全11種の華麗な料理ショー
都城市の中心街、中央通りの「マクドナルド」の隣に、カウンター5席のみの小さなフレンチレストラン「Bistro Lusso(ビストロルッソ)」がある。
派手な看板もメニューボードもない。そこにレストランがあると気づかない人もいるだろう。だが、侮るなかれ。
瀟洒(しょうしゃ)な店に入ると店主が一人で迎えてくれ、華麗な料理ショーが始まった。
店のテーマは「山」。食材は、山や川の幸、そして、鹿肉や猪肉などの「ジビエ」に限られる。ほとんどが宮崎産で、地のものへのこだわりが強い。
コースは、小林産の鹿レバーや、延岡産のサクラマス、都城産の鯉を使った前菜3品から始まった。カウンター越しに見渡せるキッチンをシェフがせわしなく動き、一品一品、目の前で丁寧に仕上げ、サーブ。動きに無駄はなく、料理ライブを見ているようだ。
都城産キジバトを使ったつくね、小林産の鹿カツレツなどが続き、3プレートのスイーツで終演。最後はドライフラワーを使った豪奢(ごうしゃ)なアレンジメントがプレート代わりに登場し、驚かされた。
全11品。そのすべてが、とにかく美味い。臭みはまったくなく、野生の獣とは思えない。そして、器、盛り付けのどれもが色とりどりで、芸が細かい。東京でもここまでのクオリティを求めるのは難しいだろう。
コロナ禍の2021(令和3)年5月にオープンするや否や予約客が殺到。今も完全予約制のBistro Lussoは、都城で唯一無二の存在として異彩を放ち、県内外の客の舌を唸らせている。
経営しているのは、オーナーシェフの高橋優太さん(31歳)。なぜ彼はここまで凝ったレストランをその若さで営んでいるのか。
バンド活動にのめり込み大学を中退
じつは、高橋さんは幼少の頃から料理人を目指していたわけではない。さらに言えば、都城出身でもない。
高橋さんは宮崎市で生まれ育ち、県内屈指の進学校である宮崎西高校に進学した。周囲が東京大学や京都大学などを目指し勉強に明け暮れるなか、高橋さんは音楽活動に勤しむ。ポップロックのバンドを組み、「目立つのが大好きなので」とギターボーカルを務めた。
バンド活動に入れ込むあまり、大学に進学する気は失せていたが、父親の助言もあって思いとどまり、宮崎大学工学部に入学。しかし、やはり面白いと感じられず、わずか1年で中退した。
その後は、バンド活動を続けながら、アルバイトで食いつないだ。職種にこだわりはなく、「家から一番近かった」という理由で、居酒屋チェーン「恵屋」で働き始めた。それが飲食業への入り口となった。
職場の居心地は良く、アルバイトから社員へ昇格した。恵屋では社員向けの研修が毎週あり、飲食店経営のノウハウを学ぶことができた。この頃には、高橋さんは飲食の世界で生きていくことを決めていた。
転機は2017(平成29)年、25歳の時に訪れた。宮崎大学時代に出会った彼女と結婚することになり、妻の地元である都城市へ移住することに。職場を変えなければいけないが、「子どものことを考えた時、妻の実家が近いほうがなにかと頼れるから」という理由で決めた。
鹿肉の虜になった偶然の出会い
妻の実家には住まず、最初はアパート暮らし。漠然と「おしゃれで、お酒も飲めるパスタ屋を開きたい」と考えていたため、都城の著名イタリアン「SLF」で修行をすることにした。ここで運命的な出会いがあった。
「SLFで初めて鹿肉を食べたとき、『何これ、美味しい!』となって。そこからですね」。高橋さんはジビエに魅せられたきっかけをこう振り返る。
5年前、2018(平成30)年のある日、ジビエで町おこしをしている宮崎県諸塚村から来た客が持参した鹿肉を、先輩シェフがたまたま、カツレツに調理して出してくれた。口にした瞬間、虜になった。SLFではジビエを使ったメニューはない。まさに人生を変える偶然の出会い。「今では牛肉より鹿肉のほうが好き」と言い切るほど、高橋さんはのめり込んだ。
高橋さんがジビエに惹かれた理由は、味だけではない。
「(猪や熊などは)害獣駆除として毎年かなりの数が殺処分されているのですが、そのお肉って、8割、9割は廃棄されているんです。あんなにおいしいのに、捨てるなんてもったいないなと」
年間を通じて肉が手に入るのであれば、おいしい料理にして提供することで、少しでも廃棄を減らしていけるのではないか――。高橋さんはそう考えた。
もちろん、廃棄する肉を安く手に入れたいという発想ではない。むしろジビエは牛肉や豚肉よりも仕入れ値が高くなることもある。希少であり、流通量が多くないためだ。
農林水産省によると、ジビエ処理加工施設は2022年6月1日時点で全国に474施設あるが、害獣駆除の件数に対して足りていない状況が続く。しかも、行政主導の施設はほとんどが赤字。いたずらに増やすこともできない。
「保健所から許可を得た施設で処理されたものしか、流通させてはいけないんです。猟師の知り合いからもらったものを自分が食べるのはいいんですけれど、お客さんに提供してはいけない。だから、仕入れるのは大変なんです」
だが、課題よりも熱が勝った高橋さんは、都城でジビエの専門店を開業しようと決心。SLFを約1年半で退職した。
開業準備中に料理をSNSに投稿
開業資金を貯めるため、そして料理の腕を磨くため、派遣社員として2年ほど、製造工場などで働いた。なぜ派遣なのかと聞くと、「夜、時間が作れるから」。都城にジビエの修行ができるレストランはない。ならば、独学でやるしかない。
毎晩のように、ジビエ料理を自宅で試作。「#おうちごはん」というハッシュタグをつけ、料理の写真をせっせと「Instagram」に投稿した。盛り付けの美しさやセンス、さらには珍しい食材を使っていることもあって、徐々にフォロワーが増えていった。
しばらくして、アパートから現在の店舗がある中央通り沿いの“一等地”へと居を移す。もともとは妻の祖母が住んでいた家。逝去後、空き家のままだったため、高橋さん夫婦が譲り受けるという幸運に恵まれた。
1階を店舗に改装しよう。高橋さんは、そう決めた。
「何千万円とかけて福岡や東京で勝負するよりも、スモールコストで始めて、それで食えれば十分かなという感じです。こっちには住む場所もありますし」
「宮崎市の実家に納屋があったので、そこを建て替えて店にすればいいとも考えていました。でも、都城のほうはリフォームすればいい状態で、安く済むということで、ここでの開業を決めました」
2021年5月、29歳とぎりぎり20代で「Bistro Lusso」をプレオープンさせた。
改装工事の遅れやコロナ禍などが重なり、開業は当初の目論見から2年近く後ろ倒しに。しかし、その間にSNSで発信していたことが功を奏した。Instagramのフォロワー限定で呼びかけたところ、予約が殺到。当時のフォロワー数は1000人ほどだったが、それでも「待ってました!」などの温かいコメントが押し寄せ、予約を入れてくれた。
勢いそのまま6月1日にグランドオープンした後も、しばらくは予約で連日満席。開業から、まもなく2年が経とうとしている。
記念日利用、県外からリピーターも
「ビジネス的にはぜんぜん、頑張ってないです」と高橋さんは謙遜するが、昼も夜も予約は安定的に入っている。
客層は約8割が女性で、年齢は30代後半〜40代が中心。平均客単価は1万円と、都城の飲食店では高い部類に入るはずだが、リピーターは多い。
店の雰囲気の良さ、高橋さんの人柄、そして何よりも料理の素晴らしさに惹かれ、わざわざ県外から来る人も少なくない。例えば、福岡在住の馴染み客は、毎年霧島エリアに温泉旅行をして、その帰りに立ち寄るのが定番コースになっているそうだ。
「前に食べたのは臭くて、毛が生えてて。こんな臭みがなくて、綺麗になるんだ」「ジビエのイメージ変わった」……。
そう、お客から言われたこともある。「ジビエ目的というより、記念日でいらっしゃる方のほうが多いんじゃないかな。料理の写真やお店の雰囲気で来ようと思ってくれたり。そういう方々は、鹿肉じゃなくて、牛肉でも来てくれると思います」。
多くの客を魅了してやまない若きシェフのこだわりとはなんだろうか。
「シンプルにおいしいと感じてもらえる料理にしています。フレンチには、おいしいけれども、新しくて難解で、“舌”の経験値がないと理解できない料理があります。僕はそういうものではなく、誰もが食べ慣れていて、親しみがあるような料理を心がけています」
「あと、ジビエだとあえて獣臭さやジビエらしさみたいなものを好む方やシェフもいらっしゃると思いますが、僕は違う。自分が食べて、本当においしいと思えるものしかお出ししていません」
フレンチというよりは、世界各国の料理や食材、調理を融合させた「イノベーティブ・フュージョン」のほうが実態に近いのかもしれない。
例えば、春のメニューにある、猪のバラ肉を赤ワインで煮込んだメインの一品は、中華食材の「八角」をきかし、角煮のような味わいを楽しめる。鹿のカツレツに添えてあるのは、クミンやコリアンダー、玉ねぎなどを使ったソース。非常に美味なカレーである。
創作意欲はとまらない。「僕、(宮崎の郷土料理の)冷や汁って苦手なんですけれど、僕でも食べられる冷や汁をジビエで作ろうかなって。鹿肉のゼラチン質は冷やすと固まっちゃうので、鰹ぶしみたいに“鹿ぶし”を作って、削って提供できないか研究してるんです」。
Bistro Lussoのコースメニューは季節で入れ替わる。うまくいけば、今夏、世にも珍しい冷や汁がいただけるかもしれない。
「完全予約制」の理由
とんでもない凝り性。上質への飽くなき探究心。料理や内装含め、店舗の随所からこだわりの強さが感じられる。
半面、嫌いなことはやりたくない。正確に言えば、好きなことを邪魔するようなものは排除したい。例えば、開業時から完全予約制にしていることについて、こう話す。
「僕、来るか来ないか、わからない人を待っているのがすごく嫌なんですよ。それと、用意していた料理を捨てるのが嫌い。もったいないというか、腹が立つ。準備していた時間を返してよと。だから完全予約制でいいんじゃないかなと思いました」
一見、飄々(ひょうひょう)とした態度にも映るが、合理的な考えに基づいている。メニューや価格も柔軟に変える。
当初はランチが2500円、ディナーが3500円/4500円のコースで提供していたが、開業してわずか3カ月後3カ月後に値上げしたというから驚きだ。ランチを4400円/7700円/1万1000円に、ディナーは7700円/1万1000円(すべて税込)とした。
「オープン当初は本当に毎日忙しくて、しんどくて……。それに、自分のやりたいことができなかったんですね。仕込みの時間が取れないし、3000〜4000円程度だと使える食材も限られる。だったら、料理の質と値段を上げて、お客さまを半分にしたほうがいいと思って」
あくまで、自分を貫く高橋さん。「今どきの若者らしいですね」と言ったら、「そうなんですかね」とクールに返す。やりたいことは、山ほどある。突き進むだけだ。
「都城産ジビエ」の加工品開発に挑む
この先、挑戦したいと考えていることの一つに、「ジビエ肉の加工品販売」がある。実現すれば、自らがこだわり抜いた料理を、時間と場所を選ばず、全国に提供できるようになる。
現在、都城市にはジビエ肉処理加工施設がない。そのため、主に小林市の加工施設から食材を仕入れているが、もう間もなく、市内に民間の加工施設ができる予定だという。そこでは、製造加工も認可される見通し。加工施設とタッグを組んで、「都城産ジビエ」の加工品を開発していくつもりだ。すでに事業者とのつながりがあり、話は進んでいる。
完成すればふるさと納税の返礼品として提供できるようになるかもしれない。「肉のまち」を謳う都城だが、「牛、豚、鶏だけじゃないぞ、ってアピールしていきたいですね」。
だからといって、事業を拡大し、いずれは都会に進出する気など毛頭ない。
「基本、今のままでいいです。たくさん稼ごうとは思っていないし、好きなことして生きていければ一番幸せ。そんな感じです。都会?いや逆で、もっと田舎のほう、山の中とかに行きたい。そっちのほうが僕は魅力的だなぁ」
「いずれは、都城の山の奥のほうで、オーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)をやってみたいんですよね。都城って、市街地にインバウンドを呼び込めるコンテンツがないじゃないですか。だから、ジビエを楽しめるオーベルジュがあったら話題になるかなって」
「すっかり、都城の人ですね」。そう水を向けると、「あっ、そうだ。そうですね」と屈託なく笑った。
「美食のまち」のほうが、かっこいい
高橋さんにとって都城は生まれ故郷ではなく、都城で開業したのも偶然と幸運が重なった結果。それでも、6年ほど生活するうちに愛着が芽生え、アタマの中では都城のまちづくりや将来のことまで考えが及んでいる。
「都城って、食に関してはコンテンツが強いので、もっと人を呼べるはず。『美食のまち』というブランドイメージを打ち出したらかっこいいと思うし、富裕層を連れてくることもできる。移住する人も出てくるかもしれない。もっといろいろとやるべきだと思うんですけれど……こんな若造が言っても響かないですよね、ハハハ」
都城市への提言は、都城の若者へのメッセージにも通じる。
「安さ」ばかりを追い求める若者が多い――。高橋さんは日ごろからそう感じているという。所得の問題もあるため、頭ごなしに否定するつもりはない。しかし、若者にこそ、物事の価値の本質を見極めてもらいたいと思っている。
「若い人たちには『安売りするな』と言いたいですね。自分自身もそうだし、作っている商品があればそれに対しても。安売りすると自分が疲れるだけ。疲れて得るものはない」
後日、LINEで高橋さんから以下のメッセージがきた。
若者へ「安売りするな」と言いましたがよくよく考えたら若いうちは自分の価値を高めるために死に物狂いで働く時間でした🙇♂️
ライフワークバランスとか言ってないで将来のために自分のスキルを狂ったように磨いてほしいです🫡
「安売りするな」は、「やるな」「待て」という意味ではない。そう誤解されたくないがために、わざわざ送ってきてくれたのだろう。
都城には、こんな熱い若者がいる。若きオーナーシェフの想いが一人でも多くの若者に伝われば、この地はもっと活性化するはずだ。
(次回に続く)
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