深く多面的に、考える。

地方創生・成長企業の本質 #04

介護事業スマイリング・パークの教え 驚異の離職率を叩き出す本当の理由

今回は、宮崎県都城市を中心に介護施設などを手がける社会福祉法人スマイリング・パークを深掘りしていきます。過去10年で売り上げを5倍以上にし、驚異の離職率を誇る同社に、地方都市が生き残る術を学びます。

ロボットが動き回る「交流広場」

都城市の中心部から北上すると、霧島連山を背に巨大な介護施設が見えてくる。都城市に本部を構える社会福祉法人スマイリング・パークの特別養護老人ホーム「ほほえみの園」だ。

ここで、一風変わった光景を目にした。

正面入口から長い通路を歩いていくと、施設中央部に屋台や昭和のレトロなショップ、カフェなどが軒を連ねる「交流広場」に辿り着く。

屋台やミニショップが並ぶ交流広場。酒屋(上)は焼酎の品揃えも多い。理容室(下)は昭和レトロな雰囲気

宮崎らしく焼酎を中心としたお酒が並んでいたり、懐かしのポスターが貼ってあったりと、テーマパークのよう。この“屋台街”も珍しいが、物珍しい“店員”もいた。

カフェカウンター脇からドリンクを載せて出てきたのは、配膳ロボット。慎重にテーブルの合間を自動走行し、コーヒーやお菓子を届けていた。戸惑うことなく、当たり前のように品を受け取る入居者たち。ここでは、ありふれた日常のようだ。 

「ほほえみの園」でドリンクを運ぶロボット

「ほほえみの園」でドリンクを運ぶロボット

スマイリング・パークは、養護老人ホームや居宅介護、訪問介護などの高齢者向け事業から、認定こども園や児童クラブ、障がい者福祉施設まで、手広く手がける社会福祉法人。ICTを活用した介護・福祉業界の風雲児として、全国的にその名が知られている。

中でも、ほほえみの園はスマイリング・パークを代表する施設で、視察者は後を絶たない。コロナ禍前は、ほほえみの園だけで年間1万2000人もの訪問者があった。うち、約5000人が外部視察や研修の受け入れで、海外からも多数の訪問があったという。

ロボットのほか、「眠っている」「横になっている」といった入居者の状態が職員のスマートフォン(スマホ)にリアルタイムで送信されるシステムなど、ほほえみの園ではICTツールをあらゆる業務で活用していた。

リアルタイムで入居者の状態を確認できるICTツール

リアルタイムで入居者の状態を確認できるICTツール

ICT活用が低離職率を生む?

ICT活用で有名なスマイリング・パークは、右肩上がりで業績を伸ばす「成長企業」としても知られている。

スマイリング・パークの事業収入と職員数の推移
スマイリング・パークの事業収入と職員数の推移

注:スマイリング・パークの資料を基に作成

10年ほど前から業績が急激に伸び始め、長らく3億円台だった事業収入(売上高)は2021(令和3)年度(2022年3月期)、約18.3億円まで膨らんだ。2022(令和4)年度は前年比11%増の20.3億円を見込む。

「人手不足」が叫ばれるなか、職員数も急増。100人に満たなかった職員数は2022年12月時点で4倍強の430人となり、組織の成長を支えている。驚くべきは、その離職率だ。 

人材の入れ替わりが激しいとされる介護業界にあって、スマイリング・パークも20年ほど前は離職率が25%ほどだった。ところがそれが「3%」まで改善した。介護労働安定センターの調査によると介護職の離職率は全国平均で14.1%(2021年度)。3%は“驚異的”と言える。

ロボットを始めとするICTの活用が職員の負担を減らし、低離職率につながっている――。

スマイリング・パークは各種報道などで、そう喧伝されてきた。しかし、Think都城は疑問を抱いた。果たして、ICTの活用だけで退職者が減るのだろうかと。加えて、ロボットやICTによる効率化を推し進めれば、職員数は抑制されるはずだ。しかし現実は、職員数も事業規模の拡大に比して急増している。

低離職率を叩き出す本当の要因とは。スマイリング・パークの山田一久理事長を直撃すると、待っていましたと言わんばかりに「そんな単純な話ではない」と語り始めた。

叩き上げ理事長の快進撃

スマイリング・パークの設立は1969(昭和44)年。もとは社会福祉法人丸野福祉会という名称だったが、2017(平成29)年4月に変更した。この名称変更を含むさまざまな改革を矢継ぎ早に実行してきたのが、2013(平成25)年に就任した山田理事長である。

スマイリング・パークの山田一久理事長

スマイリング・パークの山田一久理事長

こう聞くと、社会福祉法人に多いファミリービジネスのワンマン経営者をイメージするかもしれない。だが、山田理事長にはそれが当てはまらない。

山田理事長は、生活相談員として、2002(平成14)年にスマイリング・パークへ入職。以降、現場で率先して業務のカイゼンを重ね、頭角を現した。同僚から厚い支持を得るようになり、2011(平成23)年、ほほえみの園の施設長に就いたのと同時に理事となった。そして2013年5月、周囲から推されるかたちで理事長となった。

まさに“叩き上げ”のキャリアを歩んできた男がトップに立ったところから、スマイリング・パークの快進撃が始まった。先に示したグラフがそれを如実に表わしている。

山田理事長が就任した2013年度からグラフは右肩上がりのカーブを描き始め、2021年度の売上高は就任前年度の約5倍、職員数は同4倍へと膨らんでいる。

なぜここまでスマイリング・パークは急成長を遂げたのか。その要因を探ると、低離職率の本当の理由も見えてきた。 

他社が撤退する地域に救いの手

山田理事長によると、スマイリング・パークの急成長には3つの理由があるという。

1つ目は、「社会のニーズに応えている」から。介護サービスを求めているあらゆる地域に打って出ており、現在は宮崎県、鹿児島県で26の事業拠点を構える。「依頼があったら、とにかく手を挙げる。それだけ」と山田理事長は澄まし顔で話し、こう続ける。

「今度、施設を作る予定の場所では、業界の他社の人から『地震の被害が出そうな場所に福祉施設を建てて大丈夫ですか?』などと言われました。でも、住民たちは住み慣れた土地を離れる気はない。そこでサービスをやってほしいと願っている。だったらやるべきなのです」

「あなたたちはどんどん展開して、福祉じゃなくて“ビジネス”だね、と言われたこともあります。けれども、ほかが手を挙げない。だから我々がやるしかない。私たちがやらずして、誰がやるのか。それを繰り返してきた結果が今の事業規模です。ニーズに応えてきただけ。ニーズがなければ、我々なんてとうの昔に淘汰されていますよ」

2つ目の成長の理由として山田理事長は、「みんなで経営をしているから」と話す。豪腕の山田理事長がなんでも決定を下していると思いきや、そうではない。

ほとんどの経営事項は理事や各施設長ら幹部による「合議制」で決めている。意見の吸い上げや提案は幹部に閉じない。自らが現場リーダーの時代、どんどんと業務改革を推し進めたように、ボトムアップのアイデアを大切にし、意見を出しやすい風通しの良い組織づくりを心がけているという。

さらに、幹部に大きく権限を移譲する代わりに、収支やコスト管理などの数字にも責任を持たせている。

例えば、2021年4月にほほえみの園の施設長となった吉村陽子施設長は、さっそくベテラン職員と若手職員の再配置を行うなどして人件費を再配分し、いきなり初年度に結果を出した。月次で見ると、2022年1月の収支差額は前年同期比の51.2%増。こうした、各施設・各部門の努力の総和が、全体の数字を底上げしている。

「職員の幸せ」を徹底して追求

山田理事長が3つ目の成長要因として挙げるのが、「働く人の幸せを徹底して追求しているから」。これが、人材の定着や職員のモチベーション向上につながり、成長の原動力になっているという。 

介護業界では、自己を犠牲にしてでも「人のため、他人のために尽くす」ことが良しとされる風潮もある。だが、山田理事長は「何よりもまず働く人たちの幸せを優先すべき」と説く。いわく、「自分が幸せでない人は他人を幸せにできない」からだ。

職員満足度の向上を掲げる企業は多いが、スマイリング・パークのそれは徹底している。見かけだけの美辞麗句ではない。幸せと言っても人それぞれだろうが、基本的に全方向で応えているという。

例えば、給料は「所得倍増計画」を掲げ、年々着実に昇給。職員各々のライフスタイルに合わせ、副業や週休3日も認める。資産運用などで稼ぎたい人には、株や為替、投資信託を学ぶ機会も提供している。長く働きたい人のために定年は75歳へと引き上げた。

山田理事長が挙げた成長要因のうち、特に2つ目の「みんなで経営」と3つ目の「働く人の幸せ」は、低離職率にもつながってくる。一般に、職員のやる気やモチベーションが高いほど、組織は成長し、同時に定着率も上がるからだ。

では、実際に働いている人はどう感じているのだろうか。

ほほえみの園の施設長になっていきなり結果を出した吉村施設長。「まさか自分が責任のある施設長になるとは思わなかった」と話す彼女のストーリーには、「辞めない理由」が詰まっていた。 

看護師から理事へ

ほほえみの園の吉村陽子施設長。21年4月から現職

介護福祉士を目指していた吉村施設長は、高校で資格を取得した。だが、実習の現場で、まるでモノを扱うかのような“作業”を目の当たりにした彼女は、「そんなふうに人を扱っちゃうの?」と衝撃を受け、高校卒業後、看護学校に進んだ。

看護資格を取得後、病院に勤務したが、すぐに介護の現場を見たときと同じ違和感を覚えた。看護師として働き始めて1年も経っていなかったが、「人として接し、心に寄り添う仕事がしたい」と看護師資格を生かせる介護の職場を探した。

スマイリング・パークを見つけて面接を受けた後、介護施設を案内してもらった吉村施設長は、違う意味の衝撃があったと話す。

「施設の看護師さんが、普段着で下膳車を押してご飯を配っていたんです。職員が暮らしに溶け込んでいる感じがあって、私がかつて見た光景とは違うなと。『今度は長く働きたい』と言って、採用してもらいました」

2007(平成19)年、中途でスマイリング・パークに入職した吉村施設長は、ほほえみの園で看護師として働き始めた。山田理事長は当時、まだ現場のリーダーだったが、矢継ぎ早にカイゼンを繰り返しており、吉村施設長は「どんどん働きやすくなった」と振り返る。

例えば、入職したときはPCが数人に1台ずつしかなかったため、PCが空くのを待ってから日報を入力していた。その日の勤務時間が17時30分まででも、退社するのは20時を越えることが珍しくはなかったという。これを、現場リーダーだった山田理事長が変えた。

PCの台数を増やしたほか、タブレット端末も導入した。看護師は入居者の病院受診に付き添うことも多い。病院受診は診察などの待ち時間が多く、トータルで3〜4時間はかかる。その合間にタブレット端末で日報を書いておける。施設に戻って退社前に送信ボタンを押すだけで済むため、吉村施設長が定時で帰宅できる日は格段に増えた。

会議も改革された。吉村施設長が入職したころ、各種委員会の会議は入居者のお世話が落ち着いた20時から22時と決まっていた。だが、終わらず0時を過ぎることも多かった。これを山田理事長が中心となり、朝9時から16時30分までのあいだに、25分刻みで分散して行うように変えていった。

「今度は長く働きたい」という思いは叶い、いつしか入職してから12年が経っていた2019(令和元)年のある日、ほほえみの園の施設長も兼ねていた山田理事長から、「施設長をやってみないか」と打診を受けた。

「75歳まで勤め上げたい」

山田理事長は常日ごろから、「みんなが施設長になれるチャンスがあるんだよ」と職員に話していたという。ただ、打診された吉村施設長は「え、私?」と面食らい、「山田理事長のように、私はあんなに動けません」と固辞した。

山田理事長は諦めず、翌年に再度、打診するも、また断った吉村施設長。2020(令和2)年12月、3度目の打診があったとき、吉村施設長は折れた。

「いろんな職員がいるなかで理事長がせっかく声をかけてくださった。期待されている。あとは、ここで長く働くには通る道なんだろうなと。覚悟を決めるしかないと思い、お受けしました」

かくして吉村施設長は、ほほえみの園の施設長となる。同時に、スマイリング・パークの理事にも就任。名実ともに、経営メンバーの一員となった。

そんな吉村施設長に、「辞める気はありませんか?」「ほかから引き抜かれたらどうしますか?」と少々いじわるな質問をしてみた。 

「ここで75歳まで勤め上げたいと思っています」。そう述べたうえで、「私、ほかのところに行ったら働けない。使い物にならないんじゃないかな」と漏らした。

「違う施設で働いたら、たぶんしんどくなるんじゃないかなって。ここって、なんでもそろっている。ICTもそうだけれど、入浴補助のリフトも正直、すごくラク。リフトが入る前は、2〜3人で『よいしょ』と抱えていたので、腰が痛くなる。今でも多くの施設や病院はそうしていると思います。でも、1人がリフトを使いこなすほうが、よほど効率がいい」

できるだけ多くの職員を「園長」に

スマイリング・パークは、職員の幸せを追求する過程で、最新の器具やICT設備を導入し、働きやすい環境を整備してきた。その意味で、ICT活用と離職率の関係性はなくはないが、大事なことは、やはり職員の幸せや働きやすさなのだと痛感させられる。

職員の幸せの追求は、今で言う「働き方改革」にとどまらない。

一人ひとりに寄り添い、各々の「自己実現」をサポートしてきた。「うちは、自分たちの夢や、やりたいことを実現しやすい」と話す山田理事長。その一例として、要職への抜擢や登用の機会の多さが挙げられる。

山田理事長は、あらゆる職員に教育を施し、経営者の素養を身につけてもらいたいと考えている。一人でも多くの職員、願わくば全員に経営に携わってもらいたいとも。その全員が次の理事長候補でもある。理事などの幹部を親戚など含めた“ファミリー”で固めることが多い業界にあって、異例と言える。

「例えば保育園事業では、できるだけ多くの職員を『園長』にしてあげたいと思っています。なぜなら、園長まで勤めた人は、定年で辞めた後もずっと『園長先生』と呼ばれるから。これは私の夢なのだと明言しています」

ただし、山田理事長は、ビジネス拡大のため、無理に管理職や経営層を増やそうとしているわけではない。吉村施設長の例で言えば、「長く働きたい」と願う彼女の個性を見極め、育て、気持ちが固まる時期を待った。吉村施設長は自身の強みを「慎重なところ」だとするが、この性格を見抜き、生かすかたちでポジションを与えた。

「私は、よそではこんなに評価してもらえない」。吉村施設長はそう話す。

30歳で厚労省へ出向

もちろん、職員のすべてが責任あるポジションや出世を望んでいるわけではない。

生活相談員を担当していた大村美穂氏は、折に触れて、山田理事長などに「自分の成長のために、外の世界でも働いてみたい」ということを口にしていた。風通しが良いから為せる技である。 

あるとき、厚労省から「職員として1人、スマイリング・パークから出向させてもらえないでしょうか」と打診があった。即座に、山田理事長は大村氏を社内で推薦した。

地方の一社会福祉法人にとって厚労省への出向は花形。「若い女性よりも、もっと経験を積んだベテランの男性職員の方がいいのでは」という反発の声もあったが、山田理事長が「せっかくの成長のチャンス。おっさんが行ってどうするんだ」と突っぱねた。かくして2022年4月、当時30歳だった大村氏は厚労省に出向。一つの自己実現を果たした。

こうしたストーリーが幾人もの職員にある。

ほほえみの園はハードとソフトの両面で職員の働きやすさを実現していた

ほほえみの園はハードとソフトの両面で職員の働きやすさを実現していた

スマイリング・パークの内実を多面的に深掘りしていくと、ロボットやICTの導入は表層で目立つ「一側面」に過ぎないことがわかる。

吉村施設長に、「ICTがすごいから離職率が低い、という見方もありますが、どう思いますか?」と聞くと、こう返した。

「ICTが、というわけでは……ないです。私個人としては。たしかに、それも一つの要素だとは思いますが、もっといろんなことが複合的に合わさって、辞めないんだと思います。ほかの職員も、ICTがすごいから辞めないという人はたぶん、いないと思います」

山田理事長も、「ICTの導入や活用は、時代のニーズでもある。『デジタル化』自体は、もはや当たり前のことです」と言い放つ。

スマイリング・パークが驚異の離職率を叩き出す本当の理由とは、職員の幸せを徹底して追求する経営方針にある。これがThink都城の結論だ。

スマイリング・パークの成長ストーリーは、組織の成長と従業員の定着は表裏一体だということを示す典型例と言える。

少子高齢化の加速に伴い、今以上に介護サービスに対する社会ニーズが高まることは間違いない。その期待にきちんと応え、なおかつ会社として収益を上げていく。収益を出さなければ持続可能な事業運営は不可能。結果として、サービスを必要とする人たちを不幸にさせてしまうことになる。既にそうした問題が起きているのが、地方の現状である。

その社会課題に立ち向かうスマイリング・パークの経営哲学こそ、多くの地方企業が学ぶべきであろう。

次回に続く)

  • 筆者
  • 筆者の新着記事
伏見 学(ふしみ・まなぶ)

フリーランス記者/編集者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「沖縄」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。

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