽化が進んでいた。隣町の三股町に2001(平成13)年、真新しい近代的な町立図書館ができると、暗く寂れた都城市立図書館を避け、三股町の図書館に足を運ぶ市民も増えた。 

都城市庁舎の隣に立つ旧都城市立図書館。移転に伴い閉館となり、今は市役所の資料庫などに活用されている

一方、池田新市長就任の当時は、自治体による図書館の再生が取り沙汰されていた頃でもあった。最たるものが、佐賀県武雄市の図書館だ。

2012年、当時の武雄市長が「TSUTAYA」「蔦屋書店」を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)を市立図書館の指定管理者にすると発表し、市議会決議・全面改装を経た2013年4月、スターバックス・コーヒーを併設する豪奢な新図書館がオープン。CCCによる新たな取り組みへの賛否両論を含め、全国的に耳目を引く話題となっていた。

そんな折のことである。

「まあ、かっこいい言い方をすれば、ちょっと降ってきまして。大丸跡地に、図書館を移したらどうなるんだろうと。まちなかに図書館。そうしたら、古い図書館と大丸跡地、2つの課題を同時に解決できるんじゃないかと。専門家の先生たちにも相談したら、そんなにネガティブな反応でもなかったので、その方向性で動いてもらいました」 

「図書館にリノベーションしようという議論の中で、周辺にあった子育て支援施設も老朽化しているという話が職員から出て、じゃあそれも集約しましょうよと。市民広場みたいな憩いの場にもしたいというアイデアも出てきて、悪くないねという話で進んだわけです」

図書館を軸とした中心市街地の活性化を推進すべく市が動き始め、急転直下、大丸跡地の再開発は、商業施設から図書館を核にした案へとレールが敷かれ直された。

後編に続く)

「Mallmall」誕生の軌跡[後編] 女性と屋根、池田市長のこだわり

  • 筆者
  • 筆者の新着記事
井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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