深く多面的に、考える。

ふるさと納税日本一の舞台裏 #03

都城市ふるさと納税大躍進のなぜ[後編] 日本一へ導いた市長の慧眼と職員の覚醒

「ふるさと納税日本一の舞台裏」2回目の後編では、いかにして2014年度の大躍進が起きたのか、“覚醒”の内実を探ります。(前編からお読みください)

都城市ふるさと納税大躍進のなぜ[前編] 起点となった「対外的PR戦略」

1年は「肉・焼酎」のみを推す

2014(平成26)年8月、ふるさと納税の全面リニューアルを2カ月後の10月に控えていた都城市役所は、大胆な発想の転換を迫られていた。

「とにかく『日本一の肉と焼酎』を軸に、都城市の対外的PRを強化していく。リニューアル後のふるさと納税の返礼品も、しばらくは肉と焼酎だけでいい」――。

池田宜永市長の大号令で、肉と焼酎を目玉とした「対外的PR戦略」が動き出す。同時に、ふるさと納税の担当部門にも、「肉と焼酎推し」の圧力がのしかかった。

従前の公務員の発想であれば、特定の業種や商品“だけ”を優遇することは、公平・平等に市民に仕える立場として避けるべきだ。肉と焼酎に限定すれば、ほかの業種の事業者がどう思うのか、なんと言われるのか、想像に難くない。

ふるさと産業推進局の野見山修一副課長

ふるさと納税のリニューアルは、2014年4月に新設された企画部門の総合政策課に委ねられた。そこに、ふるさと納税担当として4月に着任した野見山修一副課長(当時の肩書きは副主幹)は、しばしの葛藤ののち、考えを改めた。

「考えてみれば、新装開店やイベント時のスーパーも、すべての棚を平等に扱っているわけではない。スタートダッシュや集客のために目玉商品を準備して、お客さんを呼び込んでいる」「うちも、肉と焼酎を売るのが第一の目的じゃない。肉と焼酎で全国に都城市を売って、都城市のふるさと納税の売り場を盛り上げるんだ」……。

こう考えるに至り、腹をくくった野見山副課長は、肉と焼酎に特化する期限を「リニューアルから1年」と定め、それ以外の返礼品を出品したいと希望する事業者に「1年待ってください!1年後、お客さんをたくさん連れてきますから」と頭を下げて回った。

そうと決まれば、次は具体的な個別の戦略が必要だ。肉と焼酎をただ並べればいいわけではない。

徹底した差別化「どこよりも良いものを」

都城市のふるさと納税の売り場を特別なものにしなければ、お客さんは集まってはくれない。池田市長からも「どこよりも良いものを揃えよ」という注文がついていた。

各自治体のふるさと納税の売り場や返礼品は、インターネットを見ればすべて把握できる。どうしたら勝てるのか。時間の許す限りつぶさに見て回った結果、方向性が見えてきた。

「肉」でこだわったのは、県外の自治体には手が出せない「宮崎牛」。肉質の等級「A4ランク」「A5ランク」のみが名乗ることが許される高級ブランドで、宮崎県内のほかの自治体でも取り扱いが少なかった。

全国的にも評価が高い宮崎牛(「より良き宮崎牛づくり対策協議会」のウェブサイトより)

折しも、全国的な宮崎牛の評価も高まっていた。「和牛のオリンピック」と称される5年に一度の「全国和牛能力共進会」では、2012(平成24)年の第10回大会から今年10月に開催されたばかりの第12回大会まで、4回連続で宮崎牛が内閣総理大臣賞を獲得している。

この宮崎牛の中でも「都城産」を中心に、市内の事業者の協力を得て希少価値の高いA5ランクのみを取り揃えた。

豚肉にもこだわった。JA都城黒豚出荷協議会のわずか4名の黒豚の生産者グループが生産する自慢のブランド黒豚「Mの国黒豚」を返礼品として確保。ほかにも都城市には多数のブランド豚が存在するが、リニューアルから1年はこの1本で勝負することにした。

「焼酎」では、やはり県内屈指の霧島酒造を推していくしかない。霧島酒造は「黒霧島」の人気に火がついたことで、2012年に全国の焼酎メーカーで売上高1位となっていた。

さらに、2003(平成15)年に発売された「赤霧島」は毎年春と秋の2回のみ数量限定で出荷されており、発売されると即完売。希望小売価格よりも高値で取り引きされ、都内の居酒屋などでは1杯2000円ほどで提供されるほどの“プレミア化”が続いていた。

当時、霧島酒造の黒霧島はほかの自治体でも取り扱いがあったが、赤霧島の取り扱いはほとんど無かった。都城市は霧島酒造に協力を仰ぎ、霧島酒造も「市のためなら」と快諾。赤霧島をふるさと納税でも提供できるよう、在庫を確保した。

返礼品の取り揃えは、黒霧島と赤霧島を中心にした霧島酒造の焼酎のみ。都城市内にはほかに3つの焼酎メーカーがあるが、野見山副課長はそのすべてに1年待ってもらうよう頭を下げ、戦略を理解してもらい、了承を得た。

大胆な価格戦略も「対外的PRのため」

商品の差別化の次は、大胆な価格戦略。あえて還元率を高く設定した。

今は、寄附金額に対する返礼品の価格(調達価格)の割合を3割以下にしなくてなならない、という規制が存在する。いわゆる、還元率や返礼率の「3割ルール」というものだ。しかし、当初は返礼品の内容や還元率について具体的に示したルールは存在していなかった。

最初の数年間は、ふるさと納税市場全体も伸び悩んでいた。そのため、各自治体がなんとか都市部の住民の目を引こうと創意工夫をし始めたのが、ちょうどこの頃だ。

都城市が選んだ戦略は、高い価値のある商品をお得に提供すること、つまり還元率を高くすることだった。ただし、その目的は寄附金の分母を増やして、手元に残る財源を確保することではない。あくまでも、狙いは都城の対外的PRにある。

リニューアル当初の都城市の返礼品は、商品調達で6割、送料などの経費を加えれば8割くらいのコストがかかっており、市には2割くらいしか残らなかったという。池田市長が「2割すら残す必要ない」と言うほど、対外的PRのツールとして割り切っていた。まずは、都城市の名が轟けばそれで良い、と。

民間では、新サービスの開始時に採算度外視で大胆なプロモーション予算をかけ、スタートダッシュをすることが当たり前のように展開されている。そうして知名度を上げ、顧客を獲得したあと、果実を回収する。都城市も、民間感覚の手段を取り入れ、改革を進めていった。

ダメ押しの「牛一頭500万円」

商品の差別化に大胆な還元率。ダメ押しが、大胆な「目玉企画」だった。

「宮崎牛一頭分まるごと500万円!」「焼酎1年分、黒霧島1升瓶を365本お届け!」……。

老舗のふるさと納税ポータルサイト「ふるさとチョイス」。2014年10月7日、その都城市の“売り場”に、一般のネット通販でも見かけないような商品が並んだ。

大きなPR効果を狙うには、商品力と価格力だけでは弱い。都城市は、地元事業者の担当者とああでもない、こうでもないとアイデアを出し合い、こうしたインパクトのある目玉企画が生まれた。

関係者の多くが「牛一頭500万円なんて寄附する人いるのかな」と不安だったという。だが、結果は「初日から化けた」(野見山副課長)。

500万円の宮崎牛は初日に、焼酎1年分も3日目に寄附の申し込みがあった。プレミアがついていた赤霧島も、出せば即品切れに。そうした目玉が人を呼び、宮崎牛や黒霧島、「日本一の肉と焼酎セット」などの通常商品にも申し込みが殺到した。

リニューアル当初の話題ぶりをネットニュースも伝えた

それまで年間1000万円にも満たなかった都城市への寄附額は、リニューアル後のわずか4カ月で4億円を突破するという異常とも言える事態となった。

結果、2014年度の都城市の寄附額は前年度から50倍以上の約5億円となり、順位も前年度の266位から一気に全国9位へと駆け上がる。

「本当にびっくりした。自分の視野がいかに狭かったか、思い知らされました」。そう振り返る野見山副課長は同時に、「結果が出ることの面白さ」に魅了され、翌年度はさらなる高みを目指すことになる。

リニューアル2年目は「サイト分析」を徹底

当時は今ほど、ふるさと納税のポータルサイトは充実しておらず、ふるさとチョイスの一強が続いていた時代。どういうタイミングで、どういう見せ方をするのが最も効率的なのか――。

リニューアル2年目となる2015(平成27)年度から、都城市は“ポータルサイトの攻略法”をしきりに追い始めた。

例えば、「宮崎牛のサーロインステーキ」は、再入荷してサイトに出すと2~3日ほどで品切れとなる大人気の返礼品となったが、その再入荷・販売再開のタイミングが難しい。平日の日中は「仕事中なので見られない」とクレームがあり、19時20時は「食事中」、21時だと「寝ている」、土日の日中だと「外出中」と言われてしまう。

試行錯誤の末、土曜18時の更新が最もユーザーの満足度が高く、寄附者のリアクションも良いという結論に行き着いた。2015年秋のことだ。

まるで「行動心理学」の実践のよう。自治体からユーザーにお知らせする「最新情報」の更新タイミングが集客の肝であることもわかってきた。

当時のふるさとチョイスでは、自治体側からユーザー全体に対して、1カ月に3回、「ニュース」や「目玉商品」のお知らせといった情報をプッシュできた。特定のコーナーに集約されるその情報は、ユーザーの目に止まりやすく、集客の強い「導線」となっていた。

ただし、参加する数百の自治体からの最新情報が次々と新しい順に積み上がっていく。そのため、タイミングが悪ければすぐにほかの自治体から追いやられ、都城市からの情報が画面から消えてしまう。いつ情報をプッシュすれば、なるべく長く画面に残ってくれるのか。

ライバルとなる自治体の更新の様子を丹念に見ると、土日の売れ行きを期待してか、金曜夕方、退庁前に情報更新する自治体が多かった。中には残業をして粘り、金曜の22時頃に更新するところも。しかし午前2時ともなると、さすがにライバルの動きは止まる。うまくいけば月曜の午後まで画面上部に残ることができる。公務員は基本、週末は仕事をしない。

「ここしかない」。野見山副課長は常に効率を最優先に、かつてないほど仕事に没頭したと話す。「地元の事業者のことを考えたら、自分のことなんてどうでもよくなった。日本一という結果を出したかった」。

「在庫確保」「解禁」も加わり日本一に

リニューアル2年目の努力は、ポータルサイトの攻略だけではない。

当時の都城市は、原則として毎月2回、全返礼品の再入荷を反映していたが、再入荷の更新前は全返礼品の8割以上が「再入荷待ち」の品切れとなっているような状況だった。スタートダッシュが奏功し、多くのユーザーが注目するようになった結果だ。

いくら行動を読んで、見せ方をキレイにして集客できても、モノがなければ意味はない。

しかし、ふるさと納税の返礼品は買い取りではなく、在庫の確保というかたちで事業者に協力してもらっている。事業者からすれば、大量の在庫確保はリスクでもある。理解してもらい、在庫数を増やしてもらうには、信頼関係を構築する以外に方法はない。

例えば前出のサーロインステーキは当初、100セット準備したが、再入荷しても1分と持たず売り切れてしまっていた。「なんとか一度の入荷で500セット用意できないでしょうか」。野見山副課長はポータルサイトのデータなど「間違いなく皆さんの売り上げにつながる」という証拠を示しながら、サーロインステーキのみならず、あらゆる返礼品の在庫数を上げていった。

結果、再入荷前の品切れは、全返礼品の8割から5割程度まで回復。当然、寄附額も伸びた。そして2015年9月、「1年」の約束通り、「肉と霧島酒造の焼酎」以外の返礼品が“解禁”されたことで、輪をかけて都城市への寄附額は拡大した。

牛肉は「宮崎牛」「A5ランク」以外も取り扱い、「おさつポーク」「観音池ポーク」「大万吉豚」といった、「Mの国黒豚」以外のブランド豚もラインアップに加わった。焼酎の提供事業者も、柳田酒造、大浦酒造、都城酒造の3メーカーが霧島酒造のあとに続いた。

品数を押さえクオリティを上げることにこだわった2014年10月のリニューアル当初、30種類ほどだった返礼品数は、翌2015年度末には100種類ほどにまで急増している。

池田市長による戦略立案とその実行、ポータルサイトの分析、事業者の在庫確保、返礼品数の拡大……。2015年度の寄附額「日本一」は、こうした努力の結実と言える。

チームでたどり着いた「日本一」

ここまで見てきたように、池田市長による対外的PR戦略の号令なくして、このストーリーは始まらなかった。対外的PRのために日本一の肉と焼酎に特化する、という戦略は、結果として、これ以上ない絶好の機を捉えていた。

2014年から15年にかけて、ふるさと納税の市場全体が大きく立ち上がっている。大きく要因は2つ。一つは、この時期、大資本を伴う新たなふるさと納税のポータルサイトが続出し、集客力が格段に向上したこと。

主なふるさと納税ポータルサイト
開始時期 ポータルサイト名
2012年9月 「ふるさとチョイス※1」開始
2014年7月 「ふるなび※2」開始
2014年10月 「さとふる」開始
2015年7月 「楽天ふるさと納税」開始
※1:運営会社はトラストバンク、※2:同アイモバイル

また同時期、伸び悩むふるさと納税市場を盛り上げようと総務省も動き、「控除の上限額2倍」「税控除の手続き簡素化(ワンストップ特例申請)」という施策が多くの納税者の気持ちを動かした。これらの要因により、2014年度に388億円だった全国の寄附総額は2015年度、約4倍となる1652億円まで肥大化している。

この急拡大期を予見したかのような池田市長の戦略は「慧眼」と言える。

葛藤を乗り越え「覚醒」した野見山副課長の存在も大きい。彼を中心とするオペレーションや個別戦略は、見事に時節にはまった。だが、「それだけでは日本一は成し得なかった」と野見山副課長は強調する。

気づけば、縁の下を支えるスタッフも急増していた。

2014年4月、新たに発足した企画部門でふるさと納税担当となったとき、野見山副課長はまさに孤軍奮闘という状況だったが、徐々にチームが拡大。2015年度末には市役所の中だけでも関係各課を含め数十人ほどが関わるようになっていた。臨時職員の存在も大きかった。

「なんでいつも売り切れなんですか?」「いつ再入荷しますか?」「再入荷のタイミングを変えてもらえないですか?」……。2014年10月のリニューアル直後から、市役所のふるさと納税担当のデスクでは電話が鳴り止まない状態が続いた。

2014年度の寄附件数は19.1万件、翌15年度は前年度比280%増の72.6万件。比例するように問い合わせやクレームも増えた。その多くに応対し、運営を支えてくれたのが、臨時職員。15年度末には15人ほどまで増えていた。野見山副課長は言う。

「ディレクションをしてくれた市長、職場の仲間、信頼してもらい相談にも乗ってくれた地元の事業者さん、臨時職員さん、予算をとる財政部局。関わっていただいた内外の関係者、どこかが欠けていても、日本一には届かなかったと思います」

「私も除夜の鐘を市役所で聞いたり、休みの時も仕事が気になり四六時中ネットを確認したり、家庭に迷惑をかけたりと、少なからず犠牲にするものもありました。でも、日本一というのは、生半可な覚悟では取れない。いろんなものを捨てる覚悟で、自治体職員の概念をすべて壊して取り組まないと、たどり着けない境地だったと思っています」

日本一を初めて達成した翌年、2016(平成28)年度も2年連続で日本一となった都城市。ここから、前人未到の「8年連続増収・トップ10入り」という記録に向けて、また新たなフェーズへと入っていくことになる。

事業者の協力や尽力なくして、「8年連続増収・トップ10入り」の奇跡は生まれなかった――。

次回は、全国的にも珍しい、都城市の官民一体となった民間事業者の取り組みにフォーカスします。

次回に続く)

自腹で集結、民間事業者の功績 [前編] 「都城市ふるさと納税振興協議会」発足秘話

  • 筆者
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井上 理(いのうえ・おさむ)

フリーランス記者・編集者/Renews代表。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。「日経ビジネス」編集部などを経て、2010年日本経済新聞に出向。2018年4月日経BPを退職。フリーランス記者として独立し、Renews設立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式(日本経済出版社)』『BUZZ革命(文藝春秋)』。

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