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メディアリテラシー #17

「デジタル民主主義」バルセロナの挑戦 “誤情報”時代の「信頼」設計(2)

  • デジタル時代の「対話型広報」の先に「デジタル民主主義」がある。
  • 「Decidim」を導入するバルセロナ市は合意形成までを市民と協働。
  • “誤情報”時代の「信頼構築」はどうあるべきか。課題も含め考える。
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オープンソースの「Decidim」

「対話」の前提となる住民側の基礎体力を高めようとする鳥取県。自治体側の「応答力」を高めようとする芽室町……。前回の記事では、住民との信頼関係を築くための「デジタルを活用した対話型広報」を紹介した。

その先に、「熟議」や「合意形成」までをも見据えた対話型広報の進化系がある。

「Decidim」を導入したスペイン・バルセロナ市のアダ・コラウ前市長。2015年から2023年まで2期を務めたバルセロナ市公式Flickrより、L.Guerrero / Ajuntament de Barcelona, CC BY-NC-ND 2.0)

2016年。政治への不信がまちを覆うなか、当時市長だったアダ・コラウ氏のもと、スペインのバルセロナ市は新たなデジタルプラットフォーム「Decidim(デシディム)」の導入に踏み切った。

「我々で決める」という意味の言葉に由来するデシディムは、市民と対話を続けながら政策遂行や合意形成するためのプラットフォーム。政治への信頼を取り戻すためにバルセロナで開発された。

行政や自治体における「対話」をデジタルに置き換え、熟議を経て合意までもっていく。前回の記事で見た対話型広報の到達点とも言え、誰もが自由に利用、改変、再配布できる「オープンソース」として、国内を含む世界中の自治体で利用され、改良も続けられている。

バルセロナで開発されたDecidimはオープンソース。世界中の行政機関や教育機関などでも使われているDecidimの公式サイトより)

その頂点に君臨するのがバルセロナ市。具体的にデシディムをどう活用しているのだろうか、見ていこう。

合意形成までのプロセスを可視化

デシディムでは、政策やプロジェクト候補の提案から、議論、収束、そして「合意」するまでの手続きを、同一の基盤で一貫して扱うことができる。

「誰の意見が、どう検討され、結果にどう反映されたか」の追跡(トレーサビリティ)を重視しており、プロセスが可視化される。他人のアイデアに対して「修正案」を出し、どちらが適切かを議論・投票する機能もある。

単なる意見の吸い上げではなく、参加型民主主義をボトムアップで実現すること。すなわち「民主主義のデジタル化」を目的とし、実権を伴う合意形成にまで踏み込んでいるのが大きな特徴だ。

開発のお膝元だけに、バルセロナ市での利活用は群を抜いて進んでいる。

バルセロナ市街地。未来のデジタル民主主義を先取りするような挑戦が行われている(ウィキメディア・コモンズより、dronepicr, CC BY 2.0

そもそもバルセロナ市は、同市最上位の総合計画「Municipal Action Plan(PAM)2016–2019」の策定を見据え、デシディム・バルセロナ版を立ち上げた。市の未来を決める計画を市民と共創し、実行されているか否かを追跡するためのプラットフォームとして設計されている。

デシディムの公式ブログなどによると、PAM 2016–2019の策定にあたって、市民からのオンラインでの提案が9000件超、オンライン上の支持が15万件超、関連する対面での会議が約400回あった。結果、市の計画に1467件のアクションが組み込まれたという。

PAM 2016–2019の実行状況は随時、デシディム上で追跡することができ、2019年時点で約89%が実行に至った、という報告もある。

とりわけ市民にインパクトがあったのは、予算権限を与えられたプロジェクトだろう。

「参加型予算」と「スーパーブロック」

2020年2月、バルセロナ市が導入した参加型予算をメディアに説明する当時のアダ市長バルセロナ市公式Flickrより、L.Guerrero / Ajuntament de Barcelona, CC BY-NC-ND 2.0)

2020年、都市の予算の一部をデシディムに委ねる「参加型予算」の壮大な実験が3カ年計画で始まった。

参加型予算はデシディムの目玉機能。3000万ユーロ(約48億円)の予算が市民に配分された。約2000件の市民提案がデシディムで寄せられ、技術的・法的な審査を経て絞り込まれたプロジェクトに対し、市民がデシディムなどで投票。「学校の緑化」「自転車道の整備」「公共スペースの再開発」など76事業が採択され、予算が執行された。

とりわけ、特定街区で自動車の走行を禁止する「Superilla(スーパーブロック)」政策に関連する事業が目立つ。スーパーブロックは、車道を歩行者中心の空間へと置き換える大胆なプロジェクトで、バルセロナ市が2016年から展開し始めた。

2016年からバルセロナ市は特定街区で自動車の走行を禁止する「Superilla(スーパーブロック)」政策を展開。市中心部では歩行者空間と緑が増えた(ウィキメディア・コモンズより、Cataleirxs, CC BY-SA 4.0

エリア内の地域住民は、例外として時速10km以下での走行が認められ、救急車などの緊急車両や配送車両も走行できるが、原則として、歩行者と自転車しか立ち入ることができない。

2020年にはスーパーブロックを拡大し、最終的には21の道から自動車を排除する方針を決定。車がいなくなった道は、歩行者や子どもが過ごしやすい空間へ次々と変貌している。その具体的なアイデア、使い道などを議論する場として、デシディムが活躍した。

リアルの場との併用を強化した「第2期」

新型コロナウイルスや、資材高騰、人手不足などの影響、さらには行政側の技術審査の甘さが露呈し、2023年までの任期内に完遂できたのは21プロジェクト(約28%)にとどまった。残りは2024年以降へ持ち越しとなり、一部が継続している。

それでも市は新しい民主主義のかたちを求め、制度を止めなかった。むしろ反省を踏まえ、改良を重ねた。

2024年には「第2期」となる参加型予算をスタート。予算は3000万ユーロ(約48億円)と同額だが、初回である「第1期」での反省を踏まえ、2027年までの4カ年計画とした。

2025年5月、デシディム上で約1700あった提案から、「公立学校の校庭の緑化」「歩行者・自転車優先道路への転換」など新たに76件の事業が決定に至った。これを決める「最終投票」には、4万8796名の市民が参加。第1期(約3万9000人)から約9000人増加している。押し上げた要因の一つが、子どもだ。

バルセロナのスーパーブロックの一角(Sant Antoni)。歩行者空間の再配分で“滞在できる”街路が増え、デシディム上でも議論の対象となることが多くなったCataleirxs, CC BY-SA 4.0, ウィキメディア・コモンズより)

第1期は「14歳以上」だったデシディムの投票権を、第2期では「8歳以上の全住民」に拡大。「学校の遊び場改修」など子ども主導のプロジェクトが3つ採択された。

第2期では、デジタル格差(デジタル・ディバイド)を埋めるための工夫もなされた。市内の図書館や広場などに58箇所の対面サポート拠点を設置。オンライン操作に不慣れな層の参加を物理的に支援している。

リアルの場での関連イベントも強化。各地区で計100回以上の「議論セッション」が開催され、約1500人が参加。8歳から13歳を対象とした「子ども向けフォーラム」は10回実施され、700人以上が参加した。こうした関連イベントやオンライン上での参加を含めれば、第2期参加型予算のプロジェクトに約9万人が“参画”した計算になる。

このバルセロナの取り組みをどう評価すべきか。見方によって変わってくる。

人口比「7%」、総予算比「0.2%」の評価

デシディム・バルセロナ版の登録ユーザー数は約11万人(2026年3月時点)。バルセロナ市の人口(約160万人)の「約7%」に相当する。

一方で、バルセロナ市の年間予算は2025年度で約38億700万ユーロ(約6100億円)。第2期の参加型予算は、4年で3000万ユーロ、1年あたり750万ユーロ(約12億円)となり、年間予算の総額からすれば「約0.2%」に過ぎない。

7%と0.2%。小さくも見えるが、視点を変えれば評価も変わる。

国内でも対話の土台作りから一歩進み、熟議や合意形成を目指したデジタルプラットフォームを導入する自治体が相次いでいる。

国内では兵庫県加古川市がディシズムを導入。現在5つのプロセスが公開されている加古川市版ディシズムより)

2020(令和2)年10月、日本の自治体でデシディムを初導入した兵庫県加古川市は、国内での草分け。導入から5年以上が経過し、利用者数は3000人超まで増えた。ただし、人口比では1%ほど。バルセロナと比較すれば、その歩みは一見、緩やかにも映る。

投票機能の利用は市内施設の愛称決定など限定的であり、同市の岡田康裕市長も「すべての市政課題をデシディムに投じるまでには至っていない」などと日経BP社のインタビューで課題を認めている。

しかしそれは、日本独自の法制度や行政文化のなかで、ゼロからデジタルプラットフォームを立ち上げ、信頼を積み上げる作業がいかに困難であるかの裏返しでもある。

さらに、予算配分という行政の核心的な権限までをデジタル上で市民に開放している自治体は、国内にまだ存在しない。

例えば、東京都の2026(令和8)年度予算は9兆6530億円。その「0.2%」は約193億円。「都民が193億円の使い道をデジタルで決めた」――。

それと同等のことをバルセロナは実践している。そう考えれば、0.2%という数字の見え方も変わるだろう。

2023年3月、バルセロナにお目見えした新たなスーパーブロックの完成イベント。歩行者優先の街づくりは、市民参加の議論を経て拡大しているバルセロナ市公式Flickrより、Ajuntament de Barcelona, CC BY-NC-ND 2.0)

もちろん、予算のすべてを市民に委ねるというのは非現実的であり、合意形成をデジタル上で完結させるモデルには構造的なリスクも潜む。

デジタルプラットフォームへの参加は、時間的・技術的に余裕のある層に偏りやすい。ITリテラシーが高く、政治や社会問題への関心も高い市民が声を上げる一方、高齢者や障がい者など、デジタルアクセスに壁を抱える層の声は拾いにくくなる。「参加できる人だけの民主主義」に陥れば、それは新たな排除を生むことにもなりかねない。

第2期では対面サポート拠点の設置や投票年齢の引き下げなどで対応を図ったが、参加者の社会的属性の検証も必要だろう。オンライン投票は組織票やボットによる操作のリスクもはらみ、プラットフォーム上の議論が感情的な対立に陥る「極性化」の問題も指摘されている。

バルセロナは、そうした課題がありながらも、デジタル民主主義の実践へ果敢に踏み込んだ。0.2%という数字は、行政の専門性と市民の直接参加を現実的なバランスで組み合わせた結果であり、課題が残るなか「約50億円の使い道をデジタルプラットフォームで確定させた」という実績は評価に値するエピソードと言える。

ゴールは「信頼関係の醸成」

バルセロナには、日本の自治体がまだ到達できていない、デジタル民主主義への「本気度」があった。

国内とバルセロナには相当の乖離があるが、ゴールは同じ。広報の枠を超え、新しい時代の民主主義のあり方を模索しながら、住民との信頼関係を築こうとしている。

デマを消すことはできない。だが、信頼を積み上げることはできる。

仮に、JICAホームタウン計画に参加していた自治体が、デジタルツールを活用して同計画への参画を市民とともに熟議し、プロセスや手続きも公開し、合意形成もオンライン上で実施していたら……。

仮定の話は無意味かもしれない。だが、少なくとも合意形成を体験した市民は、断片的な誤情報に触れた際、自分たちが積み上げた「対話のログ」に立ち返るはずだ。対話の記録は、信頼の基盤になる。それが、誤情報時代における防波堤となるだろう。

新時代の対話型広報のプラットフォームは、デジタル民主主義を加速させる。その積み重ねが、誤情報時代における有益な関係性を築いていくことにもつながる。

日本が遅れていると悲嘆する必要もない。バルセロナ市でさえ、10年の歳月と50億円という巨額の予算権限の開放を経て、ようやく登録者数7%、直接投票者数3%(約5万人)という地点に到達したに過ぎない。

いわば、日本の自治体が10年、20年先に見据えるべき「北極星」のような存在。そこへ進む覚悟を持てるかどうかが、私たち一人ひとりに問われている。

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