深く多面的に、考える。

市民が愛する食文化 #02

進化する鶏食文化[後編] 鶏テイクアウトに新風、多様化へ

  • コロナ禍前から、鶏の「テイクアウト専門店」が急増。
  • タタキやレバ刺しのアレンジなど創意工夫を凝らし人気。
  • ニューウェーブによって鶏食文化の多様化が進む。。

「鶏-KEI-」の一番人気は「レバ刺し」

2023年10月13日、14時過ぎ。都城駅から徒歩で15分ほどの場所、上川東にある鶏屋「鶏-KEI-」に続々とクルマが出入りしていた。

テイクアウトが人気の鶏料理店「鶏-KEI-」の本店

ランチ営業もしているが、お昼どきは過ぎている。お客の目当てはテイクアウト商品がずらりと並ぶ冷蔵ケース。鶏モモの表面を軽く炙った「タタキ(500円)」に「ムネ刺漬け(500円)」など、いずれも生ものばかり。

冷蔵ケースの上には「県外の方、食べなれてない方などの生もののご購入、ご飲食は御遠慮下さい」との但し書きもある。それでもお客がひっきりなしに訪れ、パックが飛ぶように売れていく。

鶏-KEI-本店の冷蔵ケース。「ムネ刺漬け」や「レバ刺し」などのテイクアウト商品が並ぶ

聞けば、ダントツに売れる商品は鮮度抜群の「レバ刺し(600円)」。週末ともなると、レバ刺しだけで100パックも出るという。このKEI、生もののテイクアウトが人気で、今年8月には南部の甲斐元町に2号店も出した。

「最初は一人で始めて、どんどんスタッフが増えて、2号店も出したけれど、もう今の個数が限界です」。オーナーの森重奈々さん(39歳)は嬉しい悲鳴をあげる。

都城市民が愛する食文化。今回は、生食を中心に発展を遂げる「テイクアウト専門店」を通じて、都城の「鶏食文化」の進化を深掘りしていく。

こだわりのメニュー、新時代の鶏生食

もともと、宮崎県民共通の文化として「もも焼き」「炭火焼き」をたしなみ、旧・薩摩藩共通の文化として「タタキ」を中心とする生食を愛してきた都城の市民。長らく、飲食店に加え、スーパーマーケットや直売所、そしてテイクアウト専門店などが、その需要に応えてきた。

しかし、ここに来て、生食を中心とする新たな鶏テイクアウト専門店が都城市内で増えているという話をあちらこちらで耳にした。その筆頭が、冒頭で触れたKEIというわけだ。

厳密にはKEIはテイクアウト専門店、というわけではないが、テイクアウトの有名店として知られている。オープンしたのは今から6年前の、2017(平成29)年1月。きっかけは、オーナーの森重さんのある“欲”だった。

「レバ刺しが好きで食べたいのに、6年前は気軽に持ち帰れる店がなかったんです。1〜2店はあったかもしれないですが、すぐに売り切れたりして。だから、自分が食べたくて始めた、というのが出店の理由になります(笑)」

森重さんの両親が居酒屋を経営しており、最初は昼間に店舗を間借りして、一人で細々と始めた。

メニューは「レバ刺し」と、軽く表面を炙った「レバータタキ」「鶏タタキ」の3種類。すると、自分と同じように“レバ刺し欲”が募ったお客が集まった。「これは行ける」と確信した森重さんは翌年、今の店舗物件で自分の店を構えたというわけだ。

KEIのテイクアウト商品。手前から「タタキ」「レバ刺し」「生つくね」

こだわりを感じるテイクアウトメニュー

テイクアウトのメニューはこだわり抜いた。昔ながらのタタキや鶏刺しに、大盛りの薬味を添えたり、味つけをしたりと手間を加え、若者でも手に取りやすいよう工夫を凝らした。

例えば、「ムネ身の塩タタキ」は、玉ねぎのスライスやかいわれ大根とあえて、さっぱりといただける味つけに。「レバーのタタキ(650円)」には、レバーが見えないほど万能ねぎがどっさりとかかっている。

中でも森重さんがこだわって開発したのがムネ身の刺身で作った「生つくね(600円)」。大葉の風味をきかせた逸品で、どこにもないオリジナル。「進化系」と呼ぶにふさわしい。レバ刺しに次ぐ人気商品へと育った。

レバ刺し求め2号店へはしご

「生つくねを求めて🎵 鹿児島も鶏刺しやタタキやレバ刺しズリ刺しはあるけど生つくねは食った事ないんでね〜🎵」「レバ刺しの新鮮な事!レバー独特のクセもなくレバーの苦手な家族もこれは美味しい!と絶賛。生つくねが特に美味しかったです。薬味が混ざっていて味も絶品」……。Googleのガイドには、こんな口コミが並んでいる。

KEIの「生つくね」は本店限定の人気商品。そのままでいただける

ほかにはない、こだわった生食を求め、お客が押し寄せた。「生物は怖い。食べなれてないと心配。大丈夫ですか?と聞かれたら、おすすめはしません。それでも買っていかれる方は買っていかれる」と森重さんは話す。

幸い、テイクアウト営業はコロナ禍にも負けなかった。最初は森重さん一人だけの対応だったが、徐々にスタッフが増え、コロナ禍前の2019(令和元)年10月、ミニうどんがついたチキン南蛮定食などを提供するランチ営業にも踏み切った。

テイクアウト店なのにカフェのようなおしゃれな内装にしたのは、「いつかはランチもやりたい」と思っていたから。ランチ営業は11時〜14時までの3時間。コロナ禍の影響もあり、売り上げとしてはテイクアウトが9割の稼ぎ頭だが、「もともと飲食店が好きでやりたかった」という森重さんは、今後もイートインを続ける考えだ。

KEI本店の店内はおしゃれな古民家カフェ風で居心地の良い空間(上)。ランチメニューはボリュームたっぷりなのに800円とリーズナブル(下)

一方で、スタッフを増やし続け、1日100パックほどまで増産したが、ほとんどの日が閉店の17時を待たずして、テイクアウト商品が売り切れる事態に。特に人気のレバ刺しや生つくねは開店後、わずか数時間でなくなることもある。

上川東の本店はキャパシティ限界までスタッフが増え、それ以上、増産ができない。そこで2023年8月、甲斐元町に2号店の出店を決めた。

2号店は18時からの夜営業スタイル。イートインのほか、本店同様、テイクアウト需要にも対応する。生つくねは本店限定だが、レバ刺しは2号店でも扱っているため、本店で売り切れた際は2号店を案内することも少なくないという。

平日は2店舗で計150パック。週末は平日の2倍以上仕込み、合計で300パック出ることも。ここまで当たった理由を聞くと、森重さんはこう答えた。

「なんだろう……。鶏好きがめちゃめちゃ多いから。呑むのが好きなひとが多いからですかね。あとは、生食でこの種類、このクオリティのテイクアウトがなかったからなのかなと思います」

KEIのレバ刺しは、品切れになることも多い

生食と言えば昔ながらのタタキや鶏刺しが主流だったが、KEIではレバ刺しと生つくねが2強。新たな潮流を生んだと言っても過言ではないだろう。

もう一つ、都城の鶏テイクアウト専門店に新風を吹き込んだ店舗がある。

焼き加減を選べる「やなちゃんち」

「レバ刺し、ハツ刺し。ただただこれのみを食べたいと思っていたら持ち帰りのお店に出会いました♪」「ここの地鶏は全て絶品です。マスターの方も気さくです^_^ おすすめは何よりレバ刺しと塩たたき。いや他のも全て美味しいです!!」……。

都城市東町にある鶏テイクアウト店「やなちゃんち」本店

Googleのガイドには、こんな口コミが並ぶ鶏テイクアウト専門店が、中心市街地のど真ん中、中町交差点から東に800mほどの場所、東町交差点付近にあった。

その名は「やなちゃんち」。店主の柳瀬拓也さん(42歳)の名前に由来する。開業はKEIと同時期の2017年8月。こちらも「レバ刺し(650円)」が人気で夕方までに売れ切れることも多いのだが、種類豊富なタタキのメニューも店を支えている。

「若鶏のたたき(650円)」「塩たたき(650円)」「せせりたたき(650円)」「地鶏たたき(650円)」「ネギまみれ(750円)」「お座敷たたき(750円)」……。

タタキだけで6種類ものメニューが並ぶ。メニュー名から想像が難しいお座敷たたきは、地鶏と若鶏のもものタタキに、辛味噌を溶いた特製ソースをかけていただく品。ほかにない味と、ファンも多い。

「テイクアウト専門店でタタキの種類はうちが一番多いと思います」と店主の柳瀬さん。「でもうちは、もも焼き、炭火焼きも人気なんです」と続けた。

やなちゃんちの「もも焼き」は、オーダーを受けてから焼き上げる。にんにくチップも添えられている

通常、テイクアウト専門店はあらかじめ焼いたもも焼きをパック詰めにして置いてあるが、やなちゃんちではオーダーがあってから焼くことにしている。火力が強いため、炎にくぐらす時間はわずか数分。電話注文でも、受け取り時間に合わせて焼きあげる。

だからこそ、お客の好みに応じて焼き加減も選んでもらうことができる。中でもレアは、もも焼きなのに生の食感や風味を感じられるとあって、意外にもよく出るという。逆に、子どもがいるお客はしっかり焼きを選ぶなど、それぞれのニーズに応えられる点が人気の秘訣だ。

同世代が切磋琢磨

柳瀬さんも、KEIオーナーの森重さんと同じく、「もともと自分が鶏好きだった」という理由、それから「40歳になる前に行動したかった」という思いから、30歳代半ばだった2017年に起業を決意した。

目指したのは、鶏好きのサラリーマンやお母さんが気軽に買って帰ることができる鶏テイクアウト専門店。出だしは好調だったが、そこにコロナ禍が襲った。「テイクアウト専門店は、むしろ追い風だったのでは?」と聞くと、柳瀬さんはこう返した。

「コロナだから需要が増えたわけではない。居酒屋さんなどもテイクアウトを始めて、そちらに流れた。しばらくお客さんが来ない時期も続いて、潰れるかと思いました。それに、テイクアウト専門店なので、補助金が飲食店ほど手厚く出ないんです」

ただ、種類豊富なタタキ、焼き加減を選べるもも焼きなど、ほかにはない、やなちゃんちならではの独自性が奏功し、業績は徐々に持ち直していった。

そして、コロナ禍が収束に向かっていった2022年12月、やなちゃんちはJR吉都線の日向庄内駅からほど近い乙房町に2号店を出店する。メニューは東町の本店と同じだが、こちらの切り盛りは妻に任せている。攻めの姿勢を見せるのは、逆風があるからこそ。柳瀬さんは、こう語る。

「昨今の原材料・物価高騰は正直、きつい。あとは、コロナ禍があけて、飲食店にひとが戻ったこと。そして、同じようなテイクアウト専門店がすごく増えていることも逆風です。なので、来年から市内のイベントやお祭りに出店することも考えています」

そう、KEIややなちゃんちのほかにも、都城では鶏テイクアウト、しかもタタキなどの生食メニューを売りにする店が増えているのだ。例えば、都城西高等学校からほど近い都原町に2021年11月、「THE TORI」という鶏テイクアウト専門店がオープン。もも焼きに加えて、タタキやレバ刺しも売りとなっている。

ここ数年の鶏テイクアウトの出店は目を見張るものがある。コロナ禍が落ち着いたからなのかと思いきや、その少し前からトレンドは生まれていた。森重さんとも面識のある柳瀬さんは「僕と(森重)奈々ちゃんは同世代。40歳手前で挑戦しようというひとが増えているのかもしれないです」と分析する。

ともかく今、都城では市民の声に応えるかたちで「生食×テイクアウト」を中心とした新店がさまざまな特色を打ち出し、各々、切磋琢磨しながら新風を吹き込んでいる。都城の鶏食文化は新たな「多様化の時代」に入ったと言っていい。

その根底には、生食愛がある市民の存在があることを忘れてはならない。そして最後にもう一つ、都城の鶏食文化の進化を語るうえで、触れておきたいことがある。それは、都城産「雉(キジ)」の存在だ。

復活を待つ「都城産雉」

畜産王国、都城の新しい特産品を生み出そうと2008年、都城市山田町で「宮崎県雉生産事業合同会社」が立ち上がり、独自の雉肉ブランド「霧島山麓雉」の生産が始まった。

都城発の「霧島山麓雉」は様々なメディアでも紹介された(画像は『ビィハピ』の記事)

雉肉は一般的な鶏肉に比べて低カロリー、高タンパク。臭みもなく、古くから中国の宮中料理やフランス料理に使われてきた高級食材として知られ、「食鳥の王様」とも言われる。

ただし、約30日で出荷できる若鶏に比べ、キジは出荷まで7〜8カ月を要し、ストレスにも弱い。大量生産に向かず、それゆえに単価も高い希少な食材となっているが、ここに雉生産事業合同会社は挑んだ。

ストレスをかけないよう孵化から出荷まで同じ広大な小屋で飼育。乳酸菌や米などを配合した餌を与えるなどの試行錯誤の末、2015年には上質なキジ約8000羽を全国に出荷できるまで成長した。

この頃になると、都城の新たな名産として地元メディアに多く取り上げられるようになり、市役所も池田宜永市長らが試食会に参加するなどPRに協力。2015年11月からは「ふるさと納税」の返礼品にも取り入れられた。

しかし、せっかくの盛り上がりを見せた新たな名産を、コロナ禍が襲った。雉肉の出荷先である飲食店の多くが営業できない事態に。キジは行き場を失い、出荷数は激減。経営難に陥った。

そこに救いの手を差し伸べたのが、東京都内を中心にジビエ料理店などの飲食を幅広く展開する「夢屋」である。

「夢屋」のウェブサイト

雉生産事業合同会社の創業期から取引があった夢屋は2022年11月、合同会社より営業譲渡を受けるかたちで支援に入った。

「ともに歩んできて、ともに成長してきた同志であること。伝統ある食文化を無くしてはならないという想いから、都城の雉は未来に残すべきと考え、事業を継承させていただきました」。同社で飲食事業本部長を務める大和地悟取締役は、こう説明する。

コロナ禍で減ってしまった生産量を段階的に回復させており、今期は全盛期の約7割、5000羽以上の出荷を見込む。現在は夢屋系列店への出荷がほとんどだが、増産に伴い流通ルートを拡大。来期は8000羽、2〜3年後には1万羽の出荷を目指している。

この都城の新たな文化が潰えぬよう願ってやまない一人が、中町交差点付近の鶏料理店「きじや」のオーナー、財部智子さんだ。

都城の中心部に店を構える「鶏処きじや」

都城の新たな名産をまちなかでも味わってもらおうと2016年、その名を冠したきじやをオープン。以来、地鶏などとともに、都城産雉肉を提供し続けているが、コロナ禍の影響で一時仕入れが困難になった。昔は「雉肉のタタキ」などの生食も人気で、よく出るメニューだったが、コロナ禍以降、タタキはメニューから消えた。

だが、夢屋に引き継がれて以降、炭火焼き向けの肉はまた仕入れることができるようになった。

今でも都城産雉肉を食せる貴重な店舗。仕入れ値が上がり、「きじムネとモモ盛合せ(塩・タレ)」は約150グラムで2750円に。それでも「根強いファンのかたは多く、出るときは出ます。中には雉だけ注文されてお帰りになるくらい好きなかたも」と財部さん。

きじやの「きじムネとモモ盛合せ」は希少で高価だが求めるファンは多い

生産が安定した暁には、「雉肉のタタキ」などの生食も味わえる日が訪れるだろう。都城産雉の火は消えていない。都城の鶏食文化は、まだまだ多様化と進化を続けそうだ。

次回に続く)

 

鶏-KEI-
住所 宮崎県都城市上川東2丁目16−10
電話番号 0986-66-8071
営業時間 テイクアウト▷ 11:00~17:00
ランチ▷ 月・火・木・金:11:00~14:00
定休日 水曜・第1火曜/年末年始・GW・お盆 他(不定休)
アクセス JR「都城駅」から400m
SNS
やなちゃんちⅡ乙房店
住所 宮崎県都城市乙房町1761-1
電話番号 090-6286-3619
営業時間 13:30〜17:45
定休日 火曜日(他不定休あり)
アクセス JR「日向庄内駅」
SNS
鶏処 きじや
住所 宮崎県都城市牟田町10街区11号 ALEZA1F
電話番号 0986-26-6099
営業時間 18:00~22:00
定休日 月曜日(翌日が祝日場合営業)
アクセス JR「都城西駅」から約10分
公式 鶏処 きじや

営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。

 

  • 筆者
  • 筆者の新着記事
井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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