深く多面的に、考える。

マイナンバーカードの真実 #03

マイナカード交付率1位、都城の策[前編] 出向いて寄り添う「都城方式」

マイナンバーカード交付率日本一を続ける都城市。その戦略にマイナンバーカード普及のカギを学んでいきます。

イオンモールでマイナカード申請

2022(令和4)年も師走を迎えた12月16日。平日の午前中、イオンモール都城駅前は朝から大勢の客で賑わっていた。広大な建物内の一等地、1階スーパー前にある広場の一角に、マイナンバーカードの申請を受け付ける都城市役所の特設ブースがある。

イオンモール都城駅前の特設ブース

イオンモール都城駅前の特設ブース

この日も3人の職員が待機しており、さっそく2人連れがマイナポイントの説明を受けていた。

イオンモールに特設ブースが設置されたのは2020年8月。それから年末年始を除く毎日、午前10時から午後4時まで、マイナンバーカードの気軽な相談から申請まで、数え切れないほどの市民を応対した。希望者にはタブレット端末で写真撮影を行い、正式な申請までの工程をすべて無償で手伝っている。

イオンモールの出張特設ブースは、都城市のマイナンバーカード交付枚数率(交付率)を日本一に導いた「武器」の一つ。多い日はここだけで1日200人以上もの申請をさばいてきた。

マイナカード、都城の現在地

2022年10月、河野太郎デジタル大臣が2024年秋の「保険証廃止」を宣言し、「マイナ保険証」への一本化が取り沙汰されると、世間は揺れた。自治体への問い合わせや申請も増え、各自治体の職員は対応に追われた。

しかし、その時点ですでに84.7%という高い交付率だった都城市は、ほぼ無風だった。なにをいまさら騒いでいるのか、と。

テーマ「マイナンバーカードの真実」1回目と2回目では、全国的にマイナンバーカードの普及が思うように進んでいない現状とその要因について多面的に考察してきた。だが、都城市は様相が違う。

普及しないマイナンバーカード まん延する不安や不信感、まつわる誤解

マイナンバー制度の意義と課題 公平を担保する知られざる効用

都城市の交付率は、2016年1月のマイナンバーカード交付開始直後から全国平均を大きく上回り、2016年8月には全国の市区別ランキングで1位となった。

マイナンバーカードの普及率の推移(都城市)
マイナンバーカードの普及率の推移(都城市)

出所:総務省

首位を堅持しながら着実に交付数を上乗せし、2022年11月末時点での都城市のマイナンバーカード交付枚数率(交付率)は87.5%にのぼる。同時期の全国の交付率は53.9%。都城市はこれを大きく凌いでいる。

交付を前提とした申請済みの「有効受付数」では人口比で95%に迫っている都城市。「2023年3月末までにほぼすべての住民が保有する」という目標に最も近い自治体と言える。

市区別、町村別の交付率ランキングで注目すべきは、各自治体の人口。市区と町村のトップ10で、人口が10万人を超えているのは都城市のみだ。

マイナンバーカードの交付率ランキング
順位 市区 人口 交付率
1位 宮崎県都城市 16万2572人 87.5%
2位 兵庫県養父市 2万2389人 86.5%
3位 石川県加賀市 6万4276人 78.6%
4位 高知県宿毛市 1万9539人 77.4%
5位 兵庫県小野市 4万7833人 73.6%
6位 鹿児島県西之表市 1万4725人 72.1%
7位 石川県珠洲市 1万3334人 70.8%
8位 宮崎県串間市 1万7394人 70.3%
9位 愛媛県大洲市 4万1300人 70%
10位 和歌山県紀の川市 6万559人 69.6%

順位 町村 人口 交付率
1位 大分県姫島村 1878人 93.4%
2位 新潟県粟島浦村 338人 89.9%
3位 鹿児島県十島村 681人 80.9%
4位 長野県南牧村 3065人 79.2%
5位 鹿児島県中種子町 7629人 79.1%
6位 福井県池田町 2397人 78.9%
7位 群馬県長野原町 5383人 78.5%
8位 長崎県小値賀町 2284人 78.1%
9位 静岡県西伊豆町 7290人 78%
10位 北海道壮瞥町 2392人 77.5%
出所:総務省。人口は2022年1月時点、交付率は2022年12月18日時点

例えば、1000人の自治体の90%は900人。10万人の自治体の90%は9万人。同じ交付率90%でも、労力や作業量は2桁も違う。人口を考慮すると14万2289枚を交付済みの都城市の強さは、さらに際立つ。

「スタートに尽きる」

なぜ都城市はここまで高い交付率を誇るのか。

「スタートに尽きる、と思います」

その問いに、都城市役所のマイナンバーカード普及の戦略を握る、総合政策部デジタル統括課の佐藤泰格副主幹はこう語った。

マイナンバーカードの交付開始は2016年1月。当時、多くの自治体は手探りの状態だった。「住基カードの二の舞になるのでは……」という不安があったからだ。

住民基本台帳カード(住基カード)は、氏名・住所・生年月日・性別・住民票コード等が記録されているICカードで、2003(平成15)年8月に制度が始まった。だが、2014年3月末の累計交付枚数はわずか833万5115枚と振るわず、2015年末で発行を終了。役割はマイナンバーカードへと引き継がれた。

そうした状況下でスタートダッシュをかけた都城市。その理由を、総務省の地域情報化アドバイザーの委嘱も受ける佐藤副主幹はこう話す。

「マイナンバーカードは住基カードとは違い、利活用が民間にも開かれている。住基カードで学んだ反省点を生かして制度設計もしっかりしていた。住基カードとは違い、最終的には全国民に普及して官民で活用される未来を、最初から都城市は信じていました」

どうせ普及するのであれば、あとから慌ててやるのではなく、最初から着実に交付枚数を積み上げよう、という策。その中核となったのが「申請環境の整備」である。

「都城方式」で2000回以上の出張補助

前回の記事で、じつは「リスクを恐れてマイナンバーカードを作らない人」はさほど多くない、というファクトを紹介した。デジタル庁がマイナンバーカードの未取得者に未取得の理由を聞いた結果が以下だ。

マイナンバーカードの未取得理由
マイナンバーカードの未取得理由1-2月

出所:デジタル庁。調査は2022年1〜2月に実施

「申請方法がわからないから」「申請方法が面倒だから」「特にない」という選択肢を選ぶ人が多い。都城市はまず、この“消極派”に寄り添いにいった。

マイナンバー制度やマイナンバーカード自体がなんだかわからない人もいる。申請の方法がわからない人も、わかっていても面倒に思う人もいる。自分で申請するには決められたフォーマットの写真が必要だが、都市部のように証明写真機がそこらにあるわけではない。その料金を嫌う人もいる。

そうした人々に、少しのきっかけを提供すれば、きっと申請してくれるはず――。

都城市は、特設ブースに職員を配置する申請補助の取り組みを2015(平成27)年10月の制度開始と同時に始めた。取得希望者には、その場でタブレット端末を使って写真撮影をし、オンライン申請の完了までサポートした。すべて無料。この申請補助の施策は後に「都城方式」と呼ばれ、日本各地の自治体も後に続いた。

都城市はその草分け。規模もすごい。

市役所内や市の支所等で対応したのはもちろんのこと、民間施設などにも拡大。冒頭で紹介したイオンモールのほか、「かかしの里ゆぽっぽ」という温泉施設や大学、図書館など、人の集まる場所を選び、申請補助の“出張”を重ねた。時には「バルーンアート」を飾り、人を呼んだ。

さらに、職場にまで出張する取り組みも開始。社会人はなかなか市役所などに足を運びづらい。そこで、5人以上の申請を条件に、職員を市内の各企業に派遣し、ショッピングモールなどと同様の申請補助を重ねた結果、出張申請補助は累計で2000回以上となっている。

この申請補助、単に申請までの工程を手伝うだけではない。

先のアンケートにあったように、情報流出などに不安を感じている人もいる。通常、市役所などの申請窓口は、申請したい人に対して機械的に応じるだけ。マイナンバーカードに不安を感じている人はそこに出向かない。

しかし都城方式の特設ブースは違う。対面で職員が懇切丁寧にセキュリティ面の不安にも答え、解消する努力も続けた。第1回の記事で紹介したように、世の中には意外とマイナンバーカードについて誤解を抱いている人が多い。そうした誤解も丁寧に解いていった。

普及しないマイナンバーカード まん延する不安や不信感、まつわる誤解

「デジタル化こそアナログで」――。池田宜永市長が掲げる「デジタル化推進」の大原則である。これに則り、交付を担当する「市民課」が中心となって、時には課を超えた市役所全体の連携で、足を使い、汗をかいて申請窓口を支えた。

申請窓口というよりは「相談窓口」というスタンス。この都城方式によって、都城市はスタートダッシュに成功した。だが、策はこれに終わらない。

ダメ押しの「マイナちゃんカー」

「マイナンバーカードの申請補助に市職員が自宅に伺います」「市役所に出向くことやインターネットでの申請が難しい人に対して、マイナンバーカードの申請をサポートします」――。

2021年8月、全国の平均交付率が36%のところ、都城市の交付率は62%に及んでいた。だが、これに満足しない都城市は、申し込みがあれば1人からでも特注の自動車「マイナちゃんカー」で出向き、申請補助をする取り組みを開始した。

都城市役所による出張申請補助車の「マイナちゃんカー」

マイナちゃんカーのバックドアを開けると、簡易撮影スタジオに。トランクルームに腰掛けてもらい、職員がタブレット端末で写真撮影。そのまま、申請まで手伝った。2022年3月末時点で530件の予約があり、計1593人がマイナちゃんカーを利用している。

イオンモールなどの出張特設ブースなどに比べれば、コストパフォーマンスは著しく悪い。しかし、2019年4月に「都城デジタル化推進宣言」を掲げ、「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を宣言した都城市は、「あえて、普及率100%へ向けたダメ押しで、このマイナちゃんカー施策を始めた」(佐藤副主幹)。

市民を待つのではなく自ら出向く。市役所のイメージを覆すこうした努力が、日本一の交付率を支えてきた。

「都城市は、膨大なふるさと納税の寄附金があるから手厚いサポートができる」と見る向きもあるだろう。だが、出張申請補助しかり、マイナちゃんカーしかり、国の補助金を最大限に活用しており、市の“持ち出し”はほとんどないという。現場職員による創意工夫の賜物なのだ。

ただし、ここまで見てきた“都城方式”は、都城市の策の一面に過ぎない。

都城市役所は、市民にマイナンバーカードを持ちたいと思ってもらえる策、「利便性」の準備も忘れてはいなかった。

後編に続く)

マイナカード交付率1位、都城の策[後編] 利便性の整備と挑戦の風土

  • 筆者
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井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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