深く多面的に、考える。

マイナンバーカードの真実 #05

マイナンバーカードが導く未来 コンサートから“手ぶら観光”まで

連載テーマ「マイナンバーカードの真実」の最終回は、民間での公的個人認証サービスの利活用にフォーカスして、深掘りしていきます。

トップランナーがタッグ

「マイナンバーカード普及のトップランナー、兵庫県養父市と宮崎県都城市が連携してカード利活用の検討を進めます!」――。

2022年12月、宮崎県都城市は兵庫県養父市と共同で、こう題したプレスリリースを出した。2022年12月末時点におけるマイナンバーカードの交付率は、都城市が88.7%、養父市が87.3%。市区別で1位と2位を誇る“2トップ”の自治体がタッグを組み、共同で利活用を検討していく、というものだ。

ただし、ここで想定している利活用は、行政の手続きや申請のオンライン化、つまり行政・公共サービスに閉じた話ではない。

「カード普及促進に尽力されている養父市の広瀬市長とお話をさせて頂く機会があり、2市の前向きな連携が実現することとなりました。全国に横展開できるような事例の創出に向けて、民間事業者の皆様のご提案もお待ちしております」

都城市の池田宜永市長はそうコメントを寄せ、民間からのアイデアも募っている。

「マイナンバーカードは、マイナンバーを利用した行政サービスだけに活用されるものではないの?」

そう思う方もいるだろうが、然に非ず。今はオンラインでの手続き・申請など行政サービスへの利活用を中心とした“普及フェーズ”。だが、今後の利活用フェーズでは、民間でのさまざまな利活用が想定されていることは、あまり知られていない。

デジタル庁が入居する東京・赤坂の紀尾井町ガーデンテラス(中央)。ヤフー本社などのIT企業も数多く入居している(写真:Ryuji / PIXTA)

マイナンバーカードが民間でどう利活用されていくのか。どんな未来が待っているのか。そのヒントが、デジタル庁の資料にあった。

コンサート会場でスマートに入場

2022年11月30日に開催された「第10回デジタル田園都市(デジ田)国家構想実現会議」。その場でデジタル庁の河野太郎大臣が示した「デジタル基盤を活用した生活サービスの展開に向けて」という資料がある。

「デジタル基盤を活用した生活サービスの展開に向けて」というデジタル庁の資料より

目を引くのが、「コンサートチケット等への活用」という文言だ。デジタル庁でマイナンバーカードを担当する統括官付参事官付の今井康治参事官補佐は、こう説明する。

「基本的には、コンサートやライブの興行主催者やチケット会社などが活用することを想定したもの。転売目的などの不正をなくすためにマイナンバーカードの個人認証機能は有効。そう思っているからこそ、デジタル庁としても民間に働きかけています」

これまでの記事で触れてきたように、マイナンバーカードのICチップには、本人であることを証明する「電子証明書」が含まれている。この電子証明書は、マイナンバー制度における「マイナンバー(個人番号)」とは別のもので、本人確認などの「公的個人認証サービス」に用いられる。公的個人認証サービスは、オンライン申請などの行政サービスはもちろん、民間企業も利用できるのが特徴だ。

この公的個人認証サービスはすでに、銀行・証券口座開設や住宅ローンの契約手続など民間企業による本人確認の場面で活用が進んでいる。活用している企業は、三菱UFJ銀行、野村證券、マネックス証券、三井住友海上火災保険、日本郵便、NTTドコモ、メルペイなど、2023年1月時点で156事業者に及ぶ。

長らく本人確認は、対面による身分証確認や、郵送による身分証コピーの送付に頼っていた。スマートフォンが普及してからアプリ経由の本人確認も増えたが、それでも免許証を別角度から数回撮影し、自分の顔も撮影して送信し、審査を待つといった手間と時間がかかっていた。

マイナンバーカードによる公的個人認証サービスを活用すれば、ICチップの読み込みと暗証番号の入力だけで済む。そのスマートさが、本人確認や個人認証を必要とするあらゆる民間分野に広がろうとしているのだ。

チケットの例に戻ろう。例えば、電子チケットのアプリがマイナンバーカードの電子証明書に対応すれば、事前に購入者本人であることをアプリ内で確認することができる。コンサート会場の入場口で免許証などを提示しなくとも、スマートに入場でき、かつ、確実に不正もなくせるというわけだ。

大学の施設入館や出欠確認にも

デジタル庁の資料には、「大学における学生証利用等」という文言もある。「学生利用PCのログイン、学内施設の入退館管理等にマイナンバーカードを利用」「リモートも含めた講義の出席確認、デジタル学生証による学割定期券などの利用も視野」と続く。

大学における学生証利用等

大学における学生証利用等について(デジタル庁「デジタル基盤を活用した生活サービスの展開に向けて」より)

どういうことか。厳密に言えば、既存のマイナンバーカード内には大学名など学生であることを示す情報は入っていない。大学側が仕組みや設備を整え、ICチップにアプリを搭載すれば、マイナンバーカードを学生証の代わりとして使えるようにもなる、という話だ。

例えば、大学のメディアセンターなどの入場口で、ゲートにマイナンバーカードのICチップをかざす。ゲートがICチップを読み取り、大学内のサーバーでその個人が学生であることを確認できれば入場可能に、といった仕組みが考えられる。同様の仕組みを授業の出欠確認や、オンラインでの授業予約などにも使える。

また、別途、マイナンバーカードと連携した「デジタル学生証アプリ」があれば、アプリ自体が学生証となり、物理的な学生証を持ち歩く必要がなくなるかもしれない。駅などで定期券を購入する際も、デジタル学生証の提示だけで済むようになるだろう。

そのほか、コンビニやスーパーなどにおける年齢確認への活用も想定されている。コンビニやスーパーで導入が進むセルフレジにおいて、マイナンバーカードを読み取ることで年齢確認ができれば、お酒とたばこの販売を認める。2022年11月のデジタル臨時行政調査会の作業部会で、そういった方針が了承された。

人手不足や効率化の観点から、無人のセルフレジ導入が加速度的に進んでいる。一方で、有人レジであれば、店員が目視で客の人相を確認し、必要であれば免許証などの提示を求めることができるが、セルフレジではそうはいかない。その課題を、マイナンバーカードの公的個人認証サービスが解決するというわけだ。

交付金で「手ぶら観光」推進

意外に思えるかもしれないが、観光や地域振興策へのマイナンバーカードの活用も想定されている。「デジ田国家構想総合戦略」が閣議決定された2022年12月23日、河野デジタル相は記者会見で、こう語った。

「マイナンバーカードを利用した具体例として、例えば、マイナンバーカードとクレジットカードなどを連携して、マイナンバーカード一枚でさまざまな場所で決済が可能になる『手ぶら観光』がございます。決済ができるだけでなく、地域の提携をしている店舗などでポイントが付いたり割引を受けられたりするというメリットが利用者側にはあります」

「宿泊事業者などの地域のサービス事業者については、こうした観光客の行動データを匿名化して、地域の観光市場開発にそういう匿名化したデータを活用したり、あるいは観光客を戦略的に割引やポイント、その他のサービスで地域に誘導したりすることができるというようなメリットがあります」

「こういうさまざまな取り組みを通じて、行政だけでなく、民間のビジネスシーンにおいても、誰でも使えるオンラインの本人確認機能としてのマイナンバーカードの利用を広げていきたいと思っております」

決済と紐付いたマイナンバーカード1枚で手ぶら観光。利用者だけではなく、事業者側にもメリットがあるかたちで設計すれば、Win-Winの施策となる。こうしたマイナンバーカード利活用の横展開事例を創出する取り組みをカード申請率7割超の自治体が行う際は、「デジ田交付金」の交付対象となり、事業が採択された場合、2023(令和5)年に限り予算の10割が補助される。

「自治体の皆様におかれては、このデジ田交付金を、ぜひ、積極的に活用しながら、さまざまな事業者と連携して、マイナンバーカードの利用を積極的に推奨していただきたいと思っております」

そう、河野デジタル相も後押しを忘れない。観光を主軸とした地域活性、地方創生の武器としても、マイナンバーカードの公的個人認証サービスは期待できる。

ここまで紹介した事例は、あくまで構想段階。コンサートも学生証も手ぶら観光も、まだ実現した事例はない。だが、まったくの夢物語というわけではない。デジタル庁の今井補佐は、「どことは言えないが、いずれも民間の事業者や自治体などがプロジェクトとして動いているものを言える範囲で紹介している」とする。

スマホに電子証明書を搭載

冒頭で紹介した、都城市と養父市の共同プロジェクト。都城市は「現時点で言えることはない」と言明を避けるが、いくつかのプロジェクトの一つとして、手ぶら観光などの新しいモデルを見せようとしている可能性もある。

いずれにせよ、デジタル庁が公式な資料や大臣会見で紹介している以上、これらの構想は絵に描いた餅で終わることはないだろう。そう遠くない未来に現実のものになると考えてよい。

民間での利活用と同時に、公的個人認証サービスの仕組みも進化していく。その一つが、マイナンバーカードの公的個人認証サービスの電子証明書機能をスマートフォン(スマホ)内部に搭載する試みだ。

2023年5月、まずはAndroid OSのスマホに電子証明書機能を搭載できるようにする。iOSのiPhoneにも早期に搭載できるよう、政府が準備を進めている。

現状では、公的個人認証サービスを利用したなにかの手続きや本人確認をするたびに、マイナンバーカードをスマホにかざす必要がある。だが、スマホに電子証明書機能が搭載されれば、マイナンバーカードが手元になくとも本人確認などが可能になる。

つまり、初期設定を済ましたスマホさえあれば、カードいらずで、指紋認証や顔認証などの生体認証だけで公的個人認証サービスを利用したサービスを受けられるようになる。これまで、マイナンバーカードを都度、財布などから出していた利用者の手間は大幅に省かれることになる。民間での利活用が進み、公的個人認証サービスの利用頻度が増えるほど、その恩恵を感じるに違いない。

確かに、マイナンバーカードに関しては再発行に1カ月近くかかるなど、いくつかの課題はあるが、政府は解決するとコミットメントをしている。スマホひとつで官民問わずあらゆる認証が完結し、あらゆる本人確認を必要とするサービスを享受できる。そして、なりすましなどの不正が激減する。そんなデジタルの未来が、すぐそこに待っている。

 

  • 筆者
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井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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