深く多面的に、考える。

地方から始まる変革 #05

「デジタル田園都市」の具体像 交付金を後ろ盾に加速する都城市

「デジタル田園都市国家構想」は、地方をどう変えるのか。都城市の最新のデジタル政策を通じて、新たな「地方創生」の具体像に迫ります。

過去最多のデジタル関連予算

2023(令和5)年2月28日、都城市議会で2023年度当初予算の説明会が行われた。

目を引くのはデジタル関連予算。2022年度は11億6000万円だったが、2023年度予算はさらに1億円上積みし、過去最高となる12億6000万円の予算となっている。わずか4年前、2019年度と比較すると約20倍に迫る。

2023年度予算のうち、デジタル関連は107事業、うち新規が34事業ある。この数字も過去最多。地方自治体のなかでは圧倒的な規模だ。

さらなる「デジタル武装」へ向け、地方自治体の最前線で突っ走る都城市。その大きな後ろ盾となっているのが、岸田文雄内閣が推進する「デジタル田園都市(デジ田)国家構想」である。

デジ田国家構想は、デジタルの力で地方の個性を活かしながら社会課題の解決と魅力の向上を図る政策であり、全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会を目指すとしている。全国レベルでデジタル化を推進していくための構想であることに違いはないが、実態としては「新しい地方創生」と捉えたほうがわかりやすい。

「変革は、地方から起こる」

2014(平成26)年の第二次安倍改造内閣から「地方創生」が始まった。

地方創生担当大臣の新設や、地方創生戦略の法的根拠である「まち・ひと・しごと創生法」の施行など、矢継ぎ早に政策を打ち出した安倍元首相。「東京一極集中」を防ぎ、「地方の人口減少」に歯止めをかけ、地方に活力を取り戻すとした。

2020年4月から地方創生戦略の第2期、5年が始まり、24年度には東京圏への転入超過を解消するほか、「UIJターン」による地方での起業・就業者を6万人創出することを目指すとした。だが、現状は非常に厳しい。(別テーマ「地方創生・成長企業の本質」の初回記事を参照)。

遅々として進まない地方創生 地方の“リアル”と都城市の現在地

そこで、地方創生戦略の仕切り直しとして浮上したのが、デジ田国家構想だった。

「私が目指すのは、新しい資本主義の実現です」「この変革は、地方から起こります」「地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、地方と都市の差を縮めていきます」……。

2021年10月8日、岸田首相は初となる所信表明演説でこう語り、デジ田国家構想を「新しい資本主義」の柱として掲げた。最初から、明確に地方のための政策と謳っている。

その約1年後、2022年12月23日に閣議決定した「デジ田国家構想総合戦略」にもこう書かれている。

第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を抜本的に改訂し、2023年度を初年度とする5か年のデジタル田園都市国家構想総合戦略(以下「総合戦略」という。)を新たに策定することとした。
(中略)
「デジ田国家構想」という新しい旗の下、地域の個性を生かしながらデジタルの力によって地方創生の取組を加速化・深化させていく必要がある。

2023年4月、新しい地方創生がいよいよ本格的に始まる。先立って、2022年度「第2次補正予算」では、「地方創生推進交付金」「地方創生拠点整備交付金」などの地方創生関連予算を新たに創設した「デジ田国家構想交付金」へ統合。予算面でも、地方創生はデジ田国家構想へと引き継がれた。

デジタル田園都市国家構想交付金の予算推移 

注:「地方創生関連交付金」は、地方創生整備推進交付金、地方創生拠点整備交付金、地方創生推進交付金の当初予算と補正予算の合算。2022年度補正予算から「デジタル田園都市国家構想交付金」に統合

2023年度のデジ田国家構想交付金の当初予算は1200億円。毎年、1000億円で推移していた地方創生関連の当初予算より200億円上積みされた。前年度並みの補正予算が加わるとして、2000億円以上が地方自治体のデジタル化に投資されることになる。

岸田首相肝いりの戦略と予算。とりわけ、デジタル化を進めたい地方自治体にとっては、強力な後押しとなる。最も活用しようとしている自治体の一つが都城市と言える。

すべての施設をスマートロック化

すでに、Think都城のテーマ「マイナンバーカードの真実」で報じてきたように、池田宜永市長のもと、都城市は率先してマイナンバーカードの普及と行政のデジタル化に取り組んできた。

マイナカード交付率1位、都城の策[前編] 出向いて寄り添う「都城方式」

都城市のマイナンバーカード交付率は全国の市区で唯一90%を超えて首位(2023年1月末時点)。圧倒的な交付率を背景にオンライン申請の整備も推進してきた。

「マイナポータル」を活用したオンライン申請数は約280手続き(2023年3月時点)と、こちらも全国トップクラス。これも、デジ田国家構想のための一手。ここから、さらにデジ田国家構想が加速させていくことになる。

冒頭で触れた2023年度予算のデジタル関連事業。そのうち34ある新規事業の中から「目玉」となりそうな4事業をピックアップした。

1つ目が「公共施設等スマートロック予約システム」の導入。これまで、常時職員がいない体育施設や公民館などの施設を利用する際は、公民館長の家などに出向き、物理鍵をもらうという手間があった。これを、施設予約・解錠ともにオンラインで完結できるようにする。と言っても、すべての施設に“本物”のスマートロックを導入するわけではない。

まず、施設の玄関付近に、既存の物理鍵が入ったボックスを設置する。ボックスは4桁の暗証番号を入力すると解錠する。その暗証番号を、予約システムを通じて利用者に通知することで、人を介在せず、利用できるようにするのだ。

横市地区体育館

実証実験で入り口横にキーボックスが設置された地区体育館(現在は撤去済み)

オンラインで鍵そのものを解錠できる“本物”のスマートロックをすべての施設に導入する自治体も存在する。だが、既存施設の玄関やドアに導入するとなると、大掛かりな工事や多額の費用が必要となる場合も多い。

対して、「擬似スマートロック」とも言えるこのアイデアは、“ローテク”ながらコストは低く、どんな施設でも改修することなく対応が可能。さらに「4桁の数字を押す」という行為は銀行ATMなどで使われているため、スマートフォン(スマホ)などの操作が苦手な高齢者も馴染みやすい。

都城市は2023年度内に、約200施設を対象とした予約システムを構築、鍵の貸し借りが必要な約80カ所の施設のほとんどに、この疑似スマートロックを導入する計画。この規模で施設の鍵を“スマート化”した自治体はほかにないという。

さらにこの話にはおまけがある。鍵の入ったボックスは遠隔で暗証番号を変更するためにオンライン化されている。市役所側で解錠することも可能。ということは、災害時に職員を派遣せずとも一斉に解錠し、最速で避難所を開くこともできる。一石で何鳥にもなるアイデアと言えよう。

「書かない窓口」から「AIスポーツ診断」まで

2つ目の事業は、北海道北見市を始め、すでに全国のいくつかの自治体で取り組みが進んでいる「書かない窓口」だ。

書かない窓口とは、各種証明書の請求や届出などの際、来庁者が申請書や届出書を書かなくても済む体制にする自治体の取り組み。職員は本人確認書類の提示を受け、来庁者を確認するとともに、必要な証明書や届出内容を聞き取り、申請書や届出書をシステム上で代行して作成。来庁者は書かずに済むため、記帳台などが取り払われることも多い。

この書かない窓口は、デジタル庁が最も注力する取り組みの一つ。同庁は、これから導入する自治体が独自にシステム構築をしなくても済むよう、あらゆる自治体が利用できるクラウドシステム「窓口DXSaaS」を先行事例を参考に構想している。早い自治体では、2024年頃から窓口DXSaasを活用した書かない窓口を稼働できる見込みである。

都城市はこの窓口DXSaaSの利用を想定。まずは2023年、「業務改善(BPR)」から着手し、2024年以降、書かない窓口のサービスを順次、提供していく計画だ。

3つ目の事業が、「リモート窓口」。中山間地域など、本庁舎から離れた地域に住む市民向けのサポートで、市内に計10カ所あるすべての各総合支所及び各市民センターに本庁舎とオンラインで結ばれたカメラブースを設置。利用者の手元も映せる「書画カメラ」の映像も確認しながら、本庁舎の職員が申請などに必要な書類作成や、マイナポータル経由でのオンライン申請などを支援するというアイデアだ。

主なターゲットとして高齢者や障がい者を含む中山間地域の市民を想定。これまで本庁舎に出向かなければ申請ができなかった約80手続きを一気にリモートで申請可能にする。

最後に紹介する事業は、「AI(人工知能)による適正スポーツの提案」という変わり種。センサーを活用して子どもの運動能力を測定し、AIが一人ひとりの長所に応じて、どのスポーツに向いているかを提案するサービスを、小学生およびその保護者向けに提供する。

都城市は、野球やサッカーなどプロスポーツ選手の春季キャンプ地に選ばれる土地柄。2027年には「国民スポーツ大会(国スポ)」と「全国障害者スポーツ大会」の宮崎開催も決まっている。コロナ禍で子どものスポーツ離れも指摘されるなか、国スポに向けて機運を高めていきたいという狙いもあるようだ。

「歓迎 読売ジャイアンツ」ののぼり旗

49年ぶりに都城市で読売ジャイアンツがキャンプを開催。市役所入口にものぼり旗が掲げられた

課題が多い地方ほど恩恵

これら4つのデジタル関連事業は、いずれもデジ田交付金の申請要件に合致しており、すでに申請済み。交付金が下りるかどうかは別にして、デジ田国家構想の具体的なイメージを掴むことはできただろう。

そう、意外とアナログ。最新技術を駆使して高度な処理をする、というよりは、現場の創意工夫にデジタルを活用し、生活を豊かにする、というイメージのほうが近い。

折しも2023年2月22日、都城市役所は3月定例議会に、「都城市スマートシティ推進条例」を提案したばかり。同条例は、「G20サミット(金融・世界経済に関する首脳会合)」の下部組織「G20グローバルスマートシティアライアンス」が提唱する「スマートシティにおける5つの原則」を参考にしたものだ。

「本条例は安心・安全にデジタルを進めていくための礎となるものであり、デジタル技術を使いたくない、あるいは使えない市民にデジタル活用を強いるものではありません。市民になるべくデジタルを使ってほしいとは思っていますし、デジタル活用を望む市民には最大限の支援をします。でも、どうしてもついていけない方にも恩恵を受けていただきたい。そんな思いも持って、条例を提案しています」

都城市役所でデジタル戦略を担当する総合政策部デジタル統括課の佐藤泰格副主幹は、こう説明する。デジ田国家構想が目指すところも同じだ。

都市部と地方の格差を埋め、地方に活力を与えることが狙いであり、やみくもに最新技術を使ってデジタル化しようという話ではない。言い換えれば「地方が抱える悩みや課題をデジタルで解決する」ことがデジ田の精神なのだ。

抱える課題が多い地方ほど、デジ田の恩恵を受けられるチャンスが広がっている。デジタル化の恩恵が自然なかたちで受けられる社会が、地方から実現していこうとしている。

 

  • 筆者
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井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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