深く多面的に、考える。

メディアリテラシー #06

学校に浸透するメディアリテラシー教育 NHKの奮闘、先行する欧米

今回は「メディアリテラシー教育」の最新動向にフォーカス。NHKが全国の小学校と東京のスタジオを結んで展開する授業の様子をご紹介。先行する欧米の教育事情にもキャッチアップします。

編集によるバイアスを実体験

「小学生に聞いちゃいましたー! 小学生がメイクをすることに賛成? 反対?」――。

今年3月、茨城県の小学校。小学6年生約30人が集まった教室のテレビに、小学生のメイクについて、小学生に賛否を尋ねる街頭インタビューが映し出された。

「友だちと映画館に行くときとか特別な日にメイクをしたい」「オシャレしたいじゃないですか、女子って」「大人になったときに、すっとできる」「いつもと違う顔が見られるからいいと思う(男児)」……。

小学生による前向きな賛成意見が大多数を占め、いったんコーナーは終わる。すると、スタジオのアナウンサーが「じつはこのインタビューなんですけれど、使われなかった意見もあるんです」と切り出し、反対意見を中心に“編集”したVTRも流された。

「小学生のメイクっていうのは、いろんな人から見て『なんだあいつ』みたいになっちゃうし、他にもオシャレの方法はいろいろある」「無理やり女子力上げてるみたいなのは、私はあんまり好きじゃないです」……。

スタジオのアナウンサーは、こう締めた。「情報を受け取るときには、一部しか使われていないかもしれないと考え受け取ることが大切です」。

じつはこの映像、NHKが小学校向けに実施しているメディアリテラシー教育プログラム「つながる!NHKメディア・リテラシー教室」向けに特別に制作されたもの。この日は午前の部で4校の5〜6年生84人、午後の部で4校の同112人の児童が参加した。

「反対意見を伝えないのは不公平」

NHKメディア・リテラシー教室は、全国3〜4カ所の小学校の教室と、東京・港区のNHK放送博物館をライブでつなぎ、放送博物館にいる進行役のNHKアナウンサーと一緒に楽しみながらメディアリテラシーを身につけてもらう体験型の授業。

授業の様子は2023年3月3日、NHK「いば6」(茨城県内向け)ほかで紹介された(映像はこちら

2021(令和3)年6月から実施しており、21年は56校1678人、22年は129校3565人、今年は3月までに39校1216人、合計224校6459人の児童が参加した。

授業では、メイクへの賛否両論のほかに、画角などが違う十数枚のイラストからケーキ屋の魅力を伝えるのに効果的なものを選ぶ課題や、免許証などに使う証明写真の顔の画像をどの程度まで加工してよいか議論する課題などにも取り組んだ。

その様子は、各小学校の地域にあるNHKのローカル局が取り上げたニュース映像で垣間見ることができる。冒頭で紹介した茨城県の小学校での授業風景を取材したNHK茨城「いば6」では、参加した生徒がこう感想を述べていた。

「アップとルーズの見やすさとか、加工していいものといけないようなもののことが分かりました。受け手として、嘘の画像とか騙し動画みたいなものを、気をつけて見ていきたいです」

「アップとルーズ」のルーズは、「引き」の画角のこと。聞き慣れない大人もいるかもしれないが、現代の小学生は4年生の国語にある「アップとルーズで伝える」という単元で学んでいるため、馴染みがある。

ほかにも、「反対意見を伝えないのは不公平」「テレビを見るときは、使われてない映像もあると受け止めることが重要だと思った」といった参加児童の感想を、NHKの特設サイトでも確認することができる。

この特設サイトには、各地での授業を報道した各ローカル局のニュース映像がアーカイブされている。そこには「各放送局によってニュースの取り上げ方が違うね。見比べてみよう」という文言が添えられている。

自らの報道すらも、メディアリテラシーの一つの教材として提供しているNHK。メディアリテラシー教育は、日本の教育現場にも着実に浸透しつつある。

では、海外ではどうだろうか。

クイズ形式で楽しめる「Checkology」

もともと、メディアリテラシーという学問自体が、欧米で発達したこともあり、欧米の教育現場におけるメディアリテラシー教育の歴史は長く、規模も大きい。

近年、米国で大きな影響力を誇るのが、「Checkology(チェッコロジー)」という中高生向けのeラーニングツールだ。

ニュースリテラシーを学ぶeラーニングツール「Checkology」。米NPO「ニュース・リテラシー・プロジェクト(News Literacy Project)が提供している

Checkologyは、報道の見抜き方に特化した「ニュースリテラシー」を身につけるための“仮想クラスルーム”の教材。学習者は、「ニュースメディアの偏見」「偽情報」「陰謀的思考」など19のテーマを通じて、信頼できる情報を識別し、信頼できる情報源を探し出し、事実に基づく内容と虚偽を区別する能力を養うことができるとしている。

ベースにある必要なスキルは、もちろん「クリティカルシンキング(批判的思考)」である(以下の関連記事を参照)。

「クリティカルシンキング」の本質 誤情報に惑わされないための初歩

それぞれのテーマごとに、米3大テレビネットワークなどのジャーナリストや、教授などの専門家が進行役を務め、テレビ局のニュースルームなどから映像で語りかける。イラストやグラフ、キャプチャなどが映し出され、設問も出てくる。受講者は1テーマにつき約1時間ほどかけて、クイズ番組に参加しているような感覚で学ぶことができる。

例えば「偽情報」のテーマを選ぶと、SNSを専門に研究する女性の大学教授がホストとして登場し、「ハリケーン後に浸水した高速道路をサメが泳ぐ写真」を掲載したツイートや、「米フィラデルフィアのスターバックスでの人種差別事件を受け、スターバックスが有色人種に無料のコーヒーを提供すると発表したというツイート」を紹介。

「どちらがリアルでしょうか? どちらもそうではありません」と彼女は言う。

次いで、2016年の米大統領選以降、「フェイクニュース」という言葉の本来の意味がゆらぎ、曖昧になったことを指摘。「正当な報道機関の記事を装い意図的に作り込まれた記事」という本来の意味を4択から選ぶクイズが始まった。正解を選ぶまで先には行けない。

進めていくと、誤・偽情報はさまざまな理由で発生することや、SNSで拡散する誤・偽情報は得てして、怒りや恐怖、好奇心などの感情に訴えてくるという性質があることなどを、時折挟まれるクイズなどを通じて、“大人”の筆者でも楽しんで学ぶことができた。

大手報道機関や米Appleなどから支援

19あるテーマはどれも非常に丁寧に作り込まれており、インタラクティブなeラーニング教材としても、映像作品としても秀逸。事例に用いる素材はどれもリアルにあったもので、実際のニュース映像なども多用している。お金がかかっている、という印象だ。

このCheckologyを提供しているのは、米NPO(非営利団体)「ニュース・リテラシー・プロジェクト(News Literacy Project=NLP)」。NLPは、ピューリッツア賞も受賞した米ロサンゼルス・タイムズ紙の元記者、アラン・ミラー氏が2008年に創設した組織で、2016年3月にCheckologyをリリースした。

教育者向けツールとして一部有償で提供していたが、コロナ禍の2020年、ニュースリテラシー教育の緊急性に鑑み、教育者、学校、および一般消費者向けにもCheckology の全面無償開放へと踏み切った。

NLPによると、2021年9月〜2022年6月までの学年度、全米50州にまたがる1万2500 人以上の教育者がCheckologyを利用し、240 万人以上もの生徒にニュースリテラシーを教えたという。また、2026年までに、毎年、1万5000人の教育関係者が関与し、60万人の新入生がCheckologyを使うことを目標に掲げている。

NLPは教育者向けのコミュニティ組織やニューズレターなども展開。教育者が、生徒の学習進度や理解度などを把握し、管理できる学習管理システムも提供するなど、単なる教材提供にとどまらない包括的なサポート体制を敷いている。

NHKには悪いが、教材のクオリティも利用規模も教育者へのサポートも、比較にはならない。そのはず、社会貢献の一貫として“自腹”で努力しているNHKに対し、NLPは全米の基金やIT企業、報道機関などから、あらゆる支援を得て専業で取り組んでいる。

例えば、米国の著名基金であるナイト財団はNLPの創設時から資金を提供しており、2023年4月までの1年では100万ドル以上を寄附した。米Apple(アップル)も過去1年で同じく100万ドル以上を寄附して支えている。

ニューヨーク・タイムズ紙、ロスアンゼルス・タイムズ紙といった新聞社に、ブルームバーグやAP通信などの通信社、ABC ニュースやCNNなどのテレビ各局が、教材作成などで協力。ウォールストリート・ジャーナル紙を傘下に持つダウ・ジョーンズの基金や、大手メディア企業のニューズ・コープは過去1年で10万ドル以上の寄附もしている。

こうした、“オールアメリカ”の手厚い支援が、米国のメディアリテラシー教育の現場を活性化させている。

欧州で5年連続1位のフィンランド

欧州でも各国の教育現場でメディアリテラシー教育が古くから進む。とりわけ国レベルで強力に推進しているのがフィンランド。結果も出ている。

ジョージ・ソロス氏が設立した国際的な助成財団、オープン・ソサエティ財団のブルガリア版、オープン・ソサエティー・インスティテュート・ソフィアは、毎年欧州各国の「メディアリテラシー指標」を公表している。

2022年10月発表の最新版では、「誤情報へのレジリエンス(耐性)が高い国」として、欧州41カ国のうち、フィンランドは5回連続となる首位を獲得した。

欧州のメディアリテラシー指標

そもそも、教育への熱度が高いフィンランド。公教育は充実しており、大学まで無償で通わせることができる。そのなかで、メディアリテラシーもカリキュラムの一部として組み込まれている。

2013年、メディアリテラシー教育の目標を国として策定。主にインターネット上の偽・誤情報を見抜く能力を養う授業に、各校の教員が主体的に取り組んでいる。

フィンランドのメディアリテラシー教育を伝える米ニューヨーク・タイムズの記事

今年1月、米ニューヨーク・タイムズ紙はその先進性を伝える記事を掲載した。「How Finland Is Teaching a Generation to Spot Misinformation(フィンランドがどのように世代に誤った情報を見抜くように教えているか)」と題した記事で、メディア教育をけん引する国立視聴覚研究所のレオ・ペッカラ所長のコメントをこう引用している。

「体育、数学、国語、なにを教えていようと、その教師は常に『自分の仕事や授業にどうメディアリテラシー教育の要素を組み込むか』を考えなければなりません」

つまり、フィンランドの全教員が生徒にメディアリテラシー教育を施すことが義務づけられているのだ。ただし、その方法については各教員に委ねられている。上記のニューヨーク・タイムズの記事は、こう取り組みを紹介する。

中学校教員のマルティッカ氏は、情報操作がどれほど簡単かを知るために、自分が持っている動画や写真を編集するよう生徒に指示した。

ヘルシンキの教員であるアンナ・アイラス氏は、生徒に「予防接種」などの単語を検索させ、検索アルゴリズムがどう機能しているか、あるいは検索結果の上位が常に信頼できるとは限らない理由などについて議論した。

ほかの教師は、ロシアによるウクライナへの攻撃の最中、ロシアのニュースサイトや「ミーム(ネットで拡散する情報)」を参照しながら、国家が後押しするプロパガンダの影響について話し合った。

ロシアによるウクライナ侵攻後、影響が懸念される欧州各国ではメディアリテラシー教育の重要度が増している。国民がネット上の情報に対してどう接するべきか。国として対峙すべき重要事案になっているのだ。

日本はそう後れているわけではない

翻って、日本の現状に戻ろう。

「日本のメディアリテラシー教育の現状を、世界との比較も交えて、教えてください」――。話題の対話式文章生成AI「ChatGPT」に、そう聞いてみた。以下がその回答だ。

日本のメディアリテラシー教育は、近年注目されており、多くの学校で導入されていますが、まだ改善の余地があります。世界と比較すると、日本のメディアリテラシー教育は遅れていると言われています。

例えば、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、オランダ、デンマーク、ドイツ、イギリス、アメリカなど、先進国ではメディアリテラシー教育が進んでおり、教育の中心的な位置を占めています。これらの国々では、メディアリテラシーのためのカリキュラムが整備されており、教員の専門的なトレーニングも行われています。

一方、日本の場合、教育現場ではメディアリテラシー教育の重要性が認識されているものの、具体的な取り組みは不十分と言われています。日本では、メディアリテラシーを教育カリキュラムに組み込むことが必要であり、また、教師のメディアリテラシー教育の研修なども進められる必要があります。

かなりネガティブな答えだが、概ね、ファクトに基づいた正しい情報、あるいは「そう言えないこともない」という内容でもある。

しかし、人々の印象に最も影響を与えそうな「世界と比較すると、日本のメディアリテラシー教育は遅れていると言われています」という部分について、明確に“裏を取る”、つまり確認することはできなかった。

ちなみに、先に紹介したオープン・ソサエティー・インスティテュート・ソフィアによる欧州のメディアリテラシー指標をベースに、日本や米国、韓国など欧州以外の9カ国(下記表の色付き)を独自に追加した「メディアリテラシー教育」の調査結果がある。

「メディアリテラシー教育」の各国スコア
順位 スコア
1 フィンランド 77
2 デンマーク 72
3 スウェーデン 71
4 カナダ 71
5 エストニア 69
6 アイルランド 69
7 オランダ 68
8 ニュージーランド 66
9 ベルギー 63
10 オーストラリア 62
11 韓国 62
12 英国 61
13 アイスランド 61
14 ポルトガル 61
15 米国 61
16 日本 60
順位 町村 スコア
17 ドイツ 60
18 オーストリア 59
19 ルクセンブルク 57
20 フランス 57
21 スロベニア 57
22 スペイン 56
23 ポーランド 55
24 リトアニア 53
25 チェコ 53
26 ラトビア 51
27 イタリア 49
28 イスラエル 47
42 コロンビア 19
43 メキシコ 17
44 北マケドニア 16
出所:米NPO「Media Literacy Now」。2021年の調査結果

米国のNPO「メディアリテラシー・ナウ(Media Literacy Now=MLN)」が2021年に公表したもので、日本は調査対象の44カ国中16位。米国は15位で「メディアリテラシー教育の分野で、米国はほかの多くの国に後れを取っていることがわかりました」としている。

ドイツ・フランス・スペインなど欧州各国より上位、という見方では、そこまで悪いわけではない。中位に位置している、と見ることもできる。ただし、カナダや韓国、英国より下位という点で、米国からすれば「後れ」になるということか。

日本が後れをとっているかどうかはさておき、まさに、こうした「まずは自分で調べてみる」「分析して議論する」ということを教室で行うことが、今、教育現場で求められている。

その萌芽や動きは至るところにある。NHKだけではない。ニュースアプリのスマートニュース傘下の「スマートニュース メディア研究所」は、小学校から大学まで幅広い生徒がメディアリテラシーを学べる独自の教材やゲームを開発。実際に、全国の学校へ研究員やジャーナリストを授業に派遣して授業実践例を積み上げている。

実践例はまだ少ないが、「全国の先生方の授業作りの参考となれば幸い」とし、授業の様子を伝えるレポートや、実際に授業で使ったワークシートなども、無料でダウンロードできるようにしている。

一方、2017(平成29)年、学習指導要領が改訂され、国語科の「知識および技能」の領域に「情報の扱い方」が加わった。「情報の信頼性の確かめ方を理解し使うこと」などが明記され、メディアリテラシーを育む実践的な授業を増やす気運は高まっていると言える。

じつは、前出のChatGPTの回答には、続きがあった。

総じて、日本のメディアリテラシー教育は、今後の改善が望まれています。世界的なトレンドを追い、カリキュラムの整備や教員の研修などを進めることで、より充実したメディアリテラシー教育が実現することを期待しています。

この“メッセージ”に関しては正しいと言えよう。AIも、教育関係者の奮闘に期待を寄せている。

次回に続く)

デマを“現実”にするSNS時代 昭和と令和の「取り付け騒ぎ」に学ぶ

  • 筆者
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井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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