深く多面的に、考える。

メディアリテラシー #04

実践! ニセ・誤情報に克つ[前編] 5つの「キー・クエスチョン」で考える

テーマ「メディアリテラシー」の3回目は実践編。多様化するメディアやメッセージを前に、どう具体的にクリティカルシンキングを実践すればいいのか、グローバルスタンダードに学びます。

フェイクニュース?

ドナルド・トランプ元米大統領が声高に叫んだことから「フェイクニュース」という言葉は政治的にも利用されるようになった。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領やラブロフ外相も、ウクライナの首都キーウ近郊・ブチャで起きた惨劇(ブチャの虐殺)などについて、「フェイクニュースだ」という声明を幾度となく出している。

ウクライナ郊外のブチャ地区。破壊された大量の自動車が廃棄されている(写真:Sun_stock / PIXTA)

ロシア国営の放送局「RT」や通信社「スプートニク」も、そうした自国首脳の発言を世界へ届けようと、あらゆるチャネルを駆使し、拡散に務めている。

「情報戦」に国境はない。日本も“攻撃”の的(まと)の一つだ。

「ロシアとの国境付近でウクライナが生物兵器を開発、米国防総省が資金援助=露国防省」「露国防省 ウクライナはイルペン市で挑発用フェイク映像を撮影」「露連邦検察、ブチャにおけるロシア軍の行動に関するフェイクニュースで起訴へ」――。

ファクトチェックによってロシアの主張を検証する英BBCの記事

Twitter上にある「スプートニク日本語版」のアカウントは、ロシア流に言えば「ドンバス地方を開放する軍事作戦」の開始後、立て続けにこうしたニュースを配信し続けている。

そうした情報戦を仕掛けるロシア側に、ウクライナや同国を支援する西側諸国も対抗。欧米のマスメディアは事実を丹念に検証する「ファクトチェック」を重ね、フェイクではなく「ロシアの嘘」であることを示す証拠や証言を報じてきた。ロシアが喧伝する「ウクライナの生物兵器」に関しても、英BBCが丁寧に検証し、「証拠なし」と断じている

国連決議反対国への支援、賛成?

だが、ロシア側の情報発信は“弾数”が多い。日々情勢も動くなか、疑わしいニュースのすべてをファクトチェックしていくことは難しい。

加えて、情報戦の“武器”は多様化している。スプートニクは今年11月21日、こんな「アンケート」をTwitter上で実施した。

「#日本 政府は、ロシアの #ウクライナ における軍事作戦を非難する国連決議に反対した国々へ128億円の資金を供与することを決定した。この決定は、日本国内で食料品やエネルギー価格が上昇する中でなされた。これについて、皆さんはどうお考えですか?」

今年度の政府開発援助(ODA)のうち、ロシアへの国連の非難決議や人権理事会の理事国資格停止の決議に反対したラオス、ベトナム、イランなど19カ国への無償資金供与が計128億円ある、というニュースを受けてのもの。結果は、「経済を何とかするのが先!国民に支援が必要」という回答が約70%の票を集め、最多となった。

事実上、「正しい、内政よりも外交が重要」と「経済を何とかするのが先!」の2択。「128億円の資金供与」自体は正しい情報だが、選択肢はスプートニクが“構成”したものだ。

こうした情報戦に加担するのは、スプートニクのような国営メディアだけではない。一般の日本人がツイートしたり、リツイート(RT)したりすることで、ロシア側の意に沿った情報が拡散することもある。

事態を複雑にしているのは、スプートニク含め、ロシア側の発信のすべてが誤っているわけではない、ということ。いったいどの情報が正しいのか、情報をどう受け止めるべきか。我々は混沌としたデジタルの世界で、ますます見極めることが難しくなっている。

メディア・リテラシー教育理論の基礎

これまで、具体的な事例をもとに、なぜ今、メディアリテラシーが必要とされているのか、そして、メディアリテラシーの基本原理であり、初歩とも言える「クリティカルシンキング」について、深掘りをしてきた。

メディアリテラシーが必要なワケ[前編] AIフェイク画像と謎の地下室の示唆

メディアリテラシーが必要なワケ[後編] インターネットや技術革新の功罪

「クリティカルシンキング」の本質 誤情報に惑わされないための初歩

クリティカルシンキングとは、簡単に言えば「鵜呑みにせず、立ち止まり、多面的に考える」こと。ただし、立ち止まることはできたとしても、その先、どう多面的に考えれば良いのか、指針がないと難しい。

では、具体的にメディアやそのメッセージとどう向き合い、どうクリティカルシンキングを実践していけばよいのだろうか――。

これが、今回の本題となる。まず知っておきたいのが、メディアリテラシーの「コア・コンセプト」と「キー・クエスチョン」だ。

日本のメディアリテラシー研究の第一人者として知られる法政大学キャリアデザイン学部の坂本旬教授は、こう話す。

「メディア・リテラシー・センター(Center for Media Literacy=以下CML)による5つの『コア・コンセプト』と『キー・クエスチョン』は、メディアリテラシー教育理論の基礎として広く世界に知られ、幅広く共有されています」

CMLは1989年に設立されたメディアリテラシー教育の専門機関。北米を中心とした学校教師の研修トレーニングや実施プログラムの提供、世界各国へ向けたメディアリテラシー教育ガイド「Literacy for the 21st Century」の発行・配布などを行っている。

教育ガイドの中核が、メディアを読み解く視点を5つに集約した「コア・コンセプト」と、教育現場で生徒にわかりやすく理解してもらうために用意した5つの「キー・クエスチョン」。対となる両者は、以下のように整理されている。

米CMLが定義する5つの「コア・コンセプト」と「キー・クエスチョン」
  コア・コンセプト キー・クエスチョン
#1 すべてのメッセージは構成されています。 誰がこのメッセージを作ったのでしょうか?
#2 メディアメッセージは独自の創造的な言語を使用して構築されます。 関心を引くためにどのような創造的なテクニックが使用されていますか?
#3 同じメディアメッセージを人によって異なる方法で体験します。 人によってこのメッセージの理解はどのように異なるのでしょうか?
#4 メディアには価値と視点が組み込まれています。 このメッセージで表現されている、または排除されている価値観、ライフスタイル、視点は何ですか?
#5 ほとんどのメディアメッセージは利益や権力を得るために作られています。 なぜ、このメッセージは送られたのでしょうか?
出所:米CMLの「CML MediaLit Kit」

「スプートニク」を読み解くと?

坂本教授は、これらのコンセプトとクエスチョンについて、こう補足する。

「CMLの理論は、伝統的なメディアリテラシーの理論をまとめたもので、その考え方は英国から始まり、カナダに渡って8つになり、それが5つに整理されたという流れがある。今日、とりわけ米国のメディアリテラシー教育におけるクリティカルシンキングとは、まさにCMLの5つのキー・クエスチョンを問うこと、だと言っていい」

5つのキー・クエスチョンは、クリティカルシンキングを実践する具体的な指針として世界のメディアリテラシー教育の現場に浸透しているのだ。ならば実践してみよう。先のスプートニクのツイートを、5つのキー・クエスチョンに沿って読み解いてみたい。

まず#1では、そのメッセージが誰かによって構成されたものであることを意識する。スプートニクはロシアの国営メディアであり、国、ひいてはプーチン大統領の意を汲んだものではないか、という視点が生まれる。

#2では、少々わかりにくいが、人に魅力的に伝わるよう、あるいは、信頼性が高いと思ってもらえるような表現技術があることを意識する。通信社らしい硬く正しい日本語であり、周辺にはNHKなども報じる正しいニュースや、フィギュアスケート世界大会の成績速報なども並んでいるため、しっかりとした報道機関の印象も受ける。

#3では、このツイートの評判を気にしてみる。133件のリツイート、174件のいいね!がある一方で、リプライの内容を見ると「なぜ @TwitterJPはこんなアカウント放置してるの?」「意味分からん。子どもでも分かる嘘つくのやめてもらっていいですか?」といった歯牙にもかけないコメントも多いことに気づく。

#4では、送り手の価値観や視点を考える。当然、ロシア至上主義で、プーチン大統領には逆らえないのだと推測される。

最後に#5で、このメッセージが送られた背景を考える。情報戦の一環であり、日本の世論に対して影響を与えたい目的が透けて見える。

といった具合いだ。ただし、5つのキー・クエスチョンを通じて、「送り手の意図」を深く読み解く必要はない、と坂本教授は釘を刺す。

「さぎしかな」でチェック

法政大学キャリアデザイン学部の坂本旬教授

「メディアリテラシーが語られるとき『意図を読み解く』と言われがちですが、それは間違い。意図を読み解くことはかなり難しいうえ、意図によって構成されたメッセージだけに焦点を当てると、『無意識による差別』などの問題に気づくことができません」

「意図があろうがなかろうが、問題は生じる。例えば、ジェンダーの考え方や価値観、人種的な価値観に欠けたテレビCMなどがありますよね。でも、だいたいそういうのは、意図して欠けたものを制作しているのではなく、無意識にやっちゃっている。つまり、差別的なメッセージはほとんどの場合、意図されていないんです」

「意図的なメッセージ」にこだわると視野狭窄に陥り、重要なことに気づけなくなるという示唆である。ちなみに坂本教授は、日本の教育現場で活用しやすく、日本人が覚えやすいように、この5つのキー・クエスチョンをカスタマイズし、教育現場で活用している。

作者、技術、視聴者(読者)、価値観、なぜ。5つのキー・クエスチョンを象徴する日本語、それぞれの音読みの頭文字をつなげると、「さぎしかな」となる。

これら5つの側面でメッセージを見つめ、調べ、自分なりに分析することが、クリティカルシンキングでメディアリテラシーを身につける具体的な手順である。

SNSなどのインターネットメディアも含め、あるいはマスメディアだけではなく個人のアカウントも含め、あらゆるメッセージを無批判に受け入れず、手放しでシェアせず、考える。さすれば、なにがフェイクニュースなのか混乱せず、ニセ・誤情報に惑わされるリスクも軽減するだろう。

今回は、メディアリテラシー教育における伝統的で基礎的な手法を押さえた。後編では、デジタル時代に対応した新手の手法なども含め、より実践的な活用法を深掘りする。

後編に続く)

実践! ニセ・誤情報に克つ[後編] デジタル時代に即した新手法「SIFT」

  • 筆者
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井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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