市内の分娩を見守る“眼”
都城駅からほど近い場所にあるイオンモール都城駅前をかすめ、宮崎市まで続く国道269号を車で進むこと約4分。右手に巨大な医療施設が見えてくる。独立行政法人国立病院機構「都城医療センター(旧国立都城病院)」だ。
ここは、厚生労働省から指定を受けた「地域周産期母子医療センター」も担っており、連日、リスクの高い妊婦、あるいは新生児が運び込まれてくる。それだけではない。院内には、市内で起きている分娩を見守る“眼”が張り巡らされている。
産婦人科の外来処置室、看護師・助産師が待機するモニタールーム、分娩室、救急処置室、手術室、新生児集中治療室(NICU)、新生児回復室(GCU)、カンファレンス室、医師休憩室……。
一見、普通の液晶ディスプレーが、院内の至るところに設置されている。案内をしてくれた産婦人科の古田賢医長は、こう説明する。
「うちの医療センター内での分娩はもちろん、都城市内のほぼすべての分娩時に『胎児心拍数』などのモニタリング情報がこの画面に映し出されます。医師や看護師、助産師がチラチラといつも見ていて、異常だと思ったらすぐに産院に連絡しています」
市内各所の産院とつながった“画面”が、胎児や新生児の命を救っている。
「周産期」とは、妊娠22週から出生後7日未満までの期間。合併症妊娠や新生児仮死など、母体や胎児・新生児の生命に関わる重大事態が発生する可能性が高く、全国的に高度な医療体制が求められている。
この「周産期医療」で、都城市は全国トップクラスの体制と実績を誇る。新テーマ「子育てに優しいまち」では、初回から2回にわたり、周産期医療との戦いにフォーカスしていく。
優秀な都城管内の「周産期死亡率」
2023(令和5)年12月、大手建設の大東建託が毎年恒例の「いい部屋ネット住み続けたい街ランキング2023<宮崎県版>」を発表。宮崎県では都城市が2年連続で1位となった。関連調査の居住者コメントには、こんな文言も並ぶ。
子育てしやすく食べ物が全体的に安全でおいしい。 質の割にコスパが良い。治安も良く、災害の心配等もほぼない。市内に展開しているほとんどのスーパー、銀行、病院、学校全て近くにあり生活しやすい。
子育てしやすいまち。その一つの要素に、周産期医療体制の充実がある。
周産期医療がどれだけ機能しているのか。どれだけの命を救うことができているのか。それを知る指標がある。
「周産期死亡率」。1000件の出産数(出生数+妊娠22週以後の死産数)に対する死亡数(胎児や生後1週間以内の新生児が亡くなった数)の割合だ。数値が低いほど命が救われ、優秀ということになる。
この周産期死亡率で近年、都城保健所管内は好成績を残している。
周産期死亡率(‰) | 2020年 | 2021年 |
---|---|---|
全国 | 3.2 | 3.4 |
宮崎県 | 2.5 ※死亡率の低さで全国5位 |
3.0 ※同全国12位 |
都城保健所管内 | 1.3 ※同全国1位の岐阜県(2.1)より優秀 |
2.0 ※同全国2位の香川県(2.1)より優秀 |
2020年、都城保健所管内(都城管内=都城市と三股町)の周産期死亡率は「1.3(単位はパーミル=‰、以降省略)」と突出して低く、全国平均の「3.2」を大きく下回った。都道府県別で最も低かった岐阜県の「2.1」をも凌駕。紛れもなく“全国トップクラス”と言える。
現時点で宮崎県内の内訳が公表されている最新年は2021年。都城管内の周産期死亡率は「2.0」に悪化したが、それでも全国平均の「3.4」を突き放し、都道府県別で2番目に低い香川県の「2.1」を下回る。
2010年からの12年間、都城管内の周産期死亡率は全国平均を上回ることがない。また、2021年までの10年間の平均値は、全国が「3.6」、宮崎県が「2.9」に対して、都城管内は「2.5」。宮崎県も優秀と言えるが、都城管内が県をリードして来たことがわかる。宮崎県全体の周産期死亡率を引き下げることに貢献しているのだ。
しかし以前は、逆に宮崎県の足を引っ張っていた時代もある。それが、どうして全国トップクラスへと上り詰めたのか――。
答えを知るには、宮崎大学医学部を中心とした戦いの歴史を振り返る必要がある。
宮崎の周産期死亡率がワーストに
宮崎県は長らく、周産期医療の空白地と言っても過言ではないほど、数値が悪かった。
年 | 1980 | 85 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
宮崎県 | 25.5‰ (45位) |
18.2 (44) |
11.4 (27) |
9.0 (38) |
8.5 (31) |
8.1 (34) |
10.5 (47) |
全国 | 20.2‰ | 15.4 | 11.1 | 8.5 | 8.1 | 7.7 | 7.5 |
昭和の時代、宮崎県の周産期死亡率は47都道府県中40位台(下位ほど死亡率が高い)を低迷。平成に入ってしばらく30位台で推移していたが、1994(平成6)年には全国平均が「7.5」のところ、都道府県別で最も悪い「10.5」となり、不名誉な記録をつけた。
この難局に立ち向かったのが、1991年に医学部産婦人科教授として宮崎大学に入り、医学部長や附属病院長などを経て、2015年より学長を6年務めた池ノ上克氏だった。
当時、学長だった池ノ上氏は、2017年9月の「広報 都城」に掲載された周産期医療の特集で、こう語っている。
私が宮崎大学に赴任した平成3年(1991年)当時、宮崎県は周産期死亡率が高い状況でした。しかし、周産期医療は、産婦人科医であれば誰でもできるわけではありません。未熟児などリスクの高い赤ちゃんを管理・治療できる知識などを持っていなければ、周産期医療を行うのは難しいのです。
そこで、まずは医療従事者の教育が必要だと考えました。若手の医師たちを対象に、妊婦や胎児、出産後の母子の管理の仕方を徹底的に指導。
(中略)次に、県内を4地区に分け、リスクのある母子を治療するための拠点を整備。県西地区では、周産期医療を行っていた都城医療センターの充実を図り、地域周産期母子医療センターとしました。さらに、県内の地域周産期母子医療センターに、周産期医療を習得した宮崎大学の医師を派遣。この体制が整うまでに、7年ほどかかりました。
新生児医療もできる産婦人科医を育てよう。出産直後の新生児に迅速で適切な処置や蘇生を産婦人科医ができれば、死亡や後遺症も減らせるだろう――。
池ノ上氏のリードで、宮崎大学出身の産婦人科医は、母体のハイリスク管理から、小児科医の領域である新生児の蘇生までを学び、実践した。都城医療センターの古田医長は、こう補足する。
「出産直後に怖いのは、脳性麻痺による死亡、あるいは後遺症です。脳性麻痺を減らすポイントは『ハイリスク妊娠の抽出』『分娩管理』、そして、きちんと蘇生ができる『新生児管理』。その3本柱を、池ノ上先生が立ち上げていった」
新生児医療も担える産婦人科医を育成
「母体のハイリスク管理をどうすればいいか。若い医者をカンファレンスで育てあげ、それまで産婦人科医がやってこなかった新生児管理もしっかりと担えるようにして、心臓や息が止まっている赤ちゃんを適切に措置できるようになれば、少なくとも新生児の死亡を減らせることができる。うまく介入できれば、神経学的後遺症も減らせると。そういうことを、約30年前に池ノ上先生が来て、立て直していったんです」
特に危険なのは、妊娠22週から26週前後に産まれる1000グラム未満の超未熟児。産まれた際、小児科医の到着を待つのではなく、出産を担当した産婦人科医がその場で気管挿管して人工呼吸をしたり、カテーテルで輸液したりして、大学病院につなげるまで耐える。宮崎大学医学部産婦人科の医局全員に、そのスキルが求められ、全員が研鑽を積んだ。
全国的には、分娩までは産婦人科、分娩後の新生児医療は小児科という分業がなされ、引き継ぐことがセオリー。両者には壁があり、今でも新生児医療を担える産婦人科医の育成は珍しいという。小児科の反発はなかったのか。古田医長はこう答えた。
「もともと、宮崎には小児科が新生児を蘇生するという文化がなかった。現在ほど体系的な新生児蘇生が普及していなかった当時、状態の悪い赤ちゃんが生まれても、その場には分娩を担当する産婦人科の医師しかいない。十分な教育体制や物品も不十分な中、危うい場面もあったと聞きます。だから、低迷していたんです」
「池ノ上先生からすれば、宮崎県は周産期医療の未開の地。だからこそ、テコ入れができた。これは、数字の改善には非常に大きかったと思います」
効果は目に見えて出た。
全国ワーストとなった翌年の1995年、宮崎県の周産期死亡率は全国平均「7.0」より低い「6.0」へと大幅に改善し、都道府県別で47位から一気に6位まで跳ね上がった。その後、乱高下を続けたものの、1999年と2004年には都道府県別で1位を記録する。
年 | 1995 | 96 | 97 | 98 | 99 | 00 | 01 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
宮崎県 | 6.0‰ (6位) |
6.0 (9) |
6.7 (28) |
6.5 (31) |
3.9 (1) |
4.9 (7) |
5.4 (20) |
全国 | 7.0 | 6.7 | 6.4 | 6.2 | 6.0 | 5.8 | 5.5 |
02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 平均 |
6.5 (42) |
4.5 (8) |
3.1 (1) |
3.7 (2) |
3.7 (2) |
4.2 (15) |
4.1 (20) |
4.9 (13.7) |
5.5 | 5.3 | 5.0 | 4.8 | 4.7 | 4.5 | 4.3 | 5.6 |
ワーストを脱却した年から県の最新の数値が出ている2022年までの28年間を二分割した前半、1995年から2008年までの14年間に限れば、宮崎県の平均順位は47都道府県中13.7位に。同期間の周産期死亡率の平均は、全国の「5.6」を下回る「4.9」となり、最悪の状況は脱した。
だが、池ノ上氏を始めとする宮崎大学医学部の改革はこれに終わらなかった。
2009年から22年までの14年間の平均を同様に算出すると、宮崎県の平均順位は8.1位に上昇し、同期間の周産期死亡率の平均を「3.1」まで下げることに成功している。いったい何があったのか。
年 | 2009 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
宮崎県 | 3.6‰ (9位) |
3.0 (2) |
4.3 (20) |
3.1 (3) |
3.1 (6) |
2.7 (2) |
3.6 (19) |
全国 | 4.2 | 4.2 | 4.1 | 4.0 | 3.7 | 3.7 | 3.7 |
16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 平均 |
3.5 (20) |
2.5 (1) |
2.6 (5) |
2.5 (4) |
2.5 (5) |
3.0 (12) |
2.8 (6) |
3.1 (8.1) |
3.6 | 3.5 | 3.3 | 3.4 | 3.2 | 3.4 | 3.3 | 3.7 |
「周産期母子医療センター」の整備
ハイリスクな胎児と新生児を総合的にケアする周産期医療。それを掲げる医療施設は、全国的に足りていなかった。
地方では、周産期医療を提供できる施設がない地域もあり、1996年(平成8年)、国が「周産期母子医療センター」の整備を支援することになった。東京都や群馬県など早い自治体は1997〜98年あたりから周産期医療センターを整備。しかし宮崎県では、長らく周産期母子医療センターの設置がなかった。
そこで、2007年に医学部長となった池ノ上氏の号令のもと、宮崎県内を4ブロックに分け、2008年、宮崎大学を頂点とした周産期母子医療のネットワークが張り巡らされた。
国の制度ではまず、最終的に最も困難な患者を受け入れる三次医療施設「総合周産期母子医療センター」の設置が求められる。指定を受けるには「母体・胎児集中治療管理室(MFICU)」を含む産科病棟や「新生児集中治療管理室(NICU)」、ドクターカーなどを備え、常時、母体・新生児搬送受入体制を有し、高度な周産期医療に対応するなどの条件がある。
宮崎県では、すでにその条件を満たしていた宮崎大学医学部附属病院が三次指定を受け、地域ごとハイリスク妊娠に対応する二次医療施設として、県内6施設が“地域”周産期母子医療センターに認定された。
まちの産婦人科医院など一次医療施設でリスクが顕在化した場合、各地域の二次医療施設が受け入れる。なるべく二次で完結できるよう、各地域の周産期母子医療センターには宮崎大学で専門的な教育を受けた産婦人科医が派遣された。それでも対応が難しい場合は、三次の宮崎大学へ搬送し、最悪の事態を回避する。
4ブロックのうち、県西の周産期医療を担う二次施設が都城医療センターである。
都城医療センターには、6床のNICUと12床の「新生児回復室(GCU)」を整備。現在は都城市内5カ所にある産科医療施設を中心に、三股町や鹿児島県霧島市など近隣自治体も含め、広域で緊急搬送を受け入れている。
2022年、宮崎県全体では7295人、都城保健所管内(都城市・三股町)では1446人の赤ちゃんが産まれた。このうち、都城医療センターが担当した分娩数は440件。約3割が、ハイリスク分娩だったということになる。この傾向は例年、変わらないと古田医長は言う。
「都城医療センターは原則、ハイリスク分娩は断らないという基本方針で搬送依頼を受け入れています。重篤な患者は三次施設の宮崎大学に搬送しますが、そこのメンバーはほとんど顔見知り。連携は万全に取れています」
安定しなかった県西地区
産婦人科医のスキル向上に、医療施設ネットワークの拡充。ソフトとハードの両輪で周産期医療改革にあたった宮崎県の周産期医療死亡率は、徐々に改善されていく。
しかし一方で、安定しないという悩みが払拭できていなかった。改革の陣頭指揮を執った池ノ上氏は先の「広報 都城」で、こう吐露している。
(医師のスキル向上と周産期医療センター整備の)取り組みが実を結び、県の周産期死亡率が下がり、全国でもトップクラスになりました。しかし、なぜか県西地区だけは周産期死亡率が高く、どうにかしなければいけないと思いました。
例えば2007年、都城保健所管内の周産期死亡率は「6.4」と、全国の「4.5」よりもだいぶ高かった。都道府県別でワースト2位の沖縄県と同率であり、宮崎県全体の死亡率を押し上げた。
周産期母子医療センターが設置された翌年の2009年は「5.9」と若干、改善されたものの、ワースト1位だった岩手県の「5.4」より高い。都城管内は全国で最も周産期死亡率が高い地域となってしまった。
そこで宮崎大学を中心に、さらなるテコ入れが都城を中心とした県西地区から始まることになる。
都城医療センターでも扱いきれない重篤な例などは三次送りとなるが、年間420〜470件で推移する都城医療センターでのハイリスク分娩のうち、宮崎大学へ搬送するのは月に1〜2件ほど。つまり、一次と二次の連携が肝になる。
ここを劇的に強化するシステムを、宮崎大学や県は都城保健所管内で導入することにした。それが、冒頭で紹介した、市内の分娩を“見える化”する仕組みである。
分娩時医療情報ネットワークシステム
都城市を中心とする都城圏域において、二次の都城医療センターと、域内の一次医療施設(産科医療施設6カ所、助産院3カ所)をインターネット回線で結び、リアルタイムで胎児や母体の情報を共有する全国初の「分娩時医療情報ネットワークシステム」を構築。2012(平成24)年6月から順次、稼働を始めた。
一次医療施設の分娩監視装置を、その地域の周産期母子医療センターの分娩監視装置とネットワークでつなぎ、さらに三次施設もつなぐ試み。これにより、まちの産院などで測定された「胎児心拍数陣痛図(cardiotocogram:CTG)」や、一次施設側の装置によっては母体の心拍数図を、離れた場所にある都城医療センター、あるいは三次施設の宮崎大学でもリアルタイムで確認できるようになった。
CTGは、胎児の心拍数図と母体の子宮収縮(陣痛)圧を経時的に測定・記録するもので、胎児の状態を評価するのに欠かせない情報。その測定を「CTGモニタリング」と呼ぶ。結果が記録されたモニタリング情報は、一般人にはただの波形。だが、専門的知識を備えた産婦人科医や助産師は、そのわずかな変化から「常位胎盤早期剥離(早剥)」などの異常事態を察知できる。
胎児は胎盤を介して母体から酸素や栄養を受けている。その“命綱”が剥がれる早剥が起きると、脳性麻痺などの障害を引き起こし、最悪は死に至ることもある。そうしたリスクがあるのかどうか、どのくらい進行しているのか――。
情報をリアルタイムで共有できるようになったことで、都城の周産期医療は大きく変わったと古田医長は話す。
「脳性麻痺などを阻止する3本柱のうち、分娩管理だけがブラックボックスでした。どういう管理をしているのか、どういう状態だったのか。わからないなか、状態の悪い赤ちゃんが運ばれてくる。でも、こちらとしては運ばれる前の状態も明らかにしたい。分娩前後の赤ちゃんの心拍数を知りたい。それがシステムで可能になったのは大きい」
「以前は、本当に危なくなって運ばれたあとに、紙に印刷されたモニタリング情報を見ていました。それが、ネットワークでつながり、運ぶ前から医療センター内のどこでもモニタリングを見られるようになって、一次の開業医のお医者さんなどと相談しながら、余裕を持って搬送を決めることができる」
「モニタリングを見ていて、危ないなと思ったら、こちらから一次に連絡することもあります。たまに助産師さんが『これ大丈夫ですか?』と聞いてくれて、『おお、これはやばいかも』となって、連絡することもあります」
モニタリング情報の共有は有効
ネットワークシステムのメリットを整理するとこうなる。
1つ目が、一次と二次の医師がモニタリング情報を共有して議論できることで、より的確な判断を下せること。分娩時のリスク対応を一次の医師だけで決めるのは難しい。二次側の医師も突然の搬送に対応するのは困難。それを解消するだけでなく、一次、二次、三次で対応すべき妊産婦がより明確になり、リスクレベルに応じた周産期医療が実現できる。
2つ目は、二次医療施設の医師や看護師、助産師らの眼によって、一次では気付けなかった潜在的なリスクを発見できること。最後に、二次搬送が決まった際、事前に見ていたモニタリング情報のおかげで、受け入れ準備を的確に進められることが挙げられる。
モニタリング情報のリアルタイム共有は、明らかに効果をもたらした。
都城にネットワークシステムが導入された2012年からの3年間と、それ以前の3年間の都城保健所管内の周産期死亡率を比較すると、導入前は「4.0」だったのに対し、導入後は「2.4」に改善されている。
都城管内が県の数値をリードしたことは、導入前後の11年間の数値を比較することでも伺い知ることができる。導入前の11年間、2001〜2011年の宮崎県の周産期死亡率は、毎年の都道府県別の順位を平均すると12.8位だったのが、2012〜2022年は7.5位に上昇。同期間の死亡率平均は、導入前の「4.2」に対して導入後は「2.9」と大きく改善している。
別の角度からも、ネットワークシステムの有効性は明らかになっている。
胎児の体内を巡り、母体に送り返す「臍帯(さいたい)動脈血」。そのガス分析で知る「水素イオン指数(pH)」は、新生児の代謝状態を示す貴重な指標。胎児の低酸素状態や、酸が過剰に存在する「アシドーシス」などを察知できる。pHが7.1を下回ると危険、pH7.0未満は新生児死亡や脳性麻痺などの神経学的後遺症が生じるとされている。
この臍帯動脈血のガス分析を、ネットワークシステム導入の前後で比較した検証結果がある。導入前の2011年1月〜12年5月の期間、pH7.1未満は総分娩数2327件中「10件(0.43%)」だったのに対し、導入後の2012年6月〜2013年12月の期間は2748件中わずか「3件(0.11%)」に減少していた。
つまり、苦しい状態で生まれてくる赤ちゃんの数が減ったということ。古田医長は「モニタリング情報の共有によって、分娩管理が改善された結果」と指摘する。
いまだに独走状態の都城
都城圏域で先行導入されたネットワークシステムはその有効性が明らかとなり、宮崎県全域にも導入されていった。
2017年7月、まずは宮崎市を中心とする県央エリアの全産科施設(21施設)に分娩監視装置と、それを二次医療施設につなぐネットワークシステムが導入された。残す県北、県南エリアにも順次、導入され2019年に県下全域をカバーするに至った。
ところが……。都城圏域へのシステム導入から12年あまり。全国的には、まだ珍しい事例なのだと古田医長は言う。
「一次と二次のネットワークシステムは、他県でも導入の動きはあるものの、12年経っても、全国的にはまだ普及しているとは言えません。宮崎県内ではこの数年で全域に広がりました。それでも、システムの利活用という観点では、都城が突出して進んでいると思います」
確かに、宮崎県内の周産期死亡率の内訳が公表されている最新年(2021年)の数字を見ると、都城管内は妊娠・出生数のわりに死亡数が少なく、周産期死亡率も県内で最も低いことがわかる。
妊娠満22週以降の死産(件) | 早期新生児死亡(件) | 周産期死亡率(‰) | |
---|---|---|---|
宮崎市 保健所 |
11 | 2 | 4.2 |
都城 保健所 |
2 | 1 | 2.0 |
小林 保健所 |
ー | 1 | 3.8 |
高鍋 保健所 |
2 | ー | 3.2 |
日向 保健所 |
3 | 1 | 6.6 |
合計 | 18 | 5 | 3.0 |
なぜ、いまだに都城は独走しているのか。その答えは一次医療施設に隠されていた。次回、まちの産院に視点を移し、一次医療施設側から都城の周産期医療を見つめる。
(次回に続く)
独立行政法人 国立病院機構「都城医療センター」 | |
---|---|
住所 | 宮崎県都城市祝吉町5033番地1 |
電話番号 | 0986-23-4111 |
外来受付 | 8:30~11:00 |
休診日 | 土曜・日曜・祝祭日および振替休日、年末年始(12月29日~翌年1月3日) |
公式 | 都城医療センター |
受付時間・休診日は変更となる場合がございますので、ご来院前にご確認ください。