深く多面的に、考える。

メディアリテラシー #03

「クリティカルシンキング」の本質 誤情報に惑わされないための初歩

テーマ「メディアリテラシー」の2回目は、その中核を成す概念であり、メディアリテラシーを身につける初歩でもある「クリティカルシンキング(批判的思考)」について、本質や対訳のあり方も含め、深掘りしていきます。

「TickTok」の約20%が誤解を招く

TikTokの信頼性に関する米NewsGuardのレポート

「新型コロナウイルス感染症」「ウクライナ侵攻」などを検索すると、上位に出てくる動画の19.5%に、誤情報または誤解を招く主張が含まれている――。

今年9月、信頼性を評価する米メディア監視組織「NewsGuard(ニュースガード)」は、「TikTok」に関する衝撃的なレポートを公開した。

TikTokは全世界の若者を虜にしているショート動画アプリ。米国の非営利調査機関が13~17歳の若者を対象としたインターネット利用調査をしたところ、TikTokを利用したことがあると回答したのは67%だった。1位の「YouTube(95%)」に次いで2番目に多く、3位の「Instagram(62%)」を超えている。日本でも、総務省の最新の調査によると10歳代の62.4%が利用している人気アプリだ。

ニュースガードによる調査は、検索機能で上位に表示する動画の真偽を確かめたもの。話題性の高いキーワードを選び、それぞれ上位20位までの動画、計540本の内容をファクトチェックしていったところ、5本に1本に相当する105本に疑義があった。こうしたコンテンツは「重大な脅威である」とニュースガードは指摘。日本語のコンテンツも危うい。

新型コロナワクチンに関する「TikTok」の動画

「新型コロナワクチン」とTikTokで検索すると日本語コンテンツの上位に「新型コロナワクチン打ちますか?」と題した動画が出てきた。2022年11月末の検索だ。

「昨年末、全国の医師、約7000人を対象に実施されたアンケートで、ワクチンを摂取したいと回答したのは何%でしょう?」「じつは、たったの35%。また、30%の医師は受けたくないと回答。その理由の圧倒的1位はワクチンの安全性がまだ確立していないから」……。

薬剤師がテンポ良く、こう畳み掛ける。「いいね!」の数は2638件。しかし、その薬剤師が根拠としている調査を確認すると、「早期にワクチンの接種を受けたい」と回答した医師が35%で、「分からない」が35%、「早期に接種を受けたくない」が30%だったことがわかる。TikTokの動画では「早期に」が抜けていた。

しかも、アンケート実施は2020年11〜12月とまだワクチン接種が始まる前だが、動画中の「昨年末」を「2021年末」と勘違いしてしまう視聴者もいるかもしれない。ニュースガードがこの動画を検証したとしたら、「誤解を招く」と判断する可能性は高い。

警鐘を鳴らす総務省

なぜ今、メディアリテラシーが必要なのか。前回は前後編にわたって、わかりやすく3つの事例から説明した。では、どうすればいいのか。そのカギを紐解く前に、補足としてマクロのデータを共有したい。TikTokの話はその一例だ。

メディアリテラシーが必要なワケ[前編] AIフェイク画像と謎の地下室の示唆

「メディアへの信頼度」について、別の角度から見ていく。

日本人は世界に比べてメディアを信じやすい、というデータがある。世界数十カ国の大学や調査機関が各国国民の意識調査を定期的に実施している「世界価値観調査」。その最新の統計データ(2017〜2020年)によると、日本で新聞・雑誌を「非常に信頼」「やや信頼」している国民の割合は「69.3%」で、ベトナム、フィリピン、バングラデシュに続く4位。先進国のなかでは突出して高く、OECD加盟国では2位のポルトガル(50.4%)、3位の韓国(49.6%)との差が大きく開いている。

新たなメディアの不安。信じやすい国民性。これらがどれほど影響を与えたか不明だが、国民のメディアリテラシーについて、総務省も危機感を抱いていることは間違いない。

今年6月、総務省はメディアリテラシーに関する新たな報告書や教材を公表した。「メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査結果報告」では、諸外国における政策や取り組み、日本おける課題や解決策などが140ページ以上にわたりまとめられている。

このなかで最も重視されているのが「クリティカルシンキング(批判的思考)」だ。これが、今回の記事の「本題」である。

中核となる「批判的思考」という言葉

総務省の報告書はまず、言葉の定義から始まる。総務省は長らく「メディアリテラシー」という言葉を使ってきたが、この報告書から「メディア情報リテラシー」という言葉を使い始めた。これはもともと「国連教育科学文化機関(ユネスコ)」が使用する、より広義の言葉であり、新たなグローバルスタンダードに則ろうとする総務省の意思が垣間見える。

総務省の報告書から引用すると、ユネスコによる定義は以下のとおりだ。

メディアリテラシーと情報リテラシー
メディア
リテラシー
あらゆるコミュニケーション手段を用いて、アクセス、分析、評価、創造、行動する能力(出典:National Association for Media Literacy Education)
  • 民主主義社会におけるメディアの役割と機能を理解する
  • メディアがその機能を十分に発揮し得る条件を理解する
  • メディア機能の観点からメディアコンテンツを批判的に評価する
  • 自己表現、異文化間対話、民主主義的参加のためにメディアに取り込む
  • ユーザーコンテンツを創造するのに必要なスキル(ICTを含む)を身に着けて用いる(以上出典:UNESCO)
情報
リテラシー
情報の必要性を認識し、文化的・社会的文脈の中で情報を見つけ、評価し、応用し、創造する能力(以上出典:UNESCO)
  • 情報の必要性を明確化・区分化する
  • 情報の場所を特定し、アクセスする
  • 情報を批判的に評価する
  • 情報を組織する
  • 情報を倫理的に利用する
  • 情報を交流する
  • 情報の加工の為にICTを利用する(以上出典:UNESCO)
出所:総務省。簡易翻訳はみずほリサーチ&テクノロジーズによる

シンプルに言えば、メディアリテラシーとは「メディアからの情報を読み解く能力」、情報リテラシーとは「情報を扱う(収集・分析・評価・発信)能力」と言い換えることができ、これらを包含する能力がメディア情報リテラシーということになる。

ただし、かつては新聞やテレビなど「マスメディア」からの情報を読み解く能力だったメディアリテラシーの意味合いや定義は、インターネットやSNSの普及とともに拡大した。同時に、情報リテラシーも特別なものではなくなった今、両者の境界は曖昧になりつつある。

また、メディアリテラシーと情報リテラシーの類似性や区分については議論も多いため、本稿では深入りはしない。メディアリテラシーという言葉を広義に捉え、ユネスコの言うメディア情報リテラシーと同義として使っていく。

話が逸れたが、報告書冒頭の定義を見ると、メディアリテラシーも情報リテラシーも、その説明に「批判的に評価する」という文言がある。続く報告書にも、欧米各国の取り組みを紹介するなかで、「批判的に」「批判的思考」というキーワードが多数、出てくる。

「情報に批判的にアプローチ」「自信を持って、批判的に、責任を持ってデジタル技術を利用・活用する」「デジタルコンテンツの出所の信憑性と信頼性を批判的に評価する」「物事を批判的に理解する能力」「情報を批判的に検討し、評価するよう子供を支援」「批判的思考能力を深め、防御を強化する」……。

そして有識者のコメントとして、こうも書かれている。

「一般的には悪意を持っていないが非常に重大なデマが存在し、それらに対しては批判的思考(クリティカルシンキング)が大事だという点で、 EU やユネスコでは一致している」

学問として欧米で発達し、育まれてきたメディアリテラシーにおいて、「批判的に」あるいは「批判的思考」というキーワードは礎でもあり、中核とも言える概念なのだ。

実際に、メディアリテラシー研究の権威「全米メディアリテラシー教育学会(NAMLE)」も、メディアリテラシーを以下のように定義している。

メディアリテラシーとは、あらゆるコミュニケーション手段を駆使して、アクセス・分析・評価・創造し、行動する能力。メディアリテラシーは従来のリテラシー(読み書きの能力)に基づき、新しい形式の読み書き能力を提供する。メディアリテラシーは人々に、クリティカル(批判的)な思考者、創造者、コミュニケーション巧者、積極的な市民になれる力を与える。

「クリティカルシンキング」の本質

では、批判的に評価・分析する、批判的思考をする、というのはどういうことなのか。言葉の本質を考えていく。

批判的思考に関する著書も多い京都大学大学院教育学研究科長・教育学部長の楠見孝教授は、日本心理学会の機関誌『心理学ワールド』への寄稿で、こう指摘している。

批判的思考は「相手を非難する思考」と誤解されることがある。そのため、相手を攻撃する否定的なイメージがもたれている。しかし、批判的思考において大切なことは、第1に、相手の発言に耳を傾け、証拠や論理、感情を的確に解釈すること、第2に、自分の考えに誤りや偏りがないかを振り返ることである。したがって、相手の発言に耳を傾けずに挙げ足を取ることは批判的な思考と正反対のことがらである。

英語の「Critical」には確かに「批判的な」という意味があるが、クリティカルシンキングにおいては、「批評の」「慎重な判断を下す」というニュアンスに近い。字面から単に「批判する思考」と捉えるのは早計だ。

他方、デジタル大辞泉は、こうシンプルに説明している。

物事や情報を無批判に受け入れるのではなく、多様な角度から検討し、論理的・客観的に理解すること。

要するに「鵜呑みにせず、立ち止まって、多面的に考える」ということなのだ。補足すれば「無批判に受け入れず、多面的・論理的・客観的に批評する思考」という理解が正しい。

ではその理解のもと、さっそく実践してみよう。

じつはここまで、批判的思考という対訳を“あえて”使ってきた。しかし上記の説明を受け、なんとなく「批判的」という表現に違和感を覚える方もいらっしゃるだろう。この訳が正しいかどうかという議論があることは、インターネットを調べてみればすぐにわかる。

「アカデミアとジャーナリズムの専門家が執筆 理論と実践をカバーするメディアリテラシー入門決定版!」。という謳い文句を掲げる書籍『メディアリテラシー 吟味思考(クリティカルシンキング)を育む』が2021年12月、時事通信社から発刊された。

「メディアリテラシー」「クリティカルシンキング」で検索すると、この書籍のプロモーション記事が多数、出てくる。そのひとつ、朝日新聞系列のウェブメディア「GLOBE+」の記事では、書籍の共同編著であるスマートニュースメディア研究所の山脇岳志氏が、興味深いことを綴っている。少々長めに引用する。

複雑な世の中を生きていく上で必要な力の一つは「クリティカルシンキング」だ、という見方がある。この英語は、これまで「批判的思考」という言葉で訳されてきた。しかしこの訳語は妥当だといえるだろうか。(中略)

そもそも日本語として定着している訳語が、おかしいのではないか、と思うこともある。たとえば、アメリカ大統領が年に一度、連邦議会両院の議員に向けて行うState of Union Addressは、世界的にも大きな注目を集めるイベントだ。

これは「一般教書演説」と日本語に訳されているが、State of Unionにおける「State」は「状態」という意味で、直訳すれば「アメリカ合衆国の現状についての演説(address)」ということになる。「一般教書」という語感とはかなり違う。

さらにいえば、アメリカ合衆国(United States of America)における「State」のほうは「州」の意味なので、「合衆国」ではなく、「アメリカ合州国」とすべきところである。

しかし、筆者が「合州国」と記事に書いたとしても、確実にデスクや校閲担当の指摘を受け、修正された上で世の中に出る。もはや定着してしまった訳語は、なかなか変えられないのである。

メディアリテラシーの基本ともいえるクリティカルシンキング(critical thinking)も、訳され方がおかしくて、日本で誤解を受けている例なのではないだろうか。

続きは引用元の記事をご覧いただくとして、まさに、この視点こそがクリティカルシンキングそのものであり、わかりやすい実例と言える。

みんなが、ではなく自分で考える

つまり、くだんの書籍は、「批判的思考」という対訳に対してもクリティカルシンキングを実践し、「吟味思考」という対訳のほうがより実態を表現していると結論付け、そのようなサブタイトルを冠して発刊した。

ならば、もっと“吟味”してみよう。先に紹介した書籍の執筆陣の一人でもあるメディアリテラシー研究者、弘前大学教育学部の森本洋介准教授は、べつの著書『メディアリテラシー教育における「批判的」な思考力の育成』(東信堂)で、こう言及している。

メディア・リテラシー教育における「批判」とは、学習者が、活字および電子メディアなどの具体的なメディア・テクストやテーマを対象として、そのテクストやテーマについて学習者自身の価値判断や評価を含めて多面的な視点から判断、評価するということであろう。

ということは、「多面的思考」という対訳でもしっくりときそうだ。ただし、吟味思考、多面的思考、いずれの対訳も定着はしていない。いや、こうした「日本語を無理に当てはめよう」という発想自体、良くないのかもしれない。

考えてみれば、「マスメディア」を「大衆媒体」とは訳さないわけで、いまひとつ定着していない語句を無理に日本語にする必要もない。というわけで、本稿ではクリティカルシンキングを訳さず、これ以降、そのまま表現することにする。

ちなみに、クリティカルシンキングという言葉は、ビジネスの世界でもよく使われる。例えばグロービス経営大学院はクリティカルシンキングを、「これまでの経験や直感に頼らずに、客観的な視点で論理的に考え、その内容を相手に納得感のあるかたちで伝える力」と定義しており、必須のビジネススキルとして講義等で教えている。

同じ言葉でも文脈によって、使う立場によって、定義が異なる。これもメディアリテラシーを身につけるためには、押さえておきたいポイントだ。

マスメディアも総務省もみんながそう言っているから、辞書にそう書いてあるから、「批判的思考」という言葉を使おう――。

そう無批判に受け入れるのではなく、立ち止まり、多面的に情報を調べ、分析し、自分なりの考えを持つことが、クリティカルシンキングの本質と言える。「鵜呑みにせず考える」ことが、メディアリテラシーを身につける初歩なのだ。

このクリティカルシンキングは、欧米では重要な能力として認知されており、教育現場にも浸透している。だが日本の教育現場では、対訳の印象が悪いのか(対立を生むと誤解されているのか)、なかなか浸透していない。

学校の学習環境と教員の勤務環境を調べる「TALIS(Teaching and Learning International Survey、国際教員指導環境調査)」と呼ばれるOECDの国際調査がある。その2018年の報告書で、「児童生徒のクリティカルシンキングを促す」と回答した日本の小学校教員の割合は「22.8%」。中学校教員でも「24.5%」だった。

対して世界の平均は「82.2%」(調査対象の48カ国平均、中学校教員)。4年前の調査と若干古いデータだが、この4年間で著しくクリティカルシンキングが浸透したファクトもない。クリティカルシンキングをベースとしたメディアリテラシー教育が急務と言える。

では、どうクリティカルシンキングを実践していけばいいのか。次回、より具体的な実践編をお送りする。

次回に続く)

実践! ニセ・誤情報に克つ[前編] 5つの「キー・クエスチョン」で考える

  • 筆者
  • 筆者の新着記事
井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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