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マイナンバーカードの真実 #04

マイナカード交付率1位、都城の策[後編] 利便性の整備と挑戦の風土

前編からの続きです。後編では申請環境と両輪で準備を進めた「利便性」の整備について深掘りしていきます。

都城市立図書館にコンビニ端末

都城市の中心市街地、中町に、ひときわ目を引く豪奢な市立図書館がある。

旧「都城大丸」の跡地を利用した大規模再開発によって2018(平成30)年に誕生した中心市街地中核施設「Mallmall(まるまる)」。市立図書館はその一つとして同年4月、カフェなども併設し、リニューアルオープンした。

市民の新しい知的活動拠点として生まれ変わった人口15万8670人の市の図書館は、オープンからわずか半年で50万人もの来館者を集めた。2022年6月には開館から4年2カ月で来館者数が600万人を突破。今や都城市を代表するランドマーク的な存在だ。

その入口をくぐった左手に、コンビニでおなじみの「マルチコピー機」が設置されている。

都城市立図書館に設置された証明書の自動交付機。コンビニと同じマルチコピー機が使われている

コンビニ同様、マイナンバーカードがあれば、住民票の写しや印鑑登録証明書、印鑑登録証明書、戸籍証明書などの証明書を発行できる。市民で賑わう場所だけに、人気の“出張所”として市民に定着している。

利便性という“贈り物”も準備

「都城方式」で待つのではなく、出向いて申請補助を重ね、日本一のマイナンバーカード交付率を築き上げてきた都城市。だが、策はそれだけではない。

前回の記事で、マイナンバーカード未取得者の理由に触れ、こう綴った。

未取得の人たちのほとんどは、リスクが怖いからではなく、メリットや作る必要性を感じないから、なくても困らないから、面倒だから作らないということになる。

なんのために面倒な書類申請をし、わざわざ役所に取りに行ってまでマイナンバーカードを作らなければいけないのか――。言い換えれば、カードを作る「意義」が理解されていない、ということが普及の最大の壁だと考えるべきだろう。

「マイナンバー(個人番号)制度」の意義とは、「国民の利便性の向上」「行政の効率化」「公平・公正な社会の実現」の3つ。

このうち、最も市民に理解されやすい国民の利便性の向上について、都城市は具体的な“贈り物”を用意することを忘れなかった。

「どこに出張しようが出向こうが、結局は市民の皆さんに、“ほしい”と思っていただかなければ、マイナンバーカードの申請はしてもらえない。もはや、出張してマイナンバーカードの申請補助をする取り組みは、ほとんどの自治体がやっている。申請環境の整備だけではダメだと考えています」

都城市役所のマイナンバーカード普及の戦略を担う総合政策部デジタル統括課の佐藤泰格副主幹は、こう語る。

申請補助の規模もそうだが、都城市が準備した利便性のバリエーションやオリジナリティもすごい。

コンビニ交付手数料を半額に

住民票の写しなど各種証明書の「コンビニ交付」は、コンビニエンスストア(コンビニ)のマルチコピー機にマイナンバーカードをかざすことで証明書を取得できるサービス。1700以上の自治体のうち992の市区町村がコンビニ交付のサービスを提供している(2022年12月22日時点)。

マイナンバー制度やマイナンバーカードがもたらす利便性の代表格と言えるが、都城市はこれに付加価値をつけた。その一つが、冒頭で紹介した例だ。

2017年4月と早い段階からコンビニ交付サービスに対応していた都城市は、2019年10月、市立図書館にもコンビニ同様のマルチコピー機を設置した。加えて2021年10月には、市庁舎内にもコンビニ同様のマルチコピー機を導入した。この時点で、コンビニ交付サービスに対応したマルチコピー機を自治体が庁舎外に設置したのは初である。

自治体によっては独自開発の自動交付機を市庁舎などに設置することもあるが、都城市はコンビニと同じマルチコピー機を調達。場所によって使い勝手が変わらないよう、配慮した。

さらに2021年7月には、コンビニ交付サービスの手数料を宮崎県内で初めて引き下げた。証明書発行の手数料は、窓口では300円ないし、450円かかる。コンビニ交付も同様の手数料が必要だったが、これを一律150円とした。当然、コンビニエンスストア以外の市庁舎や出張所、図書館に設置してある自動交付機(マルチコピー機)も対象だ。

コンビニ等で取得できる証明書と手数料

コンビニ等で取得できる証明書と手数料

結果、市庁舎等の窓口での証明書発行は激減。現在、全証明書発行の約半数がマイナンバーカードを利用したコンビニ交付サービスによるものだという。市民がその利便性の享受を最も感じているサービスと言える。

ばらつきあるマイナポータルからの申請

マイナンバーカードの利便性が語られる際、コンビニ交付サービスに次いで認知されているのが「マイナポータル」を通じた各種手続きや申請だろう。

マイナポータルとは、行政手続のオンライン窓口。各種申請のほか、行政機関等が保有する自身の情報の確認や、行政からのお知らせ通知などのサービスを提供している。

手続きや申請は、マイナンバーカードがあれば入力が簡単になる。本人確認のためにマイナンバーカードが必須なものもある。だが、窓口での手続きや申請のすべてがマイナポータルでできるわけではない。電子申請への対応は各自治体任せで、ばらつきがある。

2023年1月初旬、市区町村への手続きや申請を検索できる「ぴったりサービス」で、筆者が住む、とある自治体(東京23区)を選択してみた。すべてのカテゴリーを選ぶと、「入院助産」「出産育児一時金/直接支払」など54件が出てきた。

しかし、54件のほとんどは電子申請に関係のない情報。単に、窓口等での手続きを紹介するウェブサイトへのリンクが貼ってあるだけだ。マイナンバーカードを利用可能なオンラインでの手続きや申請は、54件中「ゼロ」件だった。

次に「宮崎県都城市」を選択してみた。すると、該当件数は全カテゴリーで184件も出てきた。

マイナポータル「ぴったりサービス」で都城市の電子申請を検索すると184件が表示された

うち、マイナンバーカードを利用可能なオンラインでの手続きや申請は、「妊娠の届出」や「公共下水道使用開始等届出」から「露店等の開設届出」まで175件もあった。

マイナンバーカード必須の手続きや申請は、「児童扶養手当の認定請求」「犬の死亡届」など39件を確認できた。これはあくまで2023年1月時点の件数。都城市役所によると、現在も毎週のように手続きが増えているという。

国内トップクラスのマイナポータル申請

オンライン申請への対応は、ゼロ対175。都城市の圧勝である。そのはず、都城市はマイナポータル開始直後からオンライン申請の対象を“爆速”で増やしていったのだ。

「マイナポータルを使ったオンライン申請の数は国内トップクラスと自負しています」と佐藤副主幹。正確な調査はないが、おそらく1位だという。市民が市庁舎の窓口で行える手続き数は3000件程度。このうち、特にニーズが高そうなものから順次、マイナポータル経由のオンライン申請に対応させていった。

新型コロナウイルス感染症のまん延に伴う各種支援施策にも活用された。

1人あたり10万円の「特別定額給付金」が支給された際は、マイナポータルを含めて申請開始日の午後から給付を開始。申請から1週間以内で給付を終えたという。「ワクチン接種証明書」の申請や「都城市プレミアム付スマイル商品券」の購入申込にもマイナポータルが活用されている。

最近では「不在者投票の投票用紙等請求」のインパクトも大きかった。これまでは必要事項を記入ののち郵送による請求だったが、2022年7月の参院選からマイナポータル経由の請求も開始。結果、全請求の約4割がオンラインでの請求となった。

都城市は今後も、この国が用意したマイナポータルぴったりサービスの仕組みを存分に活用する方針。2023年度には、オンラインで可能な手続きや申請の数を、一気に300件近くまで増やしていく考えだ。

「電子母子手帳」から「おくやみ窓口」まで

都城市は、行政手続きや申請といったマイナポータルの枠外でも、マイナンバーカードを用いたあらゆる利便性やメリットを用意しているから抜かりがない。その代表的な一つが「電子母子手帳」だ。

都城市が採用した電子母子手帳アプリ「OYACO plus」(都城市役所のリーフレットより)

2017年9月、都城市はスマートフォンのアプリを利用した電子母子手帳サービスを開始した。検診や予防接種などの情報を管理できるほか、日記をつけたり、家族で子どもの成長記録を共有したりする機能を備える。出産や子育てに関する情報や、妊娠週数・乳幼児の月齢に合わせた役立つ情報なども市から届く。

サービスの利用には、マイナンバーカードが必須。アプリ内の指示に従い、IC読み取り機能があるスマートフォンでマイナンバーカードを認証・連携すると利用可能になる。

なかでも利用者に好評というのが、電子母子手帳限定のクーポン。「お子様ランチ無料」「お子様にデザート」「撮影料金の10%割引」など、市内16店舗でサービスが受けられる。対象は小学生までと幅広い。

そのほか、マイナンバーカードを活用した独自施策は枚挙にいとまがない。

2019年11月に、大切な人をなくした遺族をサポートする「おくやみ窓口」を市庁舎1階市民課に開設。故人や届出人のマイナンバーカードを読み取り、申請書類にマイナンバーカードの情報を転記して効率化を図る機能を実装した。マイナンバーカードを活用したおくやみ窓口の設置は日本初だ。

同窓口は悲しみに暮れる遺族の相談機能も有している。滞在時間増に繋がるはずだが、マイナンバーカードを活用した効率化などで、むしろ同窓口設置後の遺族の庁内滞在時間は30%削減されたという。

2021年6月から配信した地域通貨アプリ「にくPAY」では、「マイナポイントアプリ(マイキープラットフォーム)」で自治体マイナポイントの給付申請を行うと、アプリに7000円分の地域通貨が付与される仕組み。1人7000円分の地域通貨を6万3000人に配布した。

その他、救急現場で傷病者が保有するマイナンバーカードを活用して、救急救命士が救急業務に資する医療機関名、既往歴、薬剤等の情報を正確かつ早期に把握することで、傷病者および家族の負担を軽減するとともに、医療機関と連携してより迅速・円滑な救急活動が実現するかを検証する消防庁の実証事業にも参加している。

デジタルへの理解、空振りが許される風土

ゆりかごから墓場まで。あらゆる年代、あらゆる層に向けた手続きや申請のオンライン化、アプリやサービスの提供によって、マイナンバー制度やカードの利便性を総合的に高めてきた。だからこそ、特設ブースなどでの申請補助の場面が生きてくる。

不安を解消すると同時に、マイナンバーカードの利便性をいくつも用意して訴求できる。子ども連れのお母さんには電子母子手帳を、高齢者にはおくやみ窓口を、引越しを考えている人には関連するオンライン手続きを紹介できる。

申請環境と利便性を両輪で整備したからこそ、あらゆる属性やターゲットに応じた利活用の説明ができる――。その強みが、約16万人という人口を抱えながら9割近い普及率までもってくることができた大きな要因と言える。

なぜ都城市は、ほかの自治体に先駆けて矢継ぎ早に策を打ち出せるのか。その問いに、佐藤副主幹は「市長はじめ、トップのデジタルへの理解があり、かつチャレンジさせてくれるという環境が大きい」と答えた。

池田宜永市長の口癖は「見逃すな、空振れ」。チャレンジの結果であれば、たとえ空振りでも許される空気を自ら庁内に吹き込んだ。その池田市長を支える吉永利広副市長は、2014年4月に池田市長の号令で新設された企画部門「総合政策課」の初代課長。デジタル関連施策を統括する「デジタル統括課」の前身であり、チャレンジ精神旺盛な同課の風土を築いた立役者だ。

こうしたトップがけん引する風土があるからこそ、都城市は申請環境と利便性の整備で先んじることができた。

その意味では、失敗を恐れず多角的に策をめぐらせ、いち早く攻めることを「都城方式」と呼んだほうがいいのかもしれない。

「マイナンバーカードにキラーコンテンツはない。今後も、ただただ、利活用のシーンを増やしていくのみ」。佐藤副主幹は今もをめぐらせている。

次回に続く)

マイナンバーカードが導く未来 コンサートから“手ぶら観光”まで

  • 筆者
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井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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