深く多面的に、考える。

メディアリテラシー #14

「7月5日に日本で大災害」の誤解 “デマ”に惑わされる子どもに注意

  • 「2025年7月5日、日本で大災難が起きる」という“デマ”や噂が拡散。
  • 大方の日本人は冷静な対応をするも、子どもたちに影響が及んでいる。
  • 噂の出所や実態を深掘りし、親は子どもにどう対処すべきかを考える。

気象庁長官「心配する必要は一切ない」

「今年の7月に日本で大事震が起こるという予言が報道等で見られるところです。現在の科学的地見では日時と場所大きさを特定した地震予知は不可能です。そのような予知の情報はデマと考えられますので、心配される必要は一切ございません」――。

2025(令和7)年6月13日、気象庁の野村竜一長官は定例会見の冒頭、「最後に1つお願いがございます」と切り出しこう言った。「2025年7月5日に大災難が起きる」という“デマ”や噂に対してのコメントだ。野村長官は質疑応答で改めて以下のように言及した。

「根拠のない情報で振り回されてる方々がいるっていうこと自体、本当に残念に思いますし、我々もはっきりとものを伝えていかなきゃいけないと考えております。(中略)科学的に考えておかしな考え方を受け入れてしまう。そういう方々がいらっしゃるのは非常に残念だと思います」

「けれども、見えないことに対する不安感があるかと思います。その気持ちはわからないでもありません。ですので、そういう方々に対してはっきりと科学的な観点で『信じないでください』ということを訴えるのが非常に重要」……。

気象庁長官は、いちいちデマに応じている暇はないはず。異例とも言えるコメントを出したのは、それほど「7月5日」がインターネットやSNSで広範囲に拡散している証左とも言える。

2021年7月に見た「夢」

「私が見た未来 完全版(たつき諒著)」の販売ページ。アマゾンでは2025年6月末時点でもベストセラーとなっている

噂の発火点は、漫画家・たつき諒氏の著書「私が見た未来 完全版」。1999(平成11)年に刊行された「私が見た未来」の復刻版で、一部加筆が加えられ、版元の出版社いわく「22年の沈黙を破り」、2021年10月に発売された。

「私が見た未来」は、著者が自分の夢を「夢日記」として記録していた内容をまとめたもの。99年刊の原作や表紙に「大災害は2011年3月」という言及が記されていた。“予知夢”が的中したと話題になり、一時期は絶版本の価値が10万円の値がつくほど高騰していた。

1999年に発売された「私が見た未来」の表紙に「大災害は2011年3月」という文字が見える(アマゾンの中古本販売ページより)

これを復刻するかたちで2021年10月、著者が見た新たな予知夢と解説が付加された「完全版」が発売された。新たな予知夢の一つが、2025年に訪れるという大災害である。

それは「日本とフィリピンの中間あたりの海底がボコンと破裂(噴火)し、東日本大震災の3倍の大津波が太平洋周辺の国に押し寄せた」というもの。夢を見た日は「2021年7月5日」。たつき氏は「その災難が起こるのは、2025年7月です」と記した。

そして、作者あとがきで、こうも記している。

夢を見た日が現実化するならば、次にくる大災難の日は「2025年7月5日」ということになります。(「私が見た未来 完全版」215ページより引用)

「完全版」で新たに加わった“予言”を起点に、「2025年7月5日に日本で大災害が起こる」という噂がまことしやかにインターネットやSNS上で拡散していった。

その影響力は日本国内より、むしろ海外、とりわけ香港で露呈した。

香港から日本、減便・運休が相次ぐ

正確には、香港での騒動は日本国内とは異なる論理が追加される。

香港では知らぬ者はいないという風水師の七仙羽氏。彼女は「4月と5月に日本に行くのは得策ではない」と予言し、2025年4月頃から「被害者を減らしたい」と報道陣やSNSなどを通じて伝えていた。

その言説・預言は独り歩きし、「4月と5月」は「4月以降」へ、「得策ではない」は「日本は危ない」「日本に行かないほうがいい」へと変節していった。

2025年3月にミャンマー中部で起きた地震や、同年4月の“トランプ・ショック”による株価暴落などを的中させたとされる彼女の予言は、信憑性をまとい、伝わる。ここに、くだんのたつき氏の予言が相まって、香港人の不安をさらに煽っていった。

香港の著名YouTuberやインフルエンサーなどが、七氏とたつき氏の予言を併せて紹介し始めると、「7月は日本が危ない」という噂が急速に香港人に広がり、ついには航空会社のダイヤ編成に影響を与えるまでに発展した。

ちなみに七氏はのちに、「4月と5月、日本で地震が発生したので、7月にはなにも起きない」と“修正”している。予言の的中は、4月18日に長野県北部で起きた最大震度5弱の地震、5月31日に北海道・釧路で起きた最大震度4の地震を指す。

だが、あとの祭り。噂を理由とする急激な需要の落ち込みから、香港のLCC「グレーターベイ航空」は2025年4月、香港と仙台、徳島を結ぶ定期便を週1往復減便すると発表。「香港航空」も5〜6月は福岡、名古屋、札幌との定期便を減便させ、5月頭には香港と仙台を結ぶ定期便を6〜10月にかけて全便運休する方針を固めていた。

外国語で発信される日本関係のニュースなどを掲載する「JAPAN Forward」も香港からの減便を伝えた(一般社団法人ジャパンフォワード推進機構「JAPAN Forward」より)

6月に入っても需要は回復せず、香港航空は香港と熊本、鹿児島を結ぶ定期便も7〜10月にかけて全便の運休を決めている。

航空会社としては致し方ないだろう。スペインの旅行分析会社大手「ForwardKeys(フォワードキーズ)」によると、2025年に入ってから香港発日本行きの航空便予約は前年比で50%減少している。とりわけ6月下旬から7月上旬の予約は83%も急落したという。

予知夢をモチーフにした映画も公開

こうした“脱日本”の現象を、地元メディアも、日本国内のメディアも、随時伝えた。その「メディア効果」も手伝い、日本国内でもSNSを中心に噂が拡散している。多くの記事やコンテンツに共通するのは「7月5日」という日付が入っていることだ。

出版業界関係者などのコメントとして、ネット上の記事は以下のように伝えている。

「夢の内容や見た日付を根拠に、たつき氏は25年7月5日にこの災害が起こるとあとがきで記しています」「夢を見た日が2021年7月5日であることから、2025年7月5日に起きるのではないかという噂も広がっています」……。

ある地上波の番組は「なんか7月5日に地震来るみたいだから、非常食の買い足しと、お菓子はローリングストックで1〜2週間は生きられるようにしたよ!」といったXへのポストを引用し、ナレーションはこう伝えた。「SNS上では、きたる大災害に備え、非常食や防災グッズを買い込むひとが続出」……。

噂をモチーフに描いた都市伝説ホラー映画も製作され、6月末の公開が予定されている。映画のタイトルは「2025年7月5日 午前4時18分」だ。

ただし、これらメディアの報道やコンテンツ、伝え方は、大きな誤解を招く恐れがある。

出版社や著者が「7月5日」を否定

映画の公開が決まり、完全版の出版元の飛鳥新社にも問い合わせが相次いだ。困惑した飛鳥新社は4月19日、以下のようなお知らせをウェブサイトで公表している。

当該映画のタイトルが 『2025年7月5日午前4時18分』 とされていることにより、あたかも著者が本書において「2025年7月5日午前4時18分に大災害が起こる」と述べているかのような印象を与える可能性があり、この点に関するお問い合わせも寄せられております。

しかし、本書において著者は、「これから起こる大災難の夢を見た」、「その災難が起こるのは2025年7月」と記述しており、著者が記していた夢日記には「夢を見た日:2021年7月5日4:18AM」とありますが、著者は「2025年7月5日午前4時18分」に大災害が起こるとは一切言及しておりません。

したがいまして、映画タイトルが示す具体的な日時を著者が述べているわけではないことを、当社としてあらためて強調させていただきます。報道やSNS等の断片的な情報により、読者の皆さまが誤解されませんよう、十分にご留意いただけますと幸いです。

つまり、「7月5日 午前4時18分」は、たつき氏が予知夢を見たという時間。それが誤解されて伝っている、というメッセージだ。

なぜ「2021年」に見た予知夢が「2025年」に現実化することになっているのかは、前述のように、たつき氏が完全版のあとがきで「夢を見た日が現実化するならば、次にくる大災難の日は『2025年7月5日』ということになります」と記したため。

この出版社の声明は「時刻」のみを否定するものと見られるが、時刻だけではなく「7月5日」すら否定したい意図があるようにも思える。

強調したいのは、当の著者であるたつき氏が公に「7月5日」を否定している点だ。

たつき諒氏は「竜樹諒」の名で最新刊「天使の遺言」を自費出版した(文芸社のウェブサイトより)

たつき氏は2025年6月、竜樹諒の名による新たな著書「天使の遺言」を自費出版で上梓。この「はじめに」で「私が見た未来 完全版」のことに触れ、「結果的に出版社の意向中心で出版されてしまったことに、不本意な思いもありました」としている。

「7月5日」については、本編で以下のような打ち消す言及があった。

ちなみに、『私が見た未来 完全版』の「作者あとがき」で、「次に来る大災難の日は『2025年7月5日』ということになります」と書いていたのは、過去の例から、「こうなのではないか?」と話したことが反映されたようで、私も言った覚えはありますが、急ピッチでの作業で慌てて書かれたようです。 (「天使の遺言」129ページより引用)

夢を見た日=何かが起きる日というわけではないのです。(同130ページ)

出版社としては売れる本を出したいわけですから、かつてはプロの漫画家だった私も、理解できる点もありますが。今の私としては、不本意な点もありました。(同131ページ)

打ち消す情報は拡散せず

著者と出版社のあいだに、なんらかの行き違いや軋轢があったことがうかがえるが、ここでは多くを語らない。

少なくとも「『2025年7月5日』は科学的根拠に基づくものではない」こと、そして「著者としては『災難が起こるのは、2025年7月』と綴った」ということは事実だ。

これまで論じてきたように、「メディアリテラシー」の基本は「鵜呑みにせず、立ち止まって、多面的に考える」こと。

「クリティカルシンキング(批判的思考)」に基づき、ソースや根拠を確認すれば、「2025年7月5日に大災難が起こる」というのは科学的根拠のない「予言」であり、日付も根拠が弱い「類推」「解釈」であることがすぐにわかる。

しかし、多くのひとはそうせず「7月5日」が独り歩きした。

「YouTube」に警鐘を鳴らす動画が数多く投稿された。中華圏から日本へ噂が飛び火している

「完全版」の解釈について、誤解が生じていることは間違いない。その後の出版社による4月の声明も、6月に新たに上梓された著者の内容もほとんど報じられず、拡散されず、2021年出版の「完全版」の内容だけが今も喧伝されている。

ただし、幸い日本では香港のように人々の行動を大きく左右するような社会現象にはまだ至っていない。SNSなどで話題になっていることは知っていても、それを根拠に自らの行動を変容するひとは少ないと見られる。

国内の旅行・インバウンド関連への打撃は避けられないが、大方の日本人は「冷静さを保っている」と見ていい。

しかし、「子どもたちへの影響」については注視する必要がありそうだ。人知れず、不安を抱える子どもたちが増えていることについては、あまり報じられていない。

中学1年生と高校2年生、2人の息子がいる宮崎市在住の男性(40代)は、子どもたちへの対応に頭を悩ませている。

子どもたちにじわりと広がる噂

2人の息子はともに、4月くらいから家庭で「7月5日災害説」を口にするようになった。情報を得たのは学校の同級生で作った「グループLINE」。学校のリアルの場でそういった噂を聞いたこともあるという。

「子どもたちは、完全に噂を信じてはいないが、絶対にないと思っているわけでもない。一種の“エンタメ”として捉えている節もあり、『ノストラダムスの大予言』に沸いた我々の世代と同じなのかもしれません」と男性は苦笑する。

子どものあいだで噂が流行っているという言説は、SNS上でも確認できる。

学校や友だちから噂を仕入れた子どもから話が伝わり、対応する親もいる。デマだと一蹴すればいい、というわけにもいかない。先の宮崎市在住の男性もその一人だ。

男性は「もちろん私は噂を信じてはいません」。しかし、不安がる息子たちの気持ちを考え、7月5日は津波の影響がなさそうな九州内陸部に宿をとった。知人も、同じような状況にあるとその男性は話す。

「小学生と中学生の子を持つ知人は、7月5日に大分県の海のそばでキャンプをする予定でしたが、噂を聞きつけた子どもから『絶対に大丈夫?』と聞かれ、信じているわけではないけれども『絶対かぁ…』となった知人は、内陸部への旅行に変更しました。子どもの不安がゼロではないと楽しめない、という気持ちは理解できます」

“ステルス”形態で子どもに届く噂

もちろん、すべての子どもや学校が噂に包まれているわけではない。小学5年生と中学2年生の息子がいる都城市在住の女性(40代)は、「都城市の学校ではそこまで噂は広がっていないと思います」と話す。

小5の子は「(噂自体)聞いたことがないし学校で話題にもなってない」。中2の子は「聞いたことはあるけど、学校ではそんなに話題になっていない」。高校1年生の甥っ子は「聞いたことはあるけれど、友達間では話題になっていない」とのこと。

小中高ともに600〜700人規模。都城市では比較的大きな学校だが、生徒が噂を拡散している様子はなかった。ただし、予断は許さない。

中2の子と高1の甥っ子の情報の仕入先は学校ではなく、SNS。学校内のリアルの場で噂を喧伝するひと昔前の光景とは様相が異なる。

インターネットやSNSがない時代、噂の“仕入先”はひとだった。その話題性が大きいほどひとが集い、驚きの声が上がり、可視化された。学校でも同じだ。

しかし、子どもであってもネットやSNSを情報源とする時代。サイレントな環境で地域関係なく噂は広がる。噂は“ステルス”形態で、親の、先生のあずかり知らぬうちに子どもたちに入り込み、SNSやグループLINEなど大人が見えないところで拡散されていく。

言い換えれば、昔と違い学校でのデマや噂の流布は表面化しにくく、先生や親が認知したり、注意喚起をしたりする機会が失われていると言える。

だからこそ、大人のあいだで、学校全体で話題になっていないとしても、教育関係者や親はネットで広がるデマや根拠のない噂にもっと敏感になり、子どもが信じていないか、拡散に加担していないか、注意を払う必要がある。

メディアリテラシー教育の良い機会

子どもが「7月5日」を口にしていたらどうすべきか。まずは、ネットやSNSでは根拠のないデマや噂が出回っていることを教え、子どもに対しても、「鵜呑みにせず、立ち止まって、多面的に考える」ことを教えるべきだ。

そのうえで、「科学的根拠がない」「政府や公的機関がデマと否定している」ことを伝え、この噂をきっかけに「鵜呑みにしない」習慣を教えるべきだろう。「メディアリテラシー教育」の良い機会だと思えばいい。

ただし、相手は子ども。「批判的思考に基づき、ソースや根拠を確認しよう」と言ったところで、意味を理解できない、あるいは刺さらないこともある。聞く耳を持たず、ただ不安がる子どももいるだろう。

その場合は、2025年7月5日、なにも起きなかった時がチャンスだ。

「ほらね、だからネット上の噂はすぐに鵜呑みにしないことだよ」――。そう教えるほうが、より効果的なのかもしれない。

 

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