TicTok・インスタ・Twitterで活動
「じつはこう見えて、僕たち、長男と三男です」。青空の下、さつまいも畑のうねのあいだに立つ男性2人が音楽に合わせて軽快にダンス。これは若者に人気の動画アプリ「TikTok」に投稿された通称「さつまいも兄弟」の動画だ。
ほかにも、「農家になって言われたこと、大丈夫なの? 汚れるよね、朝早そう、給料低そう、キツそう、大変そう……農業の良さを伝えていきます!!」「どげんかせんといかん!!」というテロップとともに突撃レポートをしたり、ドッキリを仕掛けたり……。
都城市でさつまいも作りに精を出す20代の兄弟、山下農園の“主任”こと長男の山下正義さん(28)と、“農場長”こと三男の山下竜之助さん(25)は、SNSでこうした動画や写真を日々、さつまいも兄弟としてアップしている。
フォロワー数はTikTokが約2800ユーザー。「Instagram(インスタグラム)」は兄弟それぞれに山下農園のアカウントも足すと約1万4000ユーザー。そして、山下農園の公式「Twitter(ツイッター)」は約3万ユーザーと、都城の、しかも農業をテーマとしたアカウントではトップクラスと言える。
ただし、彼らは単に有名になりたいわけではない。遊んでいるわけでもない。狙いは、農業の楽しさや素晴らしさを知ってもらうこと。そして、手塩をかけて育てたさつまいもをネット通販で買ってもらうことにある。
描くビジョンは壮大。父が抱いた夢へと着実に歩を進める兄弟の“野望”を追った。
「このままでいいのか…」動いた三男
都城市のほぼ中央、田園風景の広がる森田原(もりたばる)地区。この地で、さつまいも兄弟の祖父が山下農園を興した。当初はさまざまな野菜を作っていたが、兄弟の父である山下光明さん(58)の代になると電照菊の栽培へ転換。1998(平成10)年には「葉タバコ」と「原料用甘藷(かんしょ)」の生産へと切り替えた。
原料用かんしょとは、焼酎の原材料となるさつまいものこと。山下農園は「黄金千貫」と「紫まさり」の2品種を地元の大手焼酎メーカー、霧島酒造に納入してきた。
一方、山下農園に生まれた6人の子どもは末っ子以外、都城を離れ、それぞれの道を歩んでいた。
父・光明さんが「ウルトラ6兄弟」と呼ぶ自慢の我が子は、長女、次女、そして長男の正義さん、次男、三男の竜之助さん、三女という構成。まず、行動を起こしたのは、三男の竜之助さんだった。
小さい頃から農家を継ぐ気はなかった竜之助さんは高校卒業後、福岡県北九州市にある化学関連会社に就職。軟式野球の実業団に所属した。しかし、夜勤が多く、薄給。日々の生活がつまらなく思えた。
「このままでいいのかな……。こんな稼ぎなら、自分で頑張ってやったほうが面白いんじゃないか」
ふとそう思った時、実家の農業が楽しそうに見えた。やってみたいという気持ちが沸々と湧き上がり、光明さんに相談した。「大丈夫か? 本当か?」と言われたが、約1年後の2020(令和2)年11月、都城にUターンして家業に入った。
これに触発されたのが、長男の正義さんだ。
目指すは「ふかふかの土」
高校を卒業後、自衛官の道を選んだ正義さん。陸上自衛隊・普通科に所属し、都城駐屯地で6年間勤務した後、奄美大島へ。そこで竜之助さんの転身を知り、驚いた。じつは、長男として「いつかは都城へ戻って家業を継ごう」と考えていたからだ。
弟に先を越されてしまった格好になるが、もともと「いつかは兄弟も呼び寄せようと考えていた」という正義さんにとって、渡りに船。竜之助さんから遅れること1年。正義さんも計画を前倒しして自衛官を辞め、2021年8月に都城に戻り、山下農園の一員となった。
2021年には日本たばこ産業(JT)が葉タバコの作付けを廃止する農家を募集したため、山下農園も手を挙げ、葉たばこの廃作を決めた。
ここから、さつまいも兄弟が八面六臂の活躍を見せ始める。
兄弟の役割分担は明確。長男の正義さんは、SNSでは主任として登場するが、名刺の肩書きは「企画営業」。「昔からアイデアや発想を思いついたり、仕組みを作ったりするのが好き」と話す。対して、「僕は芋を作ったり、農業機械に乗ったりするのが好きで、PC作業は苦手」と言う三男の竜之助さんは「農場長」。山下農園の後継者という位置づけだ。
兄弟がまず着手したのは、“食用”への参入だった。焼酎向けの原料用かんしょだけでは心もとないと、「さつまいもブーム」で需要が伸びている食用のさつまいも栽培にも挑むことにした。
現在、山下農園が生産する食用さつまいもの品種は「紅はるか」「紅まさり」「シルクスイート」。中でも力を入れているのがシルクスイートで、生産量は食用の半数を占める。
「都城では、やっぱり都城市で生まれた品種の紅はるかが有名で、生産者も多い。シルクスイートを作っている農家は少なく、推しているところもないので、そのポジションを獲っていこうと考えました」と正義さんは話す。
こだわりは品種だけではない。畑の土壌作りにも力を入れる。
都城は畜産が盛んなため、大半の農家は家畜の糞をタダで分けてもらい、土などに混ぜ合わせて堆肥とするのが一般的。だが、山下農園はそれをしない。
「徹底した温度管理で発酵させた『完熟堆肥』を地元の堆肥メーカーから買って、畑に入れています。さつまいもをおいしくするにはお金がかかるんです」と竜之助さん。既製品に満足せず、堆肥メーカーに勉強会を開いてもらったり、土壌成分を分析したりして、自社に最適な堆肥作りを追求している。「目指すはふかふかの土。雨が降った後にズボッと足が入っていくような土のイメージです」。
こうした土壌で育った山下農園のさつまいもの特徴は舌触りが良く、「ねっとり」ではなく「しっとり」とした味わいだと、購入者などからよく言われるそうだ。
SNSが生んだ同世代農家との交流
さつまいも兄弟は2021年、インターネットを通じた直販にも挑戦し始めた。背景には「商品を自由に値づけしたい」という正義さんの思いがある。「全国には自分たちの手で作物を売って、稼いでいる人がいる。(Uターンをする前)第三者目線で山下農園を見ていて、『安売りをしているただの作り手』という印象でした」。
付加価値をアピールし、単価は高めに設定した。都城では、さつまいもの出荷価格は1キロあたり平均100円が相場。それを山下農園はキロ平均400円で販売している。
それでも売り上げは好調。山下農園の売上高は、2021年に食用さつまいもの生産を始めてから3年間で2倍に膨らんだ。ネット通販に限れば初年度の3倍になっているという。
このネット通販に「大きく貢献している」(正義さん)というのが、冒頭で紹介したSNSでの発信。TikTokのダンスは正義さんの発案で、竜之助さんは「言われるがまま、演者に徹している」。それでも効果は絶大。SNSを日々投稿している期間と投稿しない期間とを比べると、ネット通販の売り上げは2倍も開きがあるそうだ。正義さんは言う。
「都城でSNSをやっている農家なんてないに等しいので、そこが強みかなと。僕らと同世代の『パパママ世代』などのお客さんを得ることができています。全国の同世代の農家からもメッセージがたくさんくる。SNSをきっかけにつながりもできて、関東から視察に来られた方がいますし、先日は僕らも茨城の農家さんに会いに行きました」
兄弟の新たな挑戦は続く。今年1月には、ふるさと納税に参入。山下農園の噂を聞きつけた市役所から打診されたそうだ。
直販も伸びており、ふるさと納税も加わると、作業場が手狭になる。これまで、実家の空きスペースを商品梱包・発送の作業場にしていたが、需要増を見越して今年2月、物流倉庫を新設した。名付けて「山下ベース」。収穫したさつまいもの選別から、商品梱包、発送まですべてを山下ベースで行っていく計画だ。
今や、食用の比率は全さつまいも生産量の半分まで伸びた。近隣の農家には高齢化や後継者不在で農業をやめてしまうところが多く、そこから畑を借りることで規模も拡大してきた。兄弟2人が山下農園に入った当時、原料用かんしょだけで8ヘクタール(ha)だった畑は食用への参入で10ha、12haと徐々に大きくなり、2023年には14haまで広げるという。
ところが、これは兄弟の計画の序章にすぎない。さらに多くの兄弟が集結し、1次産業(農林漁業)者が、食品加工(2次産業)や流通・販売・サービス(3次産業)にも取り組む「6次産業化」を目指している。それは遠い未来の話ではない。
6次産業化、父の夢を叶えていく
「今年中に、さつまいものスイーツ店をオープンさせたい」――。
正義さんはそう明言する。場所は市内中心部。そして、山下ベースも有力な候補地だ。山下ベースがある土地は、まだ余裕がある。あたり一面、畑が続き、さえぎるものはない。その先に霧島連山が悠然と構える絶好のロケーションだ。
ここにカフェを作り、山下農園のさつまいもで作ったスイーツを提供しようと画策している。女性の力も必要で、姉と妹に参画してもらうつもりだ。
店舗を任せるのは、末っ子の三女。高校生の頃からアルバイトをしていた都城市内中心部のカフェで今も働いており、経験とノウハウを積んでいる。
さつまいもスイーツの加工・製造の担当は長女。夫の仕事の都合で広島県にいるが、「皆で一緒にやったら絶対に楽しい」と口説いた。今春、夫に先行して姉とその子どもが都城に戻ってくる予定だという。
カフェは壮大な計画のごく一部。そのほかの県外にいる2人を含め、いずれは“ウルトラ6兄弟”の全員で事業を拡大していきたいと考えている。
「山下ベースがある場所一帯を開拓して、観光農園や農家レストラン、グランピングも楽しめるレジャー施設などを作って、都城の人気スポットにしていきたい」と正義さん。さらには、「山下農園の野球チームも作りたい」と夢は膨らむ。
規模にもよるが、実現可能性は十分にある。6兄弟のうち男児は幼少期から野球一筋で、地元では「山下3兄弟」の名は知られる存在だった。次男は、沖縄の社会人野球チーム「エナジック」硬式野球部の現役選手でもある。
見据えるのは「美容」「健康」「スポーツ」「レジャー」「観光」という5事業の立ち上げ。突拍子もない絵空事に聞こえるかもしれないが、彼らは本気だ。なぜなら5事業への業容拡大は、父親の夢だったからである。
行政はもっと若者が稼げるサポートを!
父・光明さんは長年、5事業への進出を自身の夢として子どもたちに語っていた。ところが、農協に頼った販売から脱却できず、農業を取り巻く環境も厳しくなるなか、夢は諦めかけていた。
継ぐ子もいない。自分の代で廃業する覚悟を決めていた矢先、息子たちが帰ってきた。
「正直、ただ作物を作るだけの農業をやっていても楽しくなかった。でも、今は農業にこだわらず、いろいろなことができる時代になってきました。息子たちも帰ってきて、これ(山下ベース)もできたし、ここからがスタートかな。楽しみですよ」。光明さんはそう言って、相好を崩す。
父の夢を継ぐウルトラ6兄弟の壮大な夢。その傍らで農場長の竜之助さんは、“本業”である地元の農業を活性化させる夢も抱く。
「儲かる農業をつくれば、若者も残るはず。いずれは、若い人をどんどん雇い入れて、独立させるような教え方をして、若い農家をどんどん増やしていきたい。なんで? 若い農家がいないから(笑)」
志をともにする同世代の仲間を増やしたいという純粋な思い。継ぎ手のいない個人農家が廃業し、法人にのまれていく。その現状を変えない限り、若手は残らないと考えている。若者の就農を増やすには行政の力も必要だと竜之助さんは指摘する。
「親が農業をやっていて、後継者で入る若手はちらほらいるけど、新規で始める人はいない。例えば、農業を始める人に対して、1年間は無償で都城市が畑と農機具を提供するなど、若者にもうちょっと手厚いサポートをしてほしい。そういう支援があれば、農業のイメージも変わるんじゃないかな」
最後に、同世代へのメッセージを聞いた。
「農業は、人を助けることもできるし、支えることもできる。自分も食っていける。今後の世界を見たとき、間違いなくもっと重要な産業になっていく。もっと若手に入ってきてほしい」と正義さん。
竜之助さんは「安定を求めるなと言いたいですね。十数万円の給料がほしいならバイトでも稼げる。だったら自分が好きなことをして、それくらい稼げるようになった方がいいんじゃないか」と挑戦意欲を駆り立てる。
若者のやる気を後押しし、地元・都城に彼ら、彼女らが輝ける場所を作っていきたいとするさつまいも兄弟。明るく前向きな彼らが、都城を変える原動力になろうとしている。
(次回に続く)