週1度の買い物に欠かせない足
2023(令和5)年8月、沖縄地方に長期停滞した台風6号「カーヌン」はその後、九州の西側をかすめながら北上し、お盆前の都城市にも暴風雨をもたらした。
台風が北に抜け、時折、晴れ間ものぞかせた8月10日。午前11時6分の定刻通りに1台の“バス”が、都城市北部の庄内地区公民館へ滑り込んできた。
車内には、すでに乗り合わせていた乗客が一人。都城市屈指の観光名所、関之尾滝の近隣に住む花原トミエさん(88歳)だ。
聞けば、近隣で買い物ができる場所がなく、週1度、このバスに30分ほど乗車したところある「ミートショップながやま山田店」まで通っているという。台風明けのこの日も、お盆に供えるお菓子やお花、栄養ドリンク10本入りケースなどを買い込んでいた。
バスはほどなく停車。重い荷物を抱えていたが、降りたのはちょうど花原さんの自宅前ということで、なんとか持ち運べそうだ。
じつはこのバス、地元の住民組織「庄内地区まちづくり協議会」が市の委託を受けて運行するコミュニティバスの「庄内ふれあい号」。乗客定員は9名だが、満席になることは滅多にない。花原さん宅からミートショップながやま方面は、平日の午前と午後、2便がある。
「ふれあい号は心強いですか?」。そう尋ねると、花原さんはこう答えてくれた。
「はーい、ありがたい。お父さんがいないから、一人だから、買い物が一番、大変。仕事をすれば(体を動かせば)なにか買ってきて食べないといけないしね。ふれあいバスが買い物に連れて行ってくれるので、ありがたいことです」
花原さんのライフラインとも言える庄内ふれあい号は、地域住民の貴重な足として活躍するほか、地域公共交通の成功例としても輝いている。
地域公共交通でトップの利用率
全国の中山間地域や過疎地域では、路線バスなどの交通手段が減少傾向にあり、移動困難者や、いわゆる“買い物難民”の増加が大きな課題となっている。
都城市も例外ではなく、人口減と高齢化が極端に進んでいる中山間地域など8地区(以降、「中山間地域等」と表現)では、市が各地区内の地域公共交通の立ち上げや運営を支援することで対処してきた。
中山間地域等の8地区で、庄内ふれあい号は比較的、新しい交通手段。にもかかわらず、大きな実績を残している。
庄内ふれあい号が走り出したのは、2016年11月。順調に乗客数を伸ばし、2019年度(2019年4月〜2020年3月)は延べ約4000人まで増えた。その後、コロナ禍の影響を受け落ち込んだものの、落ち着きを見せ始めた2022年度は年間3600人強まで回復している。
これは、どれほどの数字なのか。8地区の主な地域公共交通を比較した以下の表をご覧いただきたい。
地区 | 高崎 | 高城 | 山之口 |
---|---|---|---|
運行形態 ・名称 |
デマンド型乗合タクシー | コミュニティバス 「高城地域乗合バス」 |
デマンド型乗合タクシー 「あじさい」 |
運行開始 | 2000年4月(デマンド型は2021年10月から) | 2000年6月 | 2013年1月 |
コース数 | 6 | 3 | 2 |
定時/予約制 | 予約制(前日の15時まで) | 定時制 | 予約制(当日1時間前まで) |
運行委託先 (数字はコース数) |
おくつタクシー(3) 高崎観光バス(3) |
高崎観光バス | 銀星タクシー |
運行日 | 各コース:週2回 | 月・木 火・金 |
火・金 月・水・木 |
利用料金 | 月額1,000円もしくは、1乗車200円/小学生100円/小学生未満0円 | 月額1,000円もしくは、1乗車200円/小学生100円/小学生未満0円 | 月額1,000円もしくは、1乗車200円/小学生100円/小学生未満0円 |
年間利用者数(延べ) | 465人 | 1551人 | 2762人 |
地区人口あたりの利用率 | 5.7% | 15.8% | 47.6% |
地区 | 中郷 | 庄内 | 山田 |
---|---|---|---|
運行形態 ・名称 |
デマンド型乗合タクシー | コミュニティバス 「庄内ふれあい号」 |
デマンド型乗合タクシー |
運行開始 | 2016年4月 | 2016年11月 | 2020年10月 |
コース数 | 1 | 2 | 3 |
定時/予約制 | 予約制(前日の15時まで) | 定時制 | 予約制(前日の17時まで) |
運行委託先 (数字はコース数) |
宮交タクシー | 庄内地区まちづくり協議会 | 宮交タクシー(2) 中央タクシー(1) |
運行日 | 火・金 | 月・火・木・金 | 2コース:週3回 1コース:週2回 |
利用料金 | 1乗車200円/小学生100円/小学生未満0円 | 月額500円もしくは、1乗車200円/小学生100円/小学生未満0円 | 月額1,000円もしくは、1乗車200円/小学生100円/小学生未満0円 |
年間利用者数(延べ) | 97人 | 3611人 | 554人 |
地区人口あたりの利用率 | 1.1% | 48.9% | 8.3% |
庄内ふれあい号は8地区で比較的後発ながら、年間の「延べ利用者数(2022年度)」はトップ。さらに、「地区人口あたりの利用率」に着目しても、庄内ふれあい号はトップクラスであることがわかる。
庄内地区の人口は7388人(2023年3月時点)。これを、2022年度の延べ利用者数で割ると「48.9%」となる。延べ利用者で割っているため、「2人に1人が乗った」というわけではないが、同じ尺度で並べれば活性化率が比較できる。
山之口地区を走る「あじさい」も利用率47.6%と、庄内ふれあい号とほぼ同等の数字。だが、こちらは「デマンド型乗合タクシー」。予約ありきの運行で、到着時間は読めない。予約なしで乗車でき、各バス停を時刻表通りに運行するコミュニティバスのほうが運営の手間がかかる一方、乗客からすれば使い勝手が良い。
さらに、あじさいは地元のタクシー会社が市からの運行委託先となっているのに対し、庄内ふれあい号の委託先は庄内まちづくり協議会(庄内まち協)。住民自治組織が路線バスのような定期運行をし、住民の利用もトップクラスを誇るという点で、珍しいと言える。
だからこそ、視察も絶えない。
2023年5月、「内閣府デジタル田園都市国家構想実現会議事務局」の面々3人が訪れ、庄内ふれあい号などを視察していった。2016年の運営開始以降、庄内まち協は、九州各地の自治体や自治組織を中心に30件ほどの視察を受け入れ、2020年1月には九州運輸局から「交通政策関係表彰」の表彰も得た。
いかにして、この庄内ふれあい号は発足し、成功したのか。紐解く前に、背景を見ていこう。
人口減と高齢化が奪う“足”
中山間地域や過疎地域では、長らく路線バスと自家用車が住民の移動を支えてきたが、人口減と高齢化が、その両方を奪っている。
人口減と高齢化の影響で乗客数が減れば、採算が合わなくなり、バス運営会社は本数の間引き、もしくは路線廃止を決断せざるを得なくなる。少し遠くまで歩けば乗れる路線があったとしても、高齢になれば足が遠のく。
その路線もまた乗客が減り、間引きや廃止の憂き目に遭うという負のスパイラルが続いていた最中、コロナ禍が襲った。
「国土交通白書 2023」は、地方の乗合バスの窮状について以下のように報告している。
地方圏における人口減少等に伴い、三大都市圏以外については2000年度以降、輸送人員の減少傾向が続き、2019年度には3割弱、2020年度にはコロナ禍の影響もあって約5割減少しており、極めて厳しい状況となった。乗合バス事業者の収支については、コロナ禍以前は、赤字率が約7割であったが、コロナ禍で一層深刻化した。
高齢者ドライバーによる交通事故が社会問題化している近年、頼ってきた自家用車も乗りづらくなっている。運転できなくなったらどうなるのか。不安が高齢者を襲う。以下は「国土交通白書 2020」からの抜粋だ。
老後の生活に関してどのようなことに不安を感じるかを尋ねたところ、全体で最も多かった回答は「生活資金が足りない」、二番目が「移動が困難になる」であった。「移動が困難になる」と回答した人の割合は、人口規模が小さい市町村ほど多くなる傾向があり、三大都市圏では34.6%の一方、人口5万人未満の市町村では60.9%であった。
65歳以上の4人に1人の割合で「食料品アクセス困難者(店舗まで500m以上かつ自動車利用困難な65歳以上高齢者)」が存在するとの推計もあり、その割合は地方圏で高くなっている。
鉄道網が乏しく、クルマ社会の都城市にとっても大きな課題。特に、庄内地区は深刻だった。
2014年3月、庄内地区の住民にとって衝撃的なデータが明らかになる。都城市がまとめた資料のなかで、公共交通網の人口カバー率が地区別に公表され、庄内地区が「ワースト1位」であることがわかったのだ。
公共交通網の人口カバー率は、バス停から300m以内、鉄道駅から1km以内がカバーされている率。都城市全体のカバー率が76.4%だったのに対して、庄内地区のカバー率は46.5%と、地区別で最下位だった。
もともと、庄内地区は観光名所に恵まれた土地。関之尾滝のほか、島津家の墓もある。一方で、地区内をJR吉都線と2本の路線バスが通ってはいるが、人口が多い集落で、駅やバス停まで遠い公共交通の「空白地」も多い。
冒頭で紹介した花原さん宅もその空白地に該当する。
都城駅前から関之尾滝まで高崎観光バスの路線バスが平日、1日6本通っている。これに乗れば買い物にでかけることはできるが、花原さん宅から約500m離れた関之尾滝のバス停まで、花原さんのペースだと徒歩15分はかかるという。
「よだきい(おっくう)です、関之尾(バス停)まで歩いていくのは」。花原さんがそう言うように、中心市街地の病院に通うときは頑張って路線バスまで歩くが、ふだんは使わない。
そんな取り残された高齢者がほかにもたくさんいる。ワースト1という事実に驚き、行動に移したのが庄内まち協だった。
地元事業者からの反発乗り越え出発
「ワースト1と知って、びっくりして。自分たちの手で“どうにかせんといかん”ということで、協議会として視察に行ったり、勉強をしたりしました」。庄内まち協の事務局長を務める朝倉脩二氏(76歳)は、こう振り返る。
庄内まち協は、地区住民や地区内の各種団体が参画し、2010(平成22)年に発足した住民組織。郵便局を勤め上げたのち、初代会長に就いた釘村美千也氏のもと、地区独自の防災訓練や学校支援のボランティア体制づくりなどに乗り出した。それを朝倉氏は現場トップとして支えてきた。
「とにかく『自分たちでできることは自分たちでやろう!』という、そういう初代会長でした。福岡県大野城市のコミュニティバスなんかも視察して、高齢者が喜ばれているのを見て、自分たちでなんとかしたいなと。ただ、市民協働型のコミュニティバスは、国土交通省の事例を見ても、そんなにない。苦労はしました」
都城市の協力は不可欠だが、市や地元のタクシー会社に丸投げするのではなく、運行管理は自分たちでやるスタイルを目指した。ルート作成など綿密な事業計画も自分たちで立て、営業日は祝祭日を除く月・火・木・金曜日で1日4便、運賃は会員制で月額500円とした。ところが、地元事業者などの反発に遭うことになる。
コミュニティバスと言えども、道路運送法に定められた事業であり、自治体が主宰する「地域公共交通会議」で地域関係者による合意形成を図る必要がある。公共交通会議は、自治体に加えて、地元のバス事業者、タクシー事業者、警察などがメンバーだ。
2016年4月、最初の公共交通会議に事業計画を提出したところ、「500円は安すぎる」「素人に運行管理能力があるのか」などの意見が噴出した。都城市で住民組織が運行管理を担う地域公共交通の事例は初。事業者が心配するのも無理はない。
それでも庄内まち協は踏ん張り、諦めなかった。市役所の応援もあって、ようやく3回目の会議で同意を得ることができた。
かくして2016年11月、都城市が庄内まち協に運行管理を委託するかたちで、ふれあい号の実証運行が開始。約半年後には2台体制となり、その後は前述のとおり、順調に乗客数を伸ばした。
当初は反発された「住民組織による運営」という珍しい形態だが、これがあらゆるメリットをもたらし、成功へとつながっていった。
成功の理由、住民目線の運営
「庄内地区には自治公民館が10しかない。少ないからこそ、まとまりがあって結束力も強い。絶対ほかには負けないと思います」。そう朝倉氏が言うように、あらゆる地域関係者が一丸となって、事業計画作成に取り組んだ。その最たるものが、運行ルートである。
運行ルートは、利用者数を得る要。庄内まち協はとにかく「乗るひとがいるところに走らせる」ことを念頭に置いた。
主要なターゲットである高齢者を考慮すると、離れたバス停まで歩いてもらうのは困難。そこで、庄内まち協は、地区の民生児童委員の協力のもと、どこに高齢者が存在するのか、可視化していった。そのときの資料が、以下の地図だ。
高齢者の居場所を住宅地図上にマッピング。すると、運行すべきルートがおのずと見えてきたという。そのルートをベースとし、自治公民館長と相談しながら最終的な運行路線を決定した。
この努力により、ワースト1だった庄内地区の公共交通人口カバー率は、ふれあい号の路線によって92.1%まで跳ね上がった。これが、高い利用率の最大の要因だろう。素人なら、素人なりの地道な作戦をとった結果である。
「安さ」も利用を伸ばす要因となっている。ふれあい号の「定期券」に相当する会員費は月額500円と、他地区の地域公共交通の半額に抑えた。会員でなくとも1回200円で乗車可能だが、ほとんどの利用者が会員費を払っているという。
経営が成り立たなければ、もとの木阿弥だが、今のところ心配はなさそうだ。主な運営経費は、ガソリン代が年額70〜80万円、2人いる運転手への謝金が年額200万円など。経費は「年間370〜380万円」という市からの委託料でまかない、安定している。
まち協は、営利組織ではない。ふれあい号への運行に携わる人々は、半ば、ボランティア精神をもってかかわっている。だからこそ、臨機応変な対応も可能になり、高齢者がより利用しやすい環境を育んでいる。これも見逃せない成功要因の一つだろう。
超ベテランが臨機応変な対応
まちのど真ん中を庄内川が東西に流れる庄内地区。主に川の北側をまわるルートと、南側をまわるルートの2路線を設定した。2路線とも、北側に隣接する山田地区にある人気の温泉施設「かかしの里 ゆぽっぽ」、そしてまちの中心部に位置する庄内地区公民館を通るよう工夫されている。
ふれあい号のルート上に、路線バスのバス停がある箇所は、ふれあい号もバス停として利用。それ以外のルート上はフリー区間となっており、手を挙げればどこでも乗車できる。ただ、フリー区間に「バス停」は存在しないものの、時刻表には「目安となる場所(41カ所)」と通過時間が書かれているため、乗る際は、目安となる場所で待つ乗客が多い。
降りる際は、ルート上であればどこでも降車可能なのだが、細やかな配慮がなされている。ふたたび、冒頭で紹介した花原さんの例を挙げよう。
花原さん宅の最寄りの目安となる場所「五差路」は、自宅から200mほど離れた場所。出掛けは、5分ほどかけて歩いてそこまで向かい、乗車している。目的地は「ミートショップながやま山田店」。その駐車場で降ろしてもらった。
ミートショップながやま山田店は、ルート上の「山田商工会前」というバス停から目と鼻の先で、1分ほど歩けば店舗入口にたどり着く。だが、クルマ通りが多く、店舗駐車場への出入りも激しい。わずかな距離でも危険を伴うため、体の不自由な高齢者の乗客がいる際は、同店の許可を得て、駐車場で乗降できるような運用としている。
買い物後、重い荷物を抱えた花原さんは、帰りの便も駐車場から乗せてもらった。約30分後、なにも伝えていないが、ふれあい号は停車。花原さんは降りた。そこは、花原さん宅の眼の前の道路上だった。
花原さんが降りたあと、ドライバーの窪田幸司(64歳)さんに話を聞くことができた。
「乗るひとも時間も場所も、だいたい決まっていますから、もう覚えていますし、できるだけ、それぞれの対応をしてあげるようにしています。花原さんは足が悪いですし、あんだけ荷物を持っていれば、大変ですからね」
「タクシーみたいですね」と水を向けると、「そうです、そうです。一応、決まってる路線をぐるぐる回ってるんだけど。まぁ、タクシーとおんなじですよね。タクシー、プラス路線みたいな」と言って笑った。
ちなみに、窪田ドライバーは2023年5月、前任者の退任を機に、2台ある庄内ふれあい号のうちの1台の運転手に就いたばかり。だが、じつは超のつくベテランだ。
1989(平成元)年に県内大手の宮崎交通に入社。以来、路線バス、貸し切りバス、高速バスの運転手を経験し、タクシーにも乗務したことがある。30年以上のキャリアを積み、61歳の定年を迎えたのち、自動車学校の送迎のアルバイトをしていたが、縁あって、ふれあい号に乗務することとなった。
乗務の時給は1000円。1日5時間勤務で5000円。それでも満足している。
「年金が出てくるし、そげんギスギス働かなくていいわけですよね。乗務時間も、午前と午後とそれぞれ短くて、夕方には家に帰れるし。路線バスに乗っていた頃と比べれば、ぜんぜんラクですよね。人の役にもなるし、ばんばん走る必要もないですし。ゆっくりとね」
前述のように、取材したのは台風6号が過ぎ去った翌日。この日、窪田ドライバーは勤務前、自分のクルマで路線を確認しに行くと、土砂崩れで通行できない箇所を見つけ、運行本部に連絡を入れた。さすが、プロの所作である。
本部で無線連絡を受け、ルート変更を指示したのは、朝倉氏。ドライバーもプロなら、こちらもすっかりと運行本部のプロ。ふれあい号にとって、朝倉氏の存在も相当に大きい。
朝倉脩二氏の存在
朝倉氏は、庄内まち協の事務局長を務めると同時に、庄内ふれあい号の「運行管理代務者」でもある。庄内地区公民館の事務室の一角に席をもらい、週4日の運行日は朝から夕方まで、庄内ふれあい号のあらゆる業務に携わっている。
朝はドライバーのアルコールチェックから始まる。顔色はどうか、服装はどうか、免許証を所持しているかなどを確認し、天気予報をもとに「今日は雨が強そうだから、ここを迂回しましょう」などの指示を出すことも。
自然災害による運行判断も委ねられている。台風6号の影響を最も受けた8月8日は、朝から避難指示が出ていなかったため、運行を決断。ただし、これまで何度もがけ崩れが生じた場所を迂回するルートをとるよう予防策を講じた。
かつて、都城市でシステム機器を販売するIT企業の社長を務めていた朝倉氏だが、引退後、庄内まち協初代会長の釘村氏に誘われ、事務局長を務めた。そして、バスの運行管理もこなすようになった。
「初代会長はふろしき広げるひと。僕は畳むひとだから(笑)。やるってなったら、法律も調べて仕組みも作らないといけないし、運行管理だって大変ですけれど、コツコツとやるのは苦手ではないんです」と朝倉氏。乗客対応も一手に引き受けている。
「今日走ってますか?」「家の近くまで来られますか?」「待ってたんだけど、暑いから木の陰にいたら、通り過ぎちゃったよ」……。あらゆる電話対応に追われ、都度、ドライバーと無線でやりとり。ときには、認知症の乗客をサポートすることもある。
運行終了後は、報告書を書いて帰宅。とにかく、なんでもかんでもこなすが、運行管理者としての日給は2500円、週1万円しか得ていない。
「今年76歳になりましたが、同級生でもまだ公民館長しているのもいますし、けっこう元気なんですよね。ただし、いまの若い人による支えがあっての年金生活者。毎日、遊んでじゃなくて、少しは社会に恩返ししないといけないなという思いはあります」
そう話す朝倉氏は、現状に甘んじてはいない。まだまだ庄内ふれあい号の活性化に意欲的だ。
2022年からは、「ふれあい号のお試し乗車」の企画を始めた。まだ、ふれあい号に乗ったことのない高齢者向けで、社会福祉協議会の庄内地区の担当者や民生委員が一緒に同乗して、買い物などにつきあう試み。2023年も実施する予定だという。
さらに、定期路線だけではなく、要望のあるルートを回っていく「デマンド型」の同時運行も視野に入れ、画策しているという。
「朝倉さんがもし倒れたら、ふれあい号は成立しないんじゃないですか?」。そう聞くと、朝倉氏は「ルーティン業務だから、誰でもできるでしょ」と一蹴した。
ただ、庄内ふれあい号の成功の背景には、窪田ドライバーや朝倉氏のような「地域を想うひと」に恵まれた、という要素も多分にあることは、忘れてはならない。
そして、既存の交通事業者ではなくとも地域公共交通は成り立つ、ということも。
(次回に続く)