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地方から始まる変革 #02

脱炭素にかける霧島酒造の凄み[後編] 他社も巻き込み「CO2実質ゼロ」へ

前編からの続きです。後編では、霧島酒造が掲げたカーボンニュートラルへの目標と、その実現に向けた今後の施策を中心に深掘りしていきます。

無謀な挑戦

2023(令和5)年1月19日、霧島酒造と、ニチレイグループで低温物流を手掛けるニチレイロジグループ本社は、リサイクル活動で協働運用を開始すると発表。記者説明会の場で、霧島酒造のサステナビリティ戦略を統括する江夏拓三代表取締役専務はこう語った。

記者説明会に臨んだ霧島酒造の江夏拓三 代表取締役専務(左)とグリーンエネルギー本部の東森義和課長

「今、『CO2(二酸化炭素)ゼロ』を目指しています。世界の先端企業がやっている『2030年』までにということで、(主に焼酎粕リサイクルを担う)グリーンエネルギー部に『やるようにしてくださいよ』と言っている。おそらくできるんじゃないかなと思います」

協働の内容は後述するとして、まず注目に値するのは「2030年度までに工場・事務所のCO2排出量実質ゼロ」という、とんでもなく困難且つ意欲的な目標だ。

前編で見てきたように、霧島酒造は焼酎粕や芋クズから発生するバイオガスを活用することで2021年度、CO2の排出量を33%削減(2013年度比)している。目標は、この削減率を2030年までに100%にするという意味である。 

脱炭素にかける霧島酒造の凄み[前編] 「さつまいもリサイクル」の全貌

日本が排出する温室効果ガス(GHG)のうち約9割がCO2。霧島酒造に限ればほぼ100%がCO2。つまり、霧島酒造は事業所からのGHG排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を2030年度までに実現する、ということだ。

2030年まで残された時間はわずか7年。霧島酒造は今、無謀ともとれる挑戦に突き進んでいる。

「2050年実質ゼロ」へ上方修正

菅義偉前首相は2020年10月の所信表明演説で「2050年カーボンニュートラル」を宣言した(政府インターネットテレビより)

「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」

菅義偉前首相がそう宣言した2020年10月の所信表明演説は大きな話題を呼んだ。2009年に「2050年80%削減(2013年比)」という長期目標を掲げた日本政府が11年ぶりに上方修正し、100%削減の目標を前倒しにしたからだ。

長期目標の通過点、「2030年」の中期目標については、2015年にCOP21で採択されたパリ協定時に「2030年26%削減(同)」と掲げていた。これも上記の所信表明演説の翌年、2021年4月の気候サミットで上方修正され、菅前首相は「2050年目標と整合的で、野心的な目標として、2030年度に、温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指す。さらに、50%の高みに向けて挑戦を続けていく」と表明している。

この新たな政府目標に倣い、カーボンニュートラルを宣言する企業が続出した。ただでさえ、実現困難とされる目標。ほとんどの企業が「2050年」をマイルストーンとする中、霧島酒造は2021年11月、こう宣言した。

「2030年度までに工場と事務所からのCO2排出量を実質ゼロにする」――。 

しかし、焼酎粕や芋クズを原料とする巨大なリサイクルプラントがあれども、それだけで到達できる目標ではない。これがいかに困難か、現状を見ればわかる。

焼酎粕のエネルギー、50%減が限界

前編で説明したように、1日に850トンも出る焼酎粕と15トンの芋クズはすでにフル活用。そこから発生するバイオガスは、焼酎製造に使うガスボイラー、そして、電力を生む「サツマイモ発電」の燃料として、ほぼ100%消費されている。

焼酎粕をメタン菌で発酵させる巨大なバイオリアクター

多少の拡張余力はある。本社エリアでは、本社増設工場のみに設置されていたバイオガスボイラーを本社工場にも新設し、バイオガスの供給量を1日あたり約2倍に増やしたばかり。

もう一つの基幹拠点である志比田エリアでは、3カ所ある工場のうち最新の志比田第二増設工場のみにバイオガスボイラーが設置されている。志比田工場内にもボイラーを新設し、バイオガスの活用を広げる計画はある。そのほか、本社エリアのみの設置だったサツマイモ発電の発電設備を志比田エリアにも新設する予定だ。

それでも、「さつまいも由来のエネルギー、当社からのバイオガスだけでは、焼酎製造にかかわるぜんぶを賄うことはできない」と江夏専務は言う。サステナビリティ戦略を担うグリーンエネルギー本部の東森義和課長はこう補足する。

「さらなる自助努力を積んでも、2030年に50%しかCO2を削減できません。当社由来の焼酎粕のバイオガスを全量使っても50%しかいかない。そこに限界がある」

霧島酒造のCO2排出量の推移
工場・事務所のCO2排出量の推移と今後の計画

注:霧島酒造の資料を基に作成

要するに、バイオガスのもととなる焼酎粕や食品クズが足りないのだ。この“限界”を突破するため、霧島酒造は新たなフェーズへと乗り出した。

2023年1月、「KIRISHIMA SATSUMAIMO CYCLE」という大きなビジョンの実現を目指して、気候変動対策と自然環境保全を軸に次の段階へ進むアクションプラン「霧島環境アクション2030」を公表。その具体策の一つが、冒頭で紹介したニチレイロジグループとの協働である。

霧島環境アクション2030の大きな進化は、自社だけではなく、他社からもバイオガスの原料を調達する点。その試みはすでに始まっている。

ニチレイロジグループの食品クズを受け入れ

自社由来の焼酎粕だけで足りないなら他社から引き取れば良い――。

その発想のもと、霧島酒造は産業廃棄物処分業許可証を取得。2022年4月より、同じ都城市内の老舗焼酎酒蔵である柳田酒造と大浦酒造から焼酎粕を引き取り、バイオガスの原料に足している。そして、さらなるインパクトを求め、ニチレイロジグループからも食品クズを引き受けることにした。

他社からの廃棄物(芋クズ等)を引き受ける施設。即座に発酵させるため異臭を抑えられる

低温物流サービスを手がけるニチレイロジグループは、南九州を中心に霧島酒造向けのさつまいもを鹿児島県曽於市の物流センターで引き受け、洗浄・選別・カットや、冷凍・保管などの加工業務を受託している。さつまいもの収穫時期以外でも焼酎を作れるのは、冷凍保管のおかげ。この加工段階で1カ月30トンの芋クズが出ていた。

収穫時期の3カ月で90トンに及ぶ芋クズは、これまで鹿児島県内の産業廃棄物処理業者を通じて廃棄処分されていた。これを、霧島酒造が2022年9月からエネルギーの資源として引き取り、バイオガスの原料としている。霧島酒造が宮崎県から「県外産業廃棄物」の搬入承認を受けたことで実現した。 

これにより、1カ月あたり3000ノルマル立方メートル(N㎥)に相当するバイオガス発生と年間10トンほどのCO2削減効果を上乗せできるという。

両社の協働はこれに終わらない。ニチレイロジグループの鹿児島曽於物流センターは霧島酒造以外の食品加工も手がけており、さつまいもに限らず、ほかの野菜や果物などのクズも大量に廃棄処分している。霧島酒造は今後、これらも引き受けていく方針だ。 

霧島酒造との協働をアピールするニチレイ・ロジスティクス九州 鹿児島曽於物流センターの中島佑樹マネージャー(左)

霧島酒造としてはエネルギーに変換できるため量が増えるのは歓迎。どれだけ増やせるのかは不明だが、鹿児島曽於物流センターの中島佑樹マネージャーは「月に300トンくらいは現実的なのかなと考えている」と期待を込める。

太陽光など自然エネルギーも活用

他社からエネルギーの原料を調達し、バイオガスを増産しようという発想。上積みにはなるが、一升瓶換算で年間5000万本もの焼酎を作るには、それでも足りない。少なくとも2030年までは一定量の都市ガスを燃焼し、CO2を出し続けることになる。

となれば、出してしまった分、別のところで「マイナス」の効果を生み、差し引きでゼロにしなければ「CO2実質ゼロ」には到達できない。そこでゼロへ向けた策として次に検討しているのが、太陽光などの「自然エネルギー」の活用である。 

「太陽光発電は大きな候補。南向きの綺麗に陽が当たる工場がいっぱいある。どれだけ発電できそうか、計算しているところ。それ以外にも選択肢がある」と江夏専務。グリーンエネルギー本部の東森課長は、「温排水を使った発電や排蒸気を使った発電もある。価格とどれだけ環境価値があるのか見極めながら、前向きに検討を進めている」と続ける。

バイオガスや太陽光など再生可能エネルギー由来の電力は、電気自動車(EV)にも活用していく。前編で触れた、サツマイモ発電で動くEVの「e-imo」。今は、130台ほどある社用車のうちのわずか4台だが、それには理由がある。

「サツマイモ発電」で走る霧島酒造の社用電気自動車(EV)「e-imo(イーモ)」

「今、いろんな会社から合理的なEVが誕生しつつある。しっかり出来上がってコストが安くなったときに、一斉にすべてを切り替えようと思っています」。江夏専務はそう、将来像を語る。

加えて江夏専務は、600人強の従業員が通勤に使う自家用車もEVに切り替えてもらうよう、時期が来れば補助金を出す考えも口にした。会社の駐車場でサツマイモ発電、もしくは太陽光など自然エネルギー由来の電気を充電できるようにしたいと考えている。

そのほか、蒸留工程などで出る「温排水」にも可能性が残っている。ボイラーの給水や工場設備・備品の洗浄水、暖房設備などに再利用されているが、すべての排水や熱を利用できているわけではない。温水プールなど、さらなる有効利用の道を探っていくとする。

こうした、細かい自助努力の積み上げで、なんとか残りの50%を削減し、2030年CO2実質ゼロまで持っていく算段。これだけでも担当者は胃が痛くなる思いだろう。しかし、江夏専務はさらなる難題をグリーンエネルギー部に課そうと目論んでいるようだ。

バリューチェーン全体のCO2削減も視野

霧島酒造が掲げている目標は、今のところ、製造などで事業所から直接排出されるCO2、もしくは電力調達で排出される間接的なCO2が対象。だが、それ以外の部分の改革にもすでに着手している。

話が複雑になるため、あえてここまで説明してこなかったが、企業の事業を通じた一連の流れ、いわゆる「サプライチェーン(バリューチェーン)」全体を見渡すと、原材料調達や製品の輸送、消費者の使用や廃棄など、事業所以外で生じる量のほうが格段に多い。

温室効果ガス排出量の算定と報告の世界共通基準「GHGプロトコル」では、以下のようにGHG排出を分類している。

Scope1(直接排出)
自社設備で燃料燃焼、また化学反応等によって直接排出した二酸化炭素、他のGHG。

Scope2(エネルギー由来の間接排出)
外部から購入した電気などの二次エネルギーが作られる際に排出した二酸化炭素(等)。

Scope3(その他、事業に関連する間接排出)
Scope1・2以外の、原材料の生産から製品の使用、廃棄、従業員の出張・通勤など、自社事業にかかわるすべての間接的なGHGの排出。

このScope1・2・3を合算したものが「サプライチェーン排出量」と呼ばれており、一般に、企業起因で排出されるサプライチェーン排出量の8〜9割がScope3だと言われている。 

霧島酒造が現在2030年までにゼロを目指しているのは、上記のScope1・2の部分のみ。それでも、霧島酒造がすごいことをやろうとしていることに変わりはない。 

例えば、酒類も扱う誰もが知る国内飲料大手は、2030年のGHG排出量削減目標を「Scope1+2で50%減、Scope3で30%減」と掲げ、サステナビリティに前向きな企業として認知されている。

だが、同じ時期に霧島酒造は100%減を達成しようとしている。輪をかけて、霧島酒造はScope3の削減にも挑戦していくというのだ。

霧島酒造のサプライチェーン排出量全体の8割以上が、さつまいもの収穫や輸送などの原材料調達や、焼酎の輸送・使用・廃棄などを含むScope3だと見られる。

霧島酒造は現在、このScope3の正確な算定を進めており、その先にScope3を含めたバリューチェーン全体でもCO2を削減していく宣言を見据えている。

自然の恵みが豊かな「地方」

2002年に焼酎かす活用の再検討を開始してから21年。2006年にバイオガスの活用を始めてから17年。霧島酒造はさらなる高みへと動き出した。

鹿島建設とともに築いてきたリサイクルプラントのシステムは、長年の蓄積を経て、世界に誇れるものとなった。いち民間企業によるバイオガスの発生量はおそらく日本一。さつまいも由来のガスに限れば、その発生量は世界一だろう。

もはや、エネルギーカンパニーとしての顔も持ち始めた霧島酒造。新時代のエネルギーを担う人材も、全国から集結しつつある。

世界に比べ、日本企業のサステナビリティへの対応は遅れをとっているとされる。しかし、その遅れを、地方の酒蔵が取り戻そうとしているという事実。サステナビリティを軸とした大きなうねりが、都城で起きている。 

それは、自然の恵みが豊かな「地方」だからこそ、成し得ることなのかもしれない。

活火山の多い南九州は、保水性に乏しく、作物を育てるのが難しいシラス台地で覆われている。それでも良く育ってくれるさつまいもの栽培が盛んになり、良質な地下水も豊富だったことから、芋焼酎という産業も発展した。

その資源を無駄にしたくない、という思いから、霧島酒造の変革は始まったのだ。江夏専務は言う。

「自然が育んださつまいもの素晴らしさ。これをもういっかい、自然に戻していこうと。やりっぱなしではだめ。最終的には地球環境で循環させる。今、世界が騒いでいますけれども、同じことを私どもは早めに気づきまして、もうスタートしているところであります」

地方から始まる変革。中央がそのうねりに巻き込まれる日は近い。

次回は、なぜ霧島酒造がここまで脱炭素社会やサステナビリティの実現へ“本気”になれるのか、江夏専務のインタビューを通じてさらに深掘りしていきます。

次回に続く)

なぜ霧島酒造は脱炭素に本気なのか 江夏拓三 代表取締役専務が語る真実

  • 筆者
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井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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