「保育の質」を上げるべく奮闘
2024(令和6)年6月下旬。夏の到来を予感させるようなその日、都城市の中心市街地から車で15分ほど北上したところにある認定こども園「まるのキンダーガーテン」を訪れた。
「ねえねえ、何しに来たの?」「ほら、粘土でウサギを作ったよ!」「昨日の給食は唐揚げだったんだ!」……。大きな園庭があるその保育施設に記者が立ち入ると、日差しに負けないエネルギーを放つ子どもたちにあっという間に囲まれた。
建物の上下階を行き来できるロープ遊具、ガラス張りの調理場、小山と一体となった大きなすべり台、大きな木に触れられる階段、霧島連山を望むトイレ……。園内を見渡せば、創意工夫に満ちた設備が次々と目に飛び込んでくる。
子どもたちの純粋な“逆取材”や報告に思わず圧倒されたと同時に、緑豊かな施設で好奇心を育みながら、日々をいきいきと過ごしているのだろうなと思わされた。
都城市では2023年4月から、すべての未就学児を対象とした「保育料の完全無料化」を始めとする「3つの完全無料化」がスタート。子育て支援の制度や体制は大きく進化し、子育て世帯への手厚い支援が実現している。
しかし、子育て世帯を強力に支援しているのは、市だけではない。市内における保育のそれぞれの現場においても、子どもや保護者のために「保育の質」を上げるべく、独自に工夫を重ね、奮闘する姿があった。
保育料の完全無料化から1年が経過し、児童増などの影響が少しずつ出始めている保育施設もある。その変化にも向き合おうと、動き出している。
少子化時代に逆行する「改革」
まるのキンダーガーテンは、幼保連携型の認定こども園。都城市野々美谷町にある都城市立丸野小学校の隣に位置する。149人の園児と、保育教諭や栄養士など37人の職員を抱える、比較的規模の大きな保育施設だ。
1969(昭和44)年に「まるの保育園」として設立されたのがその始まり。運営母体である社会福祉法人丸野福祉会(現、社会福祉法人スマイリング・パーク)の初代理事長が当時、近隣に住んでおり、周辺に保育施設がないことから創設に至ったという。
スマイリング・パークは特別養護老人ホームなど介護事業を主力とするが、保育事業も幅広く手がけており、現在は認定こども園2施設、小規模保育園2施設、児童クラブ7施設などを運営している。
2013(平成25)年にたたき上げの山田一久理事が新理事長に就任すると矢継ぎ早に社会福祉法人全体の改革を進め、保育事業も大きくテコ入れした。その一環で、基幹施設のまるの保育園も生まれ変わった。
2015年、まるのキンダーガーテンへと名を変え、2016年には保育所から教育・保育を一体的に行う「認定こども園」となった。さらに、保育の質を向上させるべく、ハードとソフトの両面から大規模な改革が進められた。その改革は、少子化で規模縮小を余儀なくされる“時代”と逆行するものだ。
順を追うと、2018年に長い歴史で初めて「園バス」を導入。2019年には園舎と園庭を大改装し、定員数をそれまでの75人から約1.5倍の115人へと増やした。2022年には隣の畑を買い取って園庭を拡張し、園庭全体もさらに改装した。
結論から言えば、改革は大きな成果をもたらした。
長い歴史の中で一時期は45人まで落ち込んだ定員数や入所児童数は改革以降、一度も減ることなく、右肩上がりの成長を続けている。3つの完全無料化など市による子育て支援の強化以降も定員や入所児童は増えており、早くも政策との相乗効果も出始めている。
園舎改装で「食育」や「キャリア教育」も導入
28年前、まるの保育園時代から職員として働き、改革にも携わった清水(きよみず)まゆみ園長はこう話す。
「施設の老朽化対策や耐震強化も理由の一つですが、一番は、少子化で保育事業全体が規模縮小する中、『うちは前を向いてポジティブに成長していきたい』『働く保護者をしっかりとサポートしていきたい』という理事長の強い思いが改革の背景にあります」
具体的な改革の中身を深掘りしていこう。
2019(令和元)年の園舎改装では、木のぬくもりを感じられる全体設計に加え、屋内外に様々な工夫が施された。
「屋内には十分に体を動かせるロープ遊具や、郷土愛を育んでほしいという願いから作った霧島連山を眺めながら用を足せる男子トイレなどが設置され、より良い保育を実施するための工夫があちこちに凝らされているんです」。清水園長はそう胸を張る。
新園舎には、レストラン「まるのキッチン」も新設された。天井高で風がよく通り、目の前に田園風景が広がる豊かな空間で、園児は給食の時間を過ごす。晴れの日には開口窓を開け放ち、テラスで給食をいただくこともあるという。
「食育」や「キャリア教育」につなげる工夫も施した。キッチン横の調理室では、調理師がエプロンや割烹着ではなく、コック服を着用。キャリア教育の一環として、子どもたちがパティシエや料理人が働く様子をイメージできるようにした。また、調理室にはガラス張りの大きな窓を設置し、窓のすぐ側にある大鍋で調理する様子を見ることができる。
「子どもたちは、毎日、窓から料理を見ていて、目が釘付けになっているんですよ」と清水園長。「その日の給食が掲示されるスペースも一角に設けています。それを指差しながら、お迎えに来た親御さんに『今日の給食おいしかったよ!』などと話す様子もよく見られ、親子のコミュニケーションをより深めるきっかけにもなっているようです」。
森を再現した自然あふれる園庭
2019年の改装時、ビオトープを設置するなど園庭も整備したが、3年後の2022(令和4)年、早くも園庭の大幅な改修を実施した。ここにも、ほかの園ではあまり見られない、ユニークな特徴が随所にある。
きっかけは、畑などだった隣の土地を購入できたこと。木々や水など自然あふれる園庭を目指したと清水園長は言う。
「ここには、一般的な園庭にあるような“遊具”はありません。木々が茂り、水が流れる自然の力を活かした森のような園庭です。土や水、植物、生き物たちと日常的にふれあい、豊かな感性を培ってほしいという思いからこのような園庭となりました」
購入した土地は主に小さな森として生かし、小山に沿うように大きなすべり台を設置。ビオトープも作り直し、自然の川のような生態系が見られるよう工夫した。
「汲み上げた地下水が使われていて、オタマジャクシやカエルなどの生き物をずっと眺めている子どももいます。現代の子どもたちは川で遊ぶことはあまりないので、水に触れる良い機会になっているのではないでしょうか。水に落ちてしまう子もいますが、『そんなこともあるから気をつけようね』と経験のひとつとして捉えています」
園庭改修のタイミングで、園舎2階と園庭をつなぐ「大階段」も新たに設置した。非常階段としての役割もあるが、自然とふれあうための狙いもある。
「園庭には創立当時からある大きな木が3本立っています。幹はさわれるけれど、枝葉にはさわれなかった。階段の途中で、そのうちの1本の枝葉にさわれるようにしてあげたかったんです」
改革によって充実させたのは、こうした「ハード面」だけではない。思想やカリキュラム、体制整備といった「ソフト面」も同時に改善し、両面で新しい教育を目指した。背景には、海外での学びもある。
火を囲み北欧流で語り合う
スマイリング・パークは、2007年から始めた北米視察を皮切りに、グループ全体で海外研修を推進。2016年11月からコロナ禍前までは、デンマークやスウェーデンなど北欧の福祉先進諸国への研修旅行も実施してきた。
清水園長も2018年に北欧研修に参加。そこで、知った様々なことが改革時に取り入れられている。
例えば、デンマークやスウェーデンの幼児教育の現場では、大型の学習用プロジェクターが当たり前のように導入されていた。そこで2019年の園舎改装時、まるのキンダーガーテンでも教育の一部にプロジェクターを設置し、活用している。理由を清水園長はこう説明する。
「黒板や白板に“書く”時間を、子どもを“見る”時間にする。子どもたちに考えさせたり、話し合いをさせたりする時間に振り分ける。そういう北欧流の考え方で、瞬時に映せるプロジェクターの活用を始めました」
続いて、清水園長が自慢の場所だと案内してくれたのは、園庭の端にある三角屋根の小屋。聞くと、デンマーク流の「焚き火小屋」だという。
「北欧には古くから焚き火を囲みながら語り合う文化があります。子どもも、大人に混ざって、火のまわりで焼きマシュマロを作るなどして楽しんでいる。同じようなことができる環境があればと考え、園庭改修の際、焚き火小屋を作ったんです」
設置して最初の卒園式、年長の親子が焚き火小屋で輪になり、一人ひとりの思いを語り合ったことを清水園長は忘れられない。「とても感慨深かったのを覚えています」。
ソフト面のアップデートはほかにもある。2019年、子どもたちの「生きる力の基礎を培う」という教育・保育方針のもと、学びの芽生えや確かな学力につながる「探究力」、健康や体力につながる「自立力」、豊かな人間性につながる「人間力」の育成を目標に定め、カリキュラムの見直しも実施した。
例えば、自然あふれる大きな園庭を活用しながら、見たり、聞いたり、触れたりすることで、探求力や人間力、体力を養う「体験型」の活動を増やした。
2023年には、園庭の木々に予め捕獲しておいたカブト虫を放ち、探してもらう体験を実施。園児に好評だったという。
改革の一環として保護者の負担を減らすための新たな体制も整えた。最たるものが「病児病後児保育室」の併設だろう。
2019年の園舎改修時、まるのキンダーガーテンは病児病後児保育室の「シックキッズケアまるの」を併設するかたちで整備した。当時、補助金は一切なかったが、「働く保護者の力になりたい」という理事長の強い思いから実現したという。
発熱時などの「病児」と、回復期にあるが通園・通学条件を満たさない「病後児」を同じ場所で預かる施設は当時、都城市で初めて。未就学児に加え、小学生も対象で、2023年度は設立以来最も多い延べ492人を預かった。
期待が勝った「保育料完全無料化」
また、スマイリングパーク傘下の小規模保育園が2019年から導入していた「365日保育」を、まるのキンダーガーテンでも2022年から取り入れ、休日も子どもを預かり始めた。365日保育を実施しているのは市内でほかに1園くらい。まだ珍しいと清水園長は話す。
「土曜や日曜に仕事をしている親御さんは少なくありません。より充実した保育を実施するにはいつでも預けられる体制が必要だろうと、理事長からも強い後押しがあって実現することになりました。当園だけでなく他の園のお子さんをお預かりすることもあります。毎週末、だいたい5〜10人くらいはお預かりしています」
市の施策とは関係なく、保育の質を高め、保護者をサポートしようと努力や工夫を重ねてきた。そこに2023年2月、保育料完全無料化のニュースが飛び込んできた。
「とにかく驚いた」と言う清水園長は、「働くお母さんが増えるだろうと思い、その結果、園児も増えるだろうと予想しました」。ただし、受け入れ準備への不安よりも期待が勝ったと振り返る。
「たまたま、2022年度の卒園児が32人と多かったことから、2023年度の園児をどう確保しようか悩んでいた矢先のことでした。私としては、とても期待を持ってニュースを聞いたことを覚えています」
完全無料化から1年。清水園長の抱いた期待は、まさに実現するところとなった。
前回の記事で伝えたように、2024年4月からの新年度、都城市全体の保育施設への入所児童数は5年ぶりに増加し、年度別で無料化のインパクトが顕在化した。しかし、一部では2023年度から影響は出始めていた。その一つが、まるのキンダーガーテンである。
2023年度に訪れた無料化のインパクト
まずは、まるのキンダーガーテンの入所児童数の推移を示した以下のグラフを見てほしい。
棒グラフは「全体(0〜5歳児)」の推移で、折れ線グラフは新たに市の施策で無料化の対象となった「0〜2歳児」の割合を示している。その両方が2023年5月、跳ね上がった。市から受入児童数の拡充について協力依頼があり、急きょ増やした募集枠が即座に埋まったためだ。
さらに、保育料の無料化は「一時預かり保育」にも適用されたため、2023年度、0歳児の一時預かり数が右肩上がりに増えたと清水園長は言う。「育休から早めに復帰したり、自営のお仕事を始めたりするお母さん方が多かったようです」。
0歳時の一時預かりを利用していた保護者の多くが、2024年度の入所を希望した結果、2023年度に15人だった1歳児クラスは24年度、約90%増の28人へと大幅に増えた。24年度は、市の方針で「定員数の140%」まで受け入れても良いことになったため、増枠分の多くが、1歳児に振り分けられた格好だ。
結果、2024年6月時点の入所児童数は、2023年4月比で約20%増の149人に。0〜2歳児の割合は同期間、28.8%から36.9%へと大きく増加した。0〜2歳児は、無料化の恩恵を新たに受けられるようになった層。市による子育て支援の強化策が如実に数字に現れた。
増えた受け入れ可能枠が即座に埋まったのは、まるのキンダーガーテンがそれまで独自に保育の質を高め、保護者のサポートも真剣に考えてきた結果だろう。ただし、安穏としてはいられない。
「変わらず、保育の質向上に努める」
前回で報じたように、市は子どもを産み育てやすい環境整備を急ピッチで行った。そして、保育料完全無料化の影響は、現場にもじわじわと及び始めている。ともすれば、受け入れ側の保育施設にとっては負担増ともなりかねない。
都城市では移住支援策にも力を入れている。今後はさらなる移住者の増加も予想され、保育料の完全無料化による出生増の影響もこれから訪れるだろう。
実際に現場の負担は徐々に増している。2024年度、都城市の保育施設の定員に対する未就学児(0〜5歳児)全体の入所児童数の割合(入所率)は「92.5%」まで上昇。まるのキンダーガーテンもギリギリのところで頑張っている。
現在は定員数115人の140%、161人まで受け入れが可能だが、清水園長は「職員の配置基準などを考えると、現状は149人、ないし150人が限度。ただし、今後は新たに職員を配置するなどして、受け入れ枠を増やす努力を続けます」と話す。
保育士不足は容易に予想できた。そこで市は先手を打ち、2024年4月から保育士の確保に向けた施策もスタート。市内の保育園等に保育士等として就職した人に対して最大40万円を支給するという「保育士等就職支援事業」を実施している。
今のところ、まるのキンダーガーテンへの保育士の応募はないが、清水園長はこう期待を寄せる。「今まで以上に、まるのキンダーガーテンで働きたいと思って下さる保育士の応募があるのではないでしょうか」。
一方で清水園長は、「これまでと変わらず、現場は保育の質の向上に努めていくだけです」と冷静に前を見つめる。「子どもや現場に負荷がかからないよう、柔軟に対応することで保育の質を下げないようにしていきたい」。
質を維持するために現場でできることをやるのみ。例えば、人数が増えたクラスでは、活動内容に応じて園児と担当職員を分けることで負担を軽減する工夫を始めた。6人の職員が配置されている1歳児クラスでは、園児を14人と14人に分け、職員も3人ずつ配置することで目を行き届かせている。
また、人材育成にも注力する。すでにスマイリング・パーク傘下の4園で公開保育を実施しており、互いに保育を見せる・見ることで自分の保育を振り返る機会として活用している。こうした学びの場を増やすことも、今後の児童増に備える上で重要だと清水園長は言う。
「ほかの先生に見せることになった公開保育担当の先生は必死に準備をしますし、不安も大きい。でも、終わった後はみんな自信に満ちた顔をしているんですよ。公開保育を見る側、行う側のどちらにとっても大きな成長の機会になっているのではないでしょうか」
スマイリング・パーク全体でキャリアパスなどについての研修が年間50回ほど開催されており、職員はそこにも参加している。一人ひとりのスキルアップを通じて保育の質をさらに高めようと努力を重ねている、まるのキンダーガーテン。それが、園児の増加に応えることになると清水園長は信じている。
今後を見据えつつ、保育の質を高め、維持するための備えを始めている保育施設はほかにもある。「やまのくち保育所」もその一つだ。
3つが統合した「やまのくち保育所」
やまのくち保育所は、2021年4月に開所した市営の保育所。山之口中央保育所、山之口ふもと保育所、山之口乳児保育所の3つが統合し、園舎も新たに建て替えられた。
2024年6月時点の入所児童数は68人。保育士などの職員は17人 。地域に根差した保育所として、主に山之口地区の子どもたちが通っている。
リニューアルした園舎は、まるのキンダーガーテン同様、木材が多く利用され、あたたかみのある空間が広がる。天井の高い多目的スペースは開放感にあふれ、雨の日でも子どもたちがのびのびと過ごせるようになった。
少子化が加速する中、2024年度の入所児童数は4人増え、微増に。保育料無料化の影響が、ここでも少しずつ出始めていると藤山美香所長は話す。
「親御さんからは経済的な負担が減ってありがたいという声が聞こえてきます。『保育料のために仕事をしている』とおっしゃる親御さんもいらっしゃいましたから。(無料化で)ゆとりが生まれることで、習い事ができたり、お出かけの機会が増えたりするのは、良いことだと思います」。
県外からの移住者が増加傾向にあることも、ひしひしと感じている。
「うちの園児でも、神奈川や福岡などから引っ越してきたというご家庭があります。地元の都城にUターンしてきたケースも少なくないようです。私自身、保育士として市営保育所に長く勤めていますが、以前は県外から引っ越してきたというご家庭はそう多くありませんでした。今後、さらに移住者が増えれば、園児数も増えるのではないでしょうか」
園児増加は、やまのくち保育所にも訪れる。そう見据える藤山所長は、保育の質を高めるために考えていることがある。
「地域との交流」がカギ
「英会話や早期学習といった華やかな取り組みがあるわけではありませんが、保育所として子どもたちの健やかな育ちを支えることを第一に、日々より良い保育を目指しています。そして今は、コロナ禍で難しかった地域との交流に力を入れたいと考えています」
地域の農家などの協力を得て、芋掘りなどの体験をさせてもらえることも多い。つい先日も「玉ねぎを堀りにおいで」と近所の農家から声がかかり、園児と出向いたばかり。そうした地域交流は、園児の喜び、ひいては保育の質向上に役立つはずだと藤山所長は感じている。
「周辺を散歩しているときなんかも、地域の方から挨拶されたり手を振ってもらえたりする。地域に愛されていることを感じますし、何より園児たちがすごく喜ぶんですよね」
地域に根ざした保育所ならではの光景。既存の園児のみならず、新たな地に移住してきた園児やその家族にとっても、地域との交流はうれしいはず。移住の定着、という課題にも一役買いそうな施策と言える。
さらに、保育の質を高める上で、職員のスキルアップが欠かせないと藤山所長も考えている。
定期的に開催される行政による研修は積極的に参加させるほか、保育士同士で情報共有などの機会を確保するようにしている。園児の育ちや適切な支援の仕方、職員が学習したことなどを共有する機会を1〜2カ月に一度は持つようにしているほか、年に2回、職員自身の保育の振り返りとしてセルフチェックの機会も設けている。
また、保育士がプライベートで保育のオンラインセミナーなどを受講することも多く、それぞれが園児のことを思い、自ら努力や工夫を重ねている。
やまのくち保育所の唯一の男性保育士、中吉純也先生もそんな一人だ。
職員の自発的な研鑽にも期待
中吉先生は、子どものスポーツ活動を適切に指導する「ジュニアスポーツ指導員」の資格を約1年かけて取得した。
数少ない男性保育士として、身体を動かす場面で役割を求められることが多く、「それなら子どもたちにもっと運動を好きになってもらおう」と考えたことがきっかけ。資格取得を通して、子どもたちを指導する際に必要なスポーツの知識や適切なコミュニケーション能力を身につけたと中吉先生は言う。
「例えば、ジャンプをさせるときも、ただ『飛ぶよ!』と声をかけるのではなく、『ここを伸ばしながら飛ぶんだよ』などと工夫することで、より効果的に体を動かせるようになりますし、発達も促すことができます」
中吉先生は「子どもたちにうまく伝えられているかは分からないけれど」と笑うが、実際には周囲からの評判は上々だと藤山所長は明かす。
「やまのくち保育所だけでなく、他の市営保育所にも中吉先生が巡回して子どもたちへの指導を行っていますが、各保育所の先生方はもちろん、保護者の方からも『早く来てほしい!』とリクエストがあるくらいなんです」
次の目標として、中吉先生はより良い保育環境づくりのエキスパートとなる「こども環境管理士」の資格取得を目指して勉強している。そうした中吉先生の前向きに取り組む姿勢は、他の保育士へも良い影響を及ぼしていると藤山所長は感じている。
一方で、毎日が目まぐるしく過ぎていき、今後はさらなる児童増も見込まれる。保育士の負担は増え、新たな保育士確保にも動き出していかなければならない。そうした中、保育の質を担保するために力を尽くすことは「決して楽ではない」と藤山所長は打ち明ける。そして、こう続けた。
「だけど、そんなつらい思いは子どもたちが帳消しにしてくれるんです。世の中がいくら変わっても、子どもたちの本質は変わりません。愛情を持って接すれば、愛情で返してくれます。昨日はできなかったことができるようになったり、『先生!』と駆け寄ってきてくれたり。それだけのことで、本当に私たちは頑張れるんです」
中吉先生も同じ気持ちだ。日々の業務もある中、モチベーションを保ちながら資格取得を目指すのは容易ではない。それでも頑張ることができたのは園児が喜んでくれるから。「学んだことを子どもたちに還元できると思えば、苦になりません。実際に、楽しんでくれている様子を見ていると本当にうれしくなります」。
保育の現場の努力と経済的支援の両輪
進化する保育の現場。市が行う「3つの完全無料化」とは別の論理のもと、現場では独自に努力と研鑽を続け、さまざまな取り組みを行っていた。
根底にあるのは、職員の園児たちに対する愛情。「より良い経験をさせてあげたい」「のびのびと元気に育ってほしい」。今回の取材で幾度となく聞いた言葉だ。今後も増えるであろう新たな園児たちを受け入れる準備もしている。
保護者からすれば、単に保育料などの経済的負担が軽減されればいいわけではない。もちろん、保育士の“頭数”が揃えば良いというわけでもない。市による経済的支援と、保育の質。その「両輪」が揃って初めて保護者は安心して子を預け、働きに出ることができる。
保育の現場は、その保護者の思いにしっかりと応えていた。両輪がうまく回った結果、子育て世帯の生活と家族の心に余裕が生まれ、子育て環境がより良いものになる好循環が生じる。それこそが、「子育てにやさしいまち」のあるべき姿だろう。