深く多面的に、考える。

里山に追い風 #07

燃える「サウナ愛」と「地元愛」 The earth sauna・田中佑樹さんの挑戦

  • 100年続くしいたけ農家の4代目が「アウトドアサウナ」を開業。
  • 霧島連山の豊かな自然を生かした、本格的なフィンランド式サウナ。
  • 「サウナ愛」に負けず、夏尾町や周辺地域への「地元愛」もたぎる。

サウナ嫌いも好きになるサウナ

市内中心部から車を30分ほど走らせると、都城御池線沿いにのどかな風景が広がる。すると右手に一風変わった手書きの看板が見えてきた。そこには、どこか味のある「ジ アース サウナ」の文字とイラストが……。

車を走らせていてもすぐに目につく看板

「親父が描いたんですよ」と少し照れくさそうに教えてくれたのは、ジ アース サウナこと「The earth sauna」の総支配人を務める田中佑樹さん(37歳)。中山間地域の西岳地区の北部、火口湖の「御池」を抱える夏尾町で、父・田中未一郎さん(63歳)とともに家業のしいたけ栽培を続けながら、「サウナ」も経営している。

The earth saunaは、大自然の中でフィンランド式の「ロウリュ」が楽しめる本格的なアウトドアサウナ施設。2023(令和5)年12月にオープン。県内外から多くの“サウナー”が訪れている。

コンテナタイプのサウナ棟(提供:田中佑樹さん)

ロウリュとはサウナ発祥の地であるフィンランドでの入浴方法の一つ。薪ストーブで温められたサウナストーンに水をかけ、湯気を発生させて体感温度を上げる。「一般的なサウナより息苦しさが少なく、世代問わずに楽しめるのが魅力なんです」と田中さんは話す。

入り口の扉の下部分に空気の調節ドアを設けるなど、「空気の通り道」ができるよう設計されていることも息苦しさが少ない要因。「サウナ嫌いも好きになるサウナ」がコンセプトだと田中さんは笑顔で語る。

代表取締役を務める田中佑樹さん

「サウナが苦手だという方の多くは、あの“ムシムシ”した感じが嫌だと言われるんですよね。だけど、The earth saunaにはそれがありません。子どもでも入れるくらい。『あまりサウナ好きじゃなかったけど、ここのサウナは大丈夫だった!』とおっしゃるお客さまは多くいらっしゃいます」

さらに、The earth saunaは、ほかにはない魅力を備える。霧島連山の麓という豊かな自然環境である。

大自然で春夏秋冬を感じる

年間を通して豊富に湧き出る「霧島裂罅水」を使った水風呂に、眼前に原木林が広がる外気浴スペース……。そこには、アウトドアサウナにとって理想的な条件が揃っている。自身も生粋のサウナーである田中さんは、その魅力を語り出すと止まらない。

水風呂の水温は年間通して16℃ほど

「春はぽかぽかとした陽気を感じながら、夏は葉が生い茂る木々を眺めながら、秋は紅葉が落ちる様子を楽しみながら。春夏秋冬、どの季節にもそれぞれに良さがある。過ごしやすいのは気温が安定する春秋ですが、夏は水風呂をプール代わりに楽しめます。でも……」

ひと息ついて、田中さんは言った。「僕がいちばん好きなのは“冬サウナ”ですね。もう本当にたまんないんですよ!」。興奮気味にこう続ける。

「空気が澄んでいて、星空がそれはそれはきれいで……。もうなににも代え難いものです。もちろん入る前は寒いんですが、The earth saunaは薪サウナだから、一般的な電気サウナと違って、遠赤外線の力で身体の芯まで温まります。だから、サウナポンチョなどを着ていれば身体が温まったまま外気浴を楽しむことができるんです!」

夜の静寂の中で楽しむことも(提供:田中佑樹さん)

そんなサウナのごとくたぎる熱い思いを、田中さんは「The earth sauna」という名前に込めた。「地球と一体になれる気がするんですよね」と笑う。

当初はアウトドアサウナに対して懐疑的だった父・未一郎さんも、一度入ったらすっかり虜になった。「社交場」として楽しめるところも気に入っているという。

「本場フィンランドのサウナは、友人やたまたま居合わせたひとたちとのんびり交流する場。僕自身も、全国のサウナめぐりで偶然一緒になった人たちとの一期一会の出会いがありました。『宮崎から来たんですよ』と話すと、『宮崎って九州のどこらへんですか!?』とか言われたり(笑)。その場限りですけど、良い思い出になるんですよね」

縁を深めたり、結んだりする場としても(提供:田中佑樹さん)

オープンから1年が経過し、たくさんのお客にも恵まれるようになった。大正時代から100年以上にわたってしいたけ栽培を手がける農家の4代目は、なぜ夏尾町にサウナを開くことになったのか。

筋金入りの“サウナー”

幼い頃から祖父がしいたけを栽培しているのを見て育ち、手伝うこともあったが、家業を継ごうとは思っていなかった田中さん。高校を卒業後、建築資材を扱う地元の企業に入社した。ところが、26歳のときに仕事を辞め、しいたけ農家の道へと歩みを進めた。

「父親は、ずっと建築土木の業界で働いていました。でも祖父が体調を崩したことをきっかけに農家を継ぐことに。そんな父の姿を見て、長年続いてきた家業を自分の代で絶やしてしてしまっていいのだろうかと考えるようになりました」

祖父の家から見つかった写真(提供:田中佑樹さん)

「そんな時、亡くなった祖父の家から、若い頃の曽祖父と一緒に働いている人が写った写真が出てきたんです。それを見たときに、なんだか胸に込み上げるものがあって……。家業を絶やしてしまうわけにはいかないと思いました」

家業を継いだ田中さんは、父・未一郎さんとともにしいたけの生産や販路拡大に奔走。やりがいを感じると同時に、天候などに左右され、不安定な農業の弱点も身に染みるようになる。そんな折に、コロナ禍がやってきた。少なからず影響を受けたことから、しいたけ農家と二足の草鞋で別の事業を立ち上げてみようと考え、目をつけたのがサウナだった。

父の田中未一郎さん(右)からの影響が大きかった

「父の影響で、昔からサウナが大好きだったんです。中高生くらいの頃にはもう“ととのって”いましたね(笑)。仕事で県外へ出張を訪れるときは近くにサウナがないかチェックしていましたし、有名なサウナにもたくさん足を運びました」

筋金入りのサウナーだった田中さん。もちろん、サウナが好きという「サウナ愛」だけで、サウナ経営に乗り出したわけではない。

勝機と“聖地”からもらったパワー

田中さんはちゃんと「勝機」を見ていた。それが、夏尾町に広がる広大な土地と、備わっていた環境だ。

以前は原木しいたけの栽培を行っていた場所(提供:田中佑樹さん)

「祖父が以前、作業場として使用していた土地がありました。20年ほど使われていませんでしたが、うまく改造すればアウトドアサウナを作ることができるんじゃないかとひらめいたんです」

「アウトドアサウナに欠かせない豊富で安定した温度の水は自然に湧き出ていますし、しいたけを作るための原木林もあるので、薪ストーブにくべる薪も自分たちで調達できる。理想的なアウトドアサウナを作るための条件が見事に揃っていました」

加えて、昨今のサウナブームや、まだ宮崎や南九州にはほとんどアウトドアサウナがないという希少性などにも勝機を見出していた。そして、あるサウナとの出会いが、田中さんの背中を大きく押す。長野県信濃町にある「The Sauna」である。

「The Sauna」のウェブサイト

アウトドアサウナ業界では日本一ともいえる人気を誇り、“聖地”と呼ばれるほどの存在。ログハウスや薪ストーブといった本場フィンランドさながらの施設が整い、水風呂は黒姫山の伏流水を引き込んでいて、日中は野尻湖へ飛び込むこともできる。豊かな森林に囲まれた環境も魅力。完全予約制で、予約は数カ月先まで埋まっている。

田中さんは、このThe Saunaのスタッフから、いろいろなことを教わったと語る。

「一番影響を受けたのは、サウナへの愛。『サウナ番』と呼ばれるスタッフがいて、ストーブの火や薪の具合、温度などを常にチェックしているんです。気遣いの仕方やチェックするべき場所などがすごく勉強になりましたし、サウナへの情熱をとても感じました」

「『宮崎でこんなことをやりたいんですよ』という話をしたら、本当に親身になっていろいろと教えてくださりました。『これからサウナをオープンさせたい!』という人に対してノウハウや知識を惜しみなく教えてくれて。The earth saunaを始めるにあたって、大きなパワーをもらいました」

亡くなった祖父から“お告げ”!?

立ち上げを決めた田中さんは、2023(令和5)年2月ごろからまずは土地の整備に取り掛かる。しかし、目の前に広がるのは一面の薮。20年以上にわたって手付かずだったのだから、当然といえば当然だった。

「一番大変でしたね。資金もそうあるわけではなかったので、しいたけ栽培の仕事の合間を縫って、自分たちで草刈りをしたり、土地をならしたりといった作業を半年ほど続けて、ようやく整備できました」

当初はとにかく荒れ放題だったという(提供:田中佑樹さん)

保健所への申請も苦労した。「一般的にサウナは温泉や銭湯に隣接しているので、サウナ単独での営業許可申請というのはあまり前例がなかったみたいなんです。3カ月ほどやりとりを重ねて、ようやく許可をもらうことができました」と田中さん。

そうした苦労話を伺っていると、「そういえば、ちょっと不思議なことがあったんですよ」と前置きし、あるエピソードを教えてくれた。

水源地を探しているときの様子(提供:田中佑樹さん)

「じつはずっと水が出ていなかったんです。私も父も、水が湧いていたことは記憶にあったから、どこかに水源地やそこから蛇口へ伸びるパイプがあるはずだと思っていました。生活用水として祖父たち家族は使っていたので」

「でも、祖父はいたずらに教えて万が一のことがあってはいけないと考え、誰にも水源地の場所を告げることのないまま亡くなってしまったんです。あちこち探すんですが、なかなか見つからない。『どこにあるんだろうね』などと父とよく話していました」

祀られていた水神様(提供:田中佑樹さん)

「そして、サウナをここでやろうと決めた後にこの土地を訪れると、水が出る音が聞こえてきたんですよ! その音を頼りに、まだ薮だったところを分け行っていくと、パイプも見つかりました。さらにパイプをたどっていくと、水源地にたどり着いたんです。水神様も祀ってありました」

水の音が聞こえてきたのは、後にも先にもその1回だけ。「じいちゃんからの『サウナをやってもいいぞ』というお告げだったのかもしれません」と田中さんは笑う。

無事に見つけることのできた水源地から新たにパイプを引き直し、アウトドアサウナに欠かせない豊富な水を確保するに至った。

カフェとイベントスペースを併設

オープン前には、無料のプレ体験会を実施。来場者の評判は上々で、新たなチャレンジへの弾みとなった。田中さんはオープンからの1年を振り返り、「おおかた予想通り」と話す。

「多い月には300人くらいのお客さんが来てくださいました。やっぱり過ごしやすい秋口が人気みたいです。それ以外の月も比較的安定した来客数で安心しました。20代後半から30代くらいのサウナ好き男性が多く、東京や大阪、名古屋などからサウナ旅で来られる方もいらっしゃいます」

お子さんは水風呂をプール代わりに(提供:田中佑樹さん)

「家族連れのお客さんも時折いらっしゃって、お子さんと水風呂をプール代わりに楽しんでいる姿もよく見られました。満足感と幸福感にあふれた笑顔で帰っていかれる様子を見ると僕もうれしくなりますし、The earth saunaを始めて良かったなと心から思います」

一方、1年経って課題も見えてきた。

「まずは1回来てもらうにはどうすればいいか考えています。リピーターのお客さんは多いのですが、初回のお客さんももっと増えてほしいです。アウトドアサウナに対してハードルを感じて、なかなか最初の一歩が踏み出しにくいのかもしれません」

手をこまねいているわけではない。より魅力あるサウナ施設へとバージョンアップしようと、新たな取り組みを始めている。その第一弾として、カフェとイベントスペースがまもなくオープンする予定だ。

建設中のカフェ

現在、建設が進んでおり、2025年5月の連休前には本格的にスタートできるよう、準備を進めていると田中さんは明かす。

「カフェとは言っても、“サウナ上がりの休憩所”のようなイメージで、軽食を用意したり、地元のお菓子屋さんやパン屋さんの商品を提供したりできたらと考えています。しいたけを使った料理も出したいですし、おいしい夏尾の米も使いたいですね」

2024(令和6)年には、都城の温泉旅館「常盤荘」とコラボした宿泊プランを限定で用意した。「お客さんからも好評で、やっぱり宿泊の需要は大きいんだろうなと改めて感じました」と田中さん。具体的な計画はないが、宿泊施設の併設も考え始めた。

「県外のお客さんからの要望で多いのが、サウナがある『ここに泊まりたい』という声。豊かな自然環境の中で過ごしたい、サウナを楽しんだ後にゆっくりしたいと言われる方がとても多いんです」

「宿泊棟は霧島山を臨む高台に作りたい」と田中さん

2棟目のサウナ棟建設も視野に入れつつある。

「今のサウナ棟もいろいろと考えて作り、これがベストだと思っていたんですが、実際に使ってみると、もっと改善したいところや、新たにやってみたいことがどんどん出てきたんです。だから、2棟目にも早く着手したいですね」

「力を合わせて地域を盛り上げたい」

サウナのことを考えるのが楽しくて仕方ないといった表情で、次々と新たな計画を話してくれる田中さん。根底にあるのはサウナ愛だけではない。The earth saunaのことはもちろん、夏尾町のことももっと知ってもらいたいという思いを田中さんは強めている。

「夏尾に住んではいませんでしたが、小さい頃はよく遊びにきていたんです。たくさんの自然に触れて、たくさんの思い出があります。今も霧島の山々がきれいに見えますし、近くには野生の亀が住むような小川もある。特に今の子どもたちはこういった風景を目にすることが減っていると思うので、夏尾に来てもらって豊かな自然に触れてもらいたい」

ゆくゆくはThe earth saunaが地域の活性化に貢献できるような存在になれたらと展望も語ってくれた。ここでも、あの聖地、長野県信濃町のThe Saunaがお手本になる。

「The Saunaまでのアクセスは全然良くありません。東京から新幹線で1時間半。そこから電車で40分、さらに駅からタクシーで15分もかかります。山奥の町で人口も少なくて、これといった観光スポットもない。だけど、The Saunaができたことで観光客が増え、町の観光収入が大幅に増えたそうなんです」

「さらに、近隣には蕎麦屋やカフェが増えて、町の発展にも貢献している。この話を聞いたときに、ものすごく感動したんですよ。そして、夏尾でも同じことができるんじゃないか、夏尾を多くの人に知ってもらえるチャンスになるんじゃないかって思ったんです」

その「地元愛」は今、田中さんの行動につながっている。サウナがある西岳地区と隣の庄内地区は人口減に悩まされる中山間地域で、ともに旧・荘内町という縁もある。両地区にまたがる同世代で手を取り合い始めた。

「都城市中山間地域等振興計画」の対象8地区

注:都城市役所の資料を基に作成

「ちょうど僕らくらいの世代で、家業を継ぐために都市部からUターンしてきている人たちが結構多いんです。カフェとイベントスペースを建設してもらっている丸宮建設の副社長もまさにそうで、じつは僕と同級生。丸宮建設は『荘内メッセージ花火』など、旧・荘内町の活性化に力を入れていて、そういった同世代の頑張りに刺激を受けています」

昨年、コラボした常盤荘の専務も同じく田中さんの同級生。「自分たちだけでは難しくても、協力し合えばできることも多いと思います。お互いの強みを活かしながら、地域を盛り上げていきたい」。

田中さんのサウナ愛と地元愛は、100年以上続いてきた土地に新風をもたらした。その息吹は、夏尾をはじめとする都城の中山間地域へも広がる気配を見せている。薪ストーブの炎にも劣らないほどの熱い思いをたぎらせ、The earth saunaは新たな挑戦を続けていく。

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三角園 泉

三角園 泉(みすみぞの・いずみ) 「Think都城」記者。宮崎県都城市在住。大学ではメディア論を学び、文学や音楽、お笑いなどのカルチャーに幅広く触れる。2017年よりライターとして活動。近年は採用系コンテンツや企業・団体の情報発信の取材・執筆、事業者の広報サポートなどに携わる。趣味は各地の田の神さぁを巡ること、街を歩くこと、短歌を詠むこと。ぼんちくん推し。

  1. 燃える「サウナ愛」と「地元愛」 The earth sauna・田中佑樹さんの挑戦

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