深く多面的に、考える。

メディアリテラシー #02

メディアリテラシーが必要なワケ[後編] インターネットや技術革新の功罪

「イベルメクチン過剰摂取で病院逼迫」の連鎖

最近、新型コロナウイルスにまつわる誤情報が米国を中心に思わぬかたちで連鎖した。

「イベルメクチン(抗寄生虫薬)が新型コロナに効く」という噂がSNSなどで広まり、米国では薬局などで簡単に入手できることから、一時、争奪戦となった。枯渇すると、牛などの家畜向けに販売されている動物用製剤まで求める感染者が急増した。昨夏のことだ。

ただし、この噂については米食品医薬品局(FDA)が昨年8月、「イベルメクチンが新型コロナに有効であるデータはない」「家畜用のイベルメクチンでセルフメディケーションを行った後、入院を含む治療を必要とした患者の複数の報告を受けている」「FDAは新型コロナの治療薬としてイベルメクチンを承認しておらず服用は危険」などと警鐘を鳴らしている。

イベルメクチンの服用について警鐘を鳴らす米FDAのウェブサイト

この時点でも問題だが、ここからさらなる混乱が生じた。きっかけは、米3大ネットワークであるNBC系列のオクラホマ州のローカルテレビ局が、昨年9月に流したニュースだ。

「オクラホマ州の地方の病院や救急車を満杯にするイベルメクチンの過剰摂取患者」という記事が、テレビニュースの動画とともに同局のウェブサイトで配信されると、瞬時にものすごい拡散力を持って全米、欧州などに伝わった。そこに、マスメディアも加担した。

ニュース専門局MSNBCの夜の人気ニュース番組「レイチェル・マドー・ショー」のキャスターであり、Twitterで1000万人以上のフォロワーがいるインフルエンサーでもある、レイチェル・マドー氏が、オクラホマ州のローカルテレビ局発のニュースを引用してツイート。即座にリツイートと「いいね」は数千件に及び、爆発的な拡散につながった。

これを機に、米国のニューズウィークやインサイダー、英国のガーディアンなど、影響力のあるメディアが次々と後追い記事を配信。さらに、欧州を中心とする各国メディアが伝言ゲームのようにオクラホマ州での出来事を報じていった。

しかし当のオクラホマ州ではいくつかの病院が、「イベルメクチン過剰摂取の患者で溢れている事実はない」とする声明を出し、最初のニュースで“ソース”となっていた医師自身も、別のテレビ局に「オクラホマの病院がイベルメクチン過剰摂取の患者で満杯とは話していない」と証言すると、一気に局面が変わった。

「ただでさえ、新型コロナの患者で逼迫している病院に、イベルメクチン過剰摂取の患者が負担となっている」という医師の証言を、オクラホマ州のローカル局は曲解し、報じてしまった。イベルメクチン過剰摂取の患者が存在することはするが、大量に病院に押し寄せ、逼迫を引き起こしているわけではない、ということが明らかになっていった。

これを「フェイクニュース」と呼ぶかどうかは議論が分かれるところだが、結果として誤報を配信した各社は、それぞれ記事を修正したり、削除したりする対応に追われた。

計り知れないインターネットの効用

「静岡豪雨のフェイク画像」「熊本人吉のミクヴェ説」「イベルメクチン過剰摂取」。これらの事例をもって、「だからマスメディアは、インターネットは信用ならない」などと論ずる気はない。

マスメディアは、インターネットやSNSが普及してもなお、あらゆる情報の発信源となり、ときに世間や政局を動かすような重大な事実を報じる役割を担っている。

インターネットやSNSの普及による弊害も確かにある。しかし、人々はかつては考えられないスピードで膨大な情報を得ることができるようになった。

ネットにおけるフェイクニュースは、拡散され話題になるほど、逆に「ファクトチェック」をしようという自浄作用も働き、ほぼ数日でフェイクだと見抜かれる。その意味で、誤情報とわかるスピードも飛躍的に高まっている。ネットやSNS普及の恩恵は計り知れない。

ただし、インターネットやSNSで流れる情報の中には、意図的なフェイクニュースや誤報に加えて、「偽情報とは言い切れないが、誤解を招くような情報」も多い。それは、権威や歴史のあるマスメディアからの発信だとしても、同じことが言える。

そして、そういった情報がいつ、自分に、あるいは自分の周囲にシャワーのように降り注いでくるか、わからない。

本当なのかどうなのか。大量の情報に、より簡単に、身近に、即座に触れられるようになったからこそ、真偽を見分けることがより困難な時代になっていると言える。見抜くのが困難な理由は、AI技術の進歩だけではない。

自分に降りかかる被害やリスクの観点から考えてみよう。見抜くのが困難な環境で、仮に騙されたからといって、それだけでは大した被害やリスクはない、と考える人もいるだろう。

しかし、インターネットやSNSといったメディアを通じて誰でも発信者になれる今、誤情報や偽情報、誤解を招くような情報をもとに、気軽に発信した結果、誰かを怒らせたり、傷つけたりしてしまうこともあり得る。軽い気持ちで行ったリツイートで自身の信用を失う、というリスクも孕んでいる。

だからこそ今、「メディアリテラシー」を身につけることが現代人の必須教養として求められているのである。

「メディアリテラシー」とは

メディアリテラシーとはなにか。リテラシーとは「読み書きの能力」。メディアとは、古くはマスメディアのことを指していた時代もあるが、現代においてはインターネットやSNSも含めてメディアと捉えることが多い。

受け手である自分も発信者になり得る時代におけるメディアリテラシーとは、一言で表すと「インターネットを含めたメディアを主体的に読み解き、活用する能力」のことを意味する。

さまざまな定義が存在するが、概ね、読み解く、活用する、コミュニケーションする、の3点を構成要素とする説明が多い。例えば、総務省は「次の3つを構成要素とする、複合的な能力のこと」とし、

  • メディアを主体的に読み解く能力
  • メディアにアクセスし、活用する能力
  • メディアを通じコミュニケーションする能力。特に、情報の読み手との相互作用的(インタラクティブ) コミュニケーション能力

を挙げている。同様の定義を、NHKも教育コンテンツを配信する「NHK for School」で紹介している。

つまり、うまくメディアの情報を読み解き、うまく活用し、うまくコミュニケーションするための能力、というわけだ。ただし、それ以上の細かい定義はさまざまであり、時代や立場によっても、メディアリテラシーの捉え方や重視する点は異なることに留意したい。

では、どうすれば“うまく”振る舞うことができるのか。キーワードは「クリティカルシンキング」。日本語での定訳は「批判的思考」だ。次回以降、この批判的思考を軸に、どうすればいいのか、具体的に考えていきたい。

次回に続く)

「クリティカルシンキング」の本質 誤情報に惑わされないための初歩

  • 筆者
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井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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