鶏食文化が根づく霧島一帯
都城市は言わずと知れた畜産王国。2023(令和5年)3月に公表された農林水産省の「市町村別農業産出額(推計、2021年)」で、都城市の農業産出額(農業・畜産業の合算)が901億5000万円と「3年連続日本一」になったことが分かった。
うち、畜産(肉用牛、乳用牛、豚、鶏、その他の畜産物)は全体の約85%を占める764億3000万円で、これも調査対象となった全国1719自治体で1位。肉用牛が約215億円(1位)、豚肉が約282億円(1位)、鶏肉が約220億円(2位)と、すべての食肉で突出した強さを誇っている。
順位 | 市町村名 | 畜産合計 | 鶏肉 |
---|---|---|---|
1位 | 宮崎県都城市 | 764億円 | 220億円 |
2位 | 北海道別海町 | 664億円 | 0.1億円 |
3位 | 栃木県那須塩原市 | 374億円 | 84億円 |
4位 | 鹿児島県曽於市 | 363億円 | 54億円 |
5位 | 鹿児島県鹿屋市 | 345億円 | 37億円 |
6位 | 熊本県菊池市 | 324億円 | 14億円 |
7位 | 鹿児島県大崎町 | 308億円 | 137億円 |
8位 | 北海道標茶町 | 286億円 | 0億円 |
9位 | 群馬県前橋市 | 260億円 | 58億円 |
10位 | 鹿児島県出水市 | 260億円 | 194億円 |
当然、これだけの畜産王国だけに、肉を食べる消費の面でも旺盛。なかでも「鶏肉」の人気は高い。
鶏肉は九州全域で愛されている。総務省の「家計調査(2022年)」によると、北海道から沖縄までの10地方を比較した場合、九州地方は1世帯当たりの鶏肉への年間支出額が20216円で1位。ちなみに、九州地方の牛肉への支出額は10地方中4位、豚肉は7位となっている。
細かく見ていくと、九州地方では大分市が22470円で1位。次いで、鹿児島市の20944円、宮崎市の19895円と続く。
ここになぜ都城市の名前がないのだろうかと疑問に思うかもしれない。そのはず、家計調査の都市別データは、全国の県庁所在地と政令指定都市に東京都区部も加えた52市・都区部に限定されている。
残念ながら、都城市の鶏肉の消費量を全国1700以上の自治体と比較した統計は見当たらないのだが、「都城市民の消費量が宮崎市より多いのはもちろん、大分市や鹿児島市に匹敵するかもしれない」と見立てる関係者は多い。
それは、都城市がもともと「薩摩藩(鹿児島藩)」の一部であり、古くから鶏の名産地だったことと深く関係している。
1943(昭和18)年に国の天然記念物指定となり、全国的にも著名な「みやざき地頭鶏(じとっこ)」。そのルーツは、薩摩藩を治めていた島津家の領地でもある霧島山麓一帯で飼われていた在来種と言われている。
都城の中山間地域を含む霧島山麓一帯では、古くから農家が地鶏を飼い、さばき、食す文化が根づいていた。その美味しさから島津家や地頭職への献上品にもなり、地頭鶏と呼ばれるようになったという。
みやざき地頭鶏を紹介する宮崎県のウェブサイトには、こう書かれている。
司馬遼太郎の小説「翔ぶが如く」には、西郷隆盛が木戸孝允と鶏肉の入った薩摩汁を食べながら、「薩摩じゃ、鶏は野菜(やせ)ごわす」と語るシーンがある。西郷独特のユーモアにしても、南九州の食文化の中で、鶏の占める位置づけがわかるエピソードだ。
宮崎県だけれど、宮崎じゃない。旧・薩摩藩の文化を汲み、県内でも独自の文化を育んできた「みやこんじょ」。その鶏食文化をさらに深掘りすべく、街に出た。
老舗「とり乃屋」、もう一つの主役
中心市街地のど真ん中、中町交差点から数分の場所に「とり乃屋」がある。1979(昭和54)年から40年以上続く老舗で、都城を代表する「もも焼き」「炭火焼き」の専門店だ。
店内に入ると炭火に焼かれた香ばしい匂いが漂う。カウンター越しに見える焼き場では、金網の中で大量のもも肉が踊っている。金網を振りながら「鶏油」をかけると、炎は天井近くまで立ち昇り、もも肉は黒く燻されていく。
塩で味付けしただけのシンプルな逸品。外はカリッと、中は柔らかでジューシー。黒い見た目とは裏腹に、スモーキーで奥深い旨味が口に広がる。
メニューはシンプルで、鶏は「もも塩焼き(2100円)」「もも味噌焼き(1100円)」「手羽焼(900円)」など4種類。これに付け合わせのキャベツやきゅうり、おにぎりやごはんのシメのみで、もも焼き専門店としての自信がうかがえる。
もも焼きは、宮崎県全体の食文化。その発祥は戦後まもない1951年、宮崎県庁前の屋台から始まった「丸万焼鳥 本店」とされ、年月をかけて県内に広がった。
その一つがとり乃屋。「丸万と双璧を成す」と評価する地元民もいるほど、とり乃屋は有名な存在となった。もも焼き目当てにとり乃屋を訪れる観光客やビジネス客が引きも切らない。
だが、とり乃屋にはもう一つ、主役がいる。
地元の人間は必ずと言っていいほど、4つ目の鶏料理「ももタタキ(1100円)」も頼む。タタキと言っても、表面が軽く炙られているだけで、身はほぼ生。それを、都城産の焼酎で流し込む。これこそ、都城市民の“アイデンティティー”と言える。
江戸時代から続く生食文化
「都城市民は、宮崎市など県内のほかの自治体に比べて、圧倒的に鶏を生で食べることが多いと思います。旧・薩摩藩、島津藩の文化とも言えますが、中山間地域では昔から飼っていた鶏を柿の木に吊るして、剥いでつぶして、食べる文化がずっとあった。つまり新鮮で、生食も根づいたんだと思います」
北部の山田地区でみやざき地頭鶏の生産農家「鶏愛」を経営する川野賢一さん(50歳)は、こう話す。鶏愛は、2003(平成15)年頃から地鶏の飼育に乗り出し、2007年に地頭鶏のブランド認定を受けた生産者。飼養数約1万羽、年間出荷数約2万羽と地頭鶏の生産者として都城市最大。県内でも最大規模を誇っている。
川野さんが言うように、鶏の生食は、鹿児島と宮崎の一部でしか見られない南九州独特の食文化。江戸時代に端を発し、島津家の薩摩藩が治めていた地域に色濃く残る。「島津家発祥の地」と言われ、地鶏も多かった都城には、特に根強い愛好者が存在する。
川野さんが「都城ではほとんどの鶏屋が、鶏刺しやタタキを出している」と言うように、生食がメニューにない鶏料理店を探すほうが難しい。
確かに、宮崎市内の繁華街でも鶏刺しやタタキを提供する飲食店は存在するが、都城ほど多くはない。何より都城を特徴づけるのが、スーパーマーケットなどの小売店でも、鶏タタキが定番品になっていることである。
例えば、中心市街地活性化の象徴でもある「TERRASTA」1階のスーパーマーケット。その冷蔵ケースに、タタキがずらりと並んでいた。「ハピネス」「パシオ」といった地場スーパーにも昔から置いてある。
さらに、鶏肉の「テイクアウト専門店」も昭和後期から発達してきた。代表格は、「地鶏屋とりこ」だろう。
地鶏屋とりこは1984(昭和59)年、高城店の開店を皮切りとし、県内各所や鹿児島県曽於市に広がった。現在では都城市を中心に県内外で10店舗を展開し、ネット通販による直送にも乗り出している。
定番商品のもも焼きは「タレ」「塩」の味つけから選べる。「手羽先」や、加熱調理用の生肉も各部位ごとに並ぶ。その中でひときわ人気なのが、やはりタタキ。ニンニクがきいた自家製タレがつき、ブロックで売られている。
ネット通販では、タタキのみ「タタキのご注文を多数頂いております。1日に出荷できる製造数を超える日があり、対応が難しくなっております。そこでタタキに関しましては、購入数の微調整のため、購入数の制限を設ける場合がございます」と但し書きがあるほど、人気となっているようだ。
だが、都城市民はこれに満足しない。もっとディープな鶏を求めている。
その“生食愛”に応えているのが、多様な生食を持ち帰ることができる直売所やテイクアウト専門店。草分けは、前述した都城市最大の地頭鶏生産者、鶏愛の直売所だろう。
テイクアウトの9割が生食
鶏愛は地頭鶏生産者として規模が大きいが、こだわりも強い。
平飼いや飼育密度など、みやざき地頭鶏の厳格なブランド基準に達しているのはもちろんのこと、鶏の腸内環境などを改善するため餌に乳酸菌を混ぜ込んだり、広大な鶏の「運動場」を用意したりして、肉質を高めている。運動場は、トータルで8000㎡の鶏舎敷地のうち約5000㎡も割り当てるという充実ぶりだ。
さばき方にもこだわりがある。大規模処理場で主流の「中抜き解体」ではなく、昔ながらの「吊り下げ外剥ぎ解体」。そのほうが処理時の汚染を防ぎ、安全性が高まるという。
そうして、地頭鶏のなかでもこだわり抜いた鶏愛の肉は、県内のみならず全国に出荷されているが、地元民にも楽しんでもらおうと、山田町にある養鶏場に2006年、直売所を設けた。
毎日15羽だけ、直売所向けとしてさばいている。半分は加熱調理用の生肉として、半分はテイクアウト商品に加工して提供。このテイクアウト商品が、地元民を中心に人気を博しているという。
テイクアウト商品は大きく、「焼き(もも・胸・手羽)」「タタキ(大・小)」「刺し身盛り(大・小)」の3種類。その売れ行きを聞いて驚いた。経営する川野さんは言う。
「うちは、テイクアウト商品の売り上げの9割がタタキと刺し身盛りで、圧倒的に生で食べるひとが多いです。焼きはほとんど出ないので、週に1度くらいしか焼いていません」
刺し身盛りはその名の通り、生そのもの。「小」は、「むねみ、ささみ」に加えて「砂ずり(砂肝)」まで加わる。これに「タタキ」が入った「大」は、直売所の一番人気。当然、県の衛生基準を順守し、保健所の指導も定期的に仰いでいる。
もちろん、鶏愛が地頭鶏の著名生産者であり、処理がうまく、その日にさばいた新鮮な商品が並ぶ直売所だから、という理由もあるだろう。それにしても、宮崎県民のソウルフードでもある「もも焼き」がそんなに出ないとは……。市民の生食愛が伝わってくる。
さらに川野さんは、こんなエピソードも披瀝してくれた。
奪い合いの裏メニュー「レバ刺し」
「じつは、刺し身盛りより人気と言えるのが、『レバ刺し』なんです。と言っても、内蔵で足も早いので、切り分けて刺し身として置くわけにはいかない。ただ、レバーは食材としては置いてある。それを、『刺し身にして』と仰るお客さまがすごく多いんです。お申し出があればその場で対応していますが、これが飛ぶように売れて、週末ともなれば奪い合い。午前中に売り切れてしまいます」
タタキは、飲食店でも小売店でもよく見る。だが、炙らない完全に生の刺し身やレバ刺し、砂肝などは、なかなかお目見えしない。万が一、食中毒が発生すれば、営業停止処分になる可能性があるからだ。
生食は「カンピロバクター」を中心とする細菌による食中毒のリスクがある。だが古来より、さばく過程で熱湯をかけたり、表面を焼いたりしてタタキの状態にすることで、食中毒のリスクを抑えてきたと考えられている。
生食用の牛肉と馬肉については1998年、国が衛生基準を定め、牛肉の生レバーに関しては2012年に提供が禁止された。しかし、南九州にしか残らない鶏肉の生食については国の基準が設けられなかったため、宮崎県と鹿児島県は生食用鶏肉の処理・殺菌・提供方法で細かな独自の衛生基準を設け、厳格に運用している。
しかし、食中毒は起きてしまう。2021年、宮崎県内で起きた食中毒事案24件、患者150人のうち、最も多かったのが患者全体の41%に当たるカンピロバクターによるものだった。
抵抗力が弱い子どもや高齢者、あるいは病人などは特に注意が必要とされ、健康な成人であっても、「南九州の人間には鶏の生肉への耐性(免疫力)がある」「新鮮であれば問題ない」という昔からの言説には科学的根拠がないこともわかってきた。
それでも、生食愛が途絶えることはない。提供する側も文化を守ろうと、自助努力を怠らない。
鹿児島と宮崎の鶏肉加工業者や飲食店77会員(109店舗)で構成する団体「とりさし協会」は、調理場の室温を25度以下にするなど独自の基準をつくり、加工や提供で順守を徹底している。鶏愛も、その会員だ。
提供する側も絶対的な自信がなければ提供できない。幸い、カンピロバクターによる食中毒が増加傾向というわけではなく、南九州での発生件数が全国で突出して高いわけでもない。
今のところ、生食の文化は守られている。そして、テイクアウト専門店を中心に、進化すら遂げているのだ。
(次回に続く)
地鶏屋とりこ 高城店 | |
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住所 | 宮崎県都城市高城町石山303 |
電話番号 | 0986-58-5011 |
営業時間 | 9:00~18:00 |
定休日 | 1月1日・1月2日のみ |
公式 | 地鶏屋とりこ |
営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。