市民のソウルフード
宮崎自動車道の都城インターチェンジを降り、国道10号線を市街地方面へ南下してものの数分。幹線から少し入った場所に、JA都城の巨大な直売所「ATOM(アトム)」がある。
観光客は、ここからまた数分南下したところにあるリニューアルしたばかりの道の駅「都城NiQLL(ニクル)」を目指すが、地場の生鮮食品を求める地元の人々はATOMに立ち寄ることが多い。
その店先で、「がね」と書かれたのぼり旗がはためいていた。
がねとは、細切りにした「さつまいも」を小麦粉の衣でカリッと揚げた“かき揚げ風”の料理。九州以外の人間は聞き慣れないが、都城では長年にわたり、市民のソウルフードとして親しまれている。
「地元のかたはよく買われていきますね」とATOMの店員さん。4枚入りで380円(税込み)のパックを購入し、食べてみた。
いもの甘みと、衣についたほのかな塩味が絶妙にマッチし、食が進む。醤油をかけると、またこれもいける。子どもも好きそうな味だ。
多様化する「鶏の生食」に「都城おでん」と、独自色が強く、層が厚い都城の食文化。古くから田舎に伝わる「郷土料理」も、忘れてはならない。がねは、その代表格。しかも、その手軽さと美味しさに目をつけた事業者によって、発展を遂げている。
新たな特産品としての可能性を秘めた郷土料理、がねを深掘りした。
母から子に伝えられてきた味
鶏の生食文化と同様、がねは旧・薩摩藩を中心とする南九州で愛される郷土料理で、家庭料理でもある。農林水産省の「うちの郷土料理 次世代に伝えたい大切な味」にも、こう紹介されている。
南九州(都城市・鹿児島県)地方などの代表的な郷土料理。(中略)現在も各家庭でつくり食べられており、学校の給食のメニューとしても人気がある。道の駅など物産販売所や、スーパーなどの惣菜コーナーで購入することができる。
薩摩藩を治めていた島津家の領地でもある霧島山麓一帯は古くから「からいも(唐から伝わってきた芋)」、すなわち「かんしょ=さつまいも」の栽培が盛んだった。
蜜にあふれた糖度の高いさつまいもが品種改良によって開発される以前、いもは家畜の餌であり、焼酎の原料として重宝されていたのだが、家庭でも美味しく食べられるよう工夫が施され、がねという料理が広まった。
都城市の北東部に位置する中山間地域の「高城地区(旧・高城町)」。そこで地域活動を続けている“ばぁば”こと末永陽子さん(70歳)は、活動を通じて郷土料理も積極的に伝えている。月に一度開いている地域食堂でも何度か、がねをおかずとして出してきた。
「かき揚げとがねは違います。いもにお砂糖をまぶしておけば水分が出る。今の人たちは、お水で小麦粉を溶くけれど、私たちは使いません」
具材として、ほかの野菜を混ぜることもあるが、あくまでも主役はさつまいも。味付けは塩と砂糖が基本だ。そして、たっぷりと衣をつけ、握って油に入れる。素材が格子状にならず、一方向に揃うことが多い。
「見た目が『カニ』が足を広げているみたいでしょう。だがら、がねと言うんです。がねは、この辺の言葉でカニの意味。その家ごとに、味は違います」と末永さんは話す。
たまねぎ、人参、かぼちゃ、ごぼうなどの野菜類に加えて、鶏肉を入れる家庭も。子どもにおやつとして与える時は甘めに、親戚一同などが会する場では焼酎のあてとして塩を多めに、といった具合で、あらゆるシーンで重宝されてきた。
お母さんによって作られ、子に伝えられてきたがね。その活躍の場は長年、家に閉じていたが、南九州ではスーパーなどの惣菜コーナーで購入することもできるようになった。
そして今、南九州を出て羽ばたこうとしている。
もしかしたら、宮崎名物「チキン南蛮」や「もも焼き」のように、全国区にのしあがるかもしれない――。そんな思いを胸に、「がねの伝道師」を名乗る男が都城にいる。
駅前「ろばた焼 明石」の定番
JR都城駅の南口を出てロータリーを右側に進み、最初の角を曲がってすぐの場所に、その店はある。1990(平成2)年に開業した居酒屋「ろばた焼 明石」だ。
カウンターとボックス席を合わせて86席。「串焼き(肉・野菜)」をはじめ、「鶏もも焼き」や「チキン南蛮」といった宮崎名物、お造りなどの魚介類、そして芋焼酎を中心とした数十種の地酒を提供している。
この店で、がねは5本の指に入る人気メニューだという。
「駅前という場所がら、県外のかたによくご利用いただいているのですが、お客さまから『ホテルで出てきたがねという料理が美味しかったので、食べたい』という声がありました。考えてみたら、飲食店で食べられるところはほとんどない。ならばということで作ったら、お店の定番になりました」
2代目店主の茭口(こもぐち)弘文さん(36歳)は、こう振り返る。茭口さんは都城東高校の調理科を卒業後、大阪の料亭で3年ほど修業。今から14年前の2009(平成21年)年、22歳の頃、父親が営むろばた焼 明石に入った。
その数年前から、初代の父親と一緒に、がねの開発にも参画。祖母の味をベースに試作を重ねた。具材はさつまいも(紅はるか)に、にらと人参。衣への味付けもしっかりとし、ボリューム感も重視。サクッとした衣、もちっとした中身のがねが出来上がった。
当初は、売れない状況が続いたものの、次第にお客がつき、がねはいつしか定番となった。取材したのは10月中旬の平日昼間。満席だった前夜は、全卓(12卓)でがねの注文があり、追加も3皿あったという。
「東京から月一度、がねが食べたくて通ってくださるお客さまもいます」と茭口さん。「県外のお客さんを接待したいので、コース料理にがねを入れてもらえないか」といった要望もあるといい、すっかり店の看板となった。
そして今、この人気メニューは駅前の居酒屋を飛び出し、全国へ発送されている。きっかけは、コロナ禍だった。
商品化を可能にした「急速冷却機」
「遠方で店に来られない人にも、がねを食べてもらうことができないだろうか」
もともと、そんな思いでコロナ禍以前から地方発送が可能ながねの開発に着手。カットした生野菜と粉をセットにした「調理キット」を販売したこともある。だが、油で揚げる手間がかかり、野菜の風味も損なわれるという欠点があり、鳴かず飛ばずだった。
試行錯誤していた最中、コロナが猛威をふるった。店の売上は大きく減少。数回にわたる休業要請で営業もままならない状況となった。
それでも、「がねを食べたい」「がねを食べると元気になる」と、テイクアウトを注文してくれるお客がいる。同時に、「都会に住む息子に送りたい」といった声ももらった。ある常連客は、「本当は娘に会いたいし、実家に帰ってきてほしいが、このご時世なので帰省は控えるように言っているんだよ」とも言っていた。
「南九州に帰りたくても帰れない人が全国にたくさんいる。地元の味を届けて元気づけたい。まだ、がねを知らない多くの人にも届けたい」
その思いを強くした茭口さんは、通販向け商品の開発を本格化させた。
商品化へ大きく前進させたのが「ブラストチラー急速冷却機」。揚げたてのがねをマイナス40℃の庫内で急速に凍結させることで、素材の旨みや水分を保持。これにより、電子レンジでも自然解凍でも、美味しく食べられるようになった。
2020年12月、国の補助金も活用し、急速冷却機を購入。父親と一緒に100回以上の試作を重ね、完成したのが「至福のがね」である。
さつまいもは、南九州産の「宮崎紅」と「紅はるか」を使用。にらとにんじんも混ぜ、店舗同様、食感を出すために工夫した。
販路は、宮崎県串間市でさつまいもの生産・販売を行う「くしまアオイファーム」と連携し、同社の直販サイト「OIMALL(オイモール)」で扱ってもらうことになった。ちなみに、くしまアオイファームの池田誠会長は新しい農業への挑戦で知られている。今年10月放映のテレビ東京系列「カンブリア宮殿」でも特集された著名人だ。
かくして2021(令和3)年9月、満を持して至福のがねを販売開始。これが当たった。
ふるさと納税で年間3000袋も視野に
至福のがねは、1袋3個入り。店頭では1袋398円(税込み)、オイモールでは5袋3300円(同、一部地域を除き送料込み)で販売した。
新聞などのメディアにも大きく取り上げられ、累計販売数は開始から4カ月で500袋(1500個)を突破。2022年は通年で1500袋が売れ、2023年は2000袋を超える勢いで推移しているという。
さらに2023年4月から、都城市のふるさと納税のラインナップに至福のがねが加わった。この効果が加われば、「年間3000袋も夢ではない」と茭口さんは期待を寄せる。
自ら、「がねの伝道師」を名乗り、SNSなども活用しながらがねの普及と拡販に努める茭口さん。伝道師を名乗るのにはもう一つ、理由がある。
2021年12月、がねを全国へと広める活動を知った都城市立明和小学校から「郷土料理を学ぶ学習の協力をしてほしい」と依頼があり、生徒の前で「がね講話」を行った。
以降、中学や高校からも同様の依頼が舞い込むようになり、これまで計6校で話をしてきた。今年11月には、出身母校である都城東高校調理科の生徒を対象とした職業講話を行った。
全国の消費者へ、そして地域の子どもたちへ、がねを伝え続けている茭口さん。至福のがねの発売2カ月前に応援購入者を募ったクラウドファンディングのサイトで、こうメッセージを寄せている。
「私の夢は全国に100万人のがねサポーター、“ガネニスト”を作ることです」――。そのポテンシャルが、がねにはあると茭口さんは本気で思っている。
がねの可能性を感じさせる、もう一つのエピソードがある。
「みやこんじょビレッジ」の“進化系”
中心市街地の繁華街、牟田町にある飲食店「みやこんじょビレッジ」。ここに、がねの“進化系”と言うべき、一風変わったメニューがある。
みやこんじょビレッジは現在、ランチタイムはスパイスと出汁の効いたスープとお米麺の「タイガーヌードル」専門店として、夜はこだわりの料理や都城の酒蔵すべての焼酎などを楽しめる居酒屋として営業している。
居酒屋営業では、都城市高城町にある「観音池ポーク」の豚バラ肉を使った料理や、同山之口町にある中西牧場の「甘乳蘇」を使ったスイーツ、「都城産地鶏揚げ 甘辛麦みそだれ」など、地のものを使ったメニューが多い。
都城出身の店主、亀元健二さん(47歳)は長らく東京の飲食店に関わっていたが、2016(平成28)年にUターン。妻とともに、郷土料理や地元食材にこだわった飲食店、みやこんじょビレッジを2017年1月にオープンさせた。
「東京にいる時から、地元の古いものと新しいものを融合したようなコンセプトのお店をやりたいと思っていました」と店主の亀元さん。具現化したメニューの一つが、「がねとがねの進化系(680円)」である。
その名の通り、一般的ながねと、進化系、2つの味を楽しむことができる一品。亀元さんは「なぜがねは飲食店で広がっていないんだろう、という素朴な疑問から、伝統と進化系を食べ比べてもらうメニューを開発しました」と説明する。
具は都城産のさつまいもに、たまねぎとにんじん。一般的なほうも、皮付きのいもが見た目を華やかにさせているが、進化系のほうはもっと小洒落ている。
まるで、カナッペかブルスケッタかのような見た目。がねにホワイトソースをかけ、その上に生ハムをあしらっている。さつまいもの甘みと生ハムの塩味が絶妙にマッチしており、がねとは思えない。
「がねの進化系は、創業時から続く看板商品。仕入れ状況でメニューに出せない時もありますが、出したら出る。人気メニューの一つです」。亀元さんがこう言うのも頷ける。がねのさらなる可能性を感じさせてくれる一品と言えよう。
いろいろある郷土料理
探せば、都城の家庭に伝わる郷土料理は、ほかにもたくさんある。
さつまいものでんぷん粉を団子にして醤油味の汁に入れた「かねん汁」、めざしの干物を天ぷらにした「がらんつの天ぷら」、おろした大根とイワシの切り身を酢と醤油で煮た「酢の汁(すのしゅい)」……。
スイーツに広げれば、端午の節句に必ずと言っていいほど食す「あくまき」も有名だ。灰汁に浸けたもち米を、さらに灰汁で煮込んだ保存食で、きなこと砂糖をまぶしていただくことが多いという。
「ふくれ菓子」は、蒸しパンとは違い、「重曹」や「ベーキングパウダー」などに加えて「お酢」を入れ、ふくらませた蒸し菓子。味付けは黒糖が基本だが、スーパーマーケットなどではチョコレートや抹茶、バナナなどを加えたアレンジ商品も売られている。
これらも、黒糖や酢が古くから根づいていた旧・薩摩藩からの流れを汲むため、がね同様、鹿児島県と共通している。だが、飲食店ではお目にかかることはほとんどない。
飲食店でも扱いやすいおかずであり、つまみにもなり、且つアレンジも効くという点で、郷土料理の中でも、がねの“ポテンシャル”は頭一つ抜けていると言える。
Think都城でも取り上げた老舗蕎麦店「がまこう庵」も、そのポテンシャルを認める一店だ。
蕎麦屋なのに、がまこう庵には天ぷらがない。その代わり、蕎麦向けにアレンジしたがねを温かい蕎麦などにのせている。2代目店主の蒲生純さん(46歳)は、こう語る。
「うちのがねは、さつまいも、にんじん、たまねぎに、この近くで採れる旬のものを加えています。6〜7月には、『大名竹』のたけのこを近所で朝掘って、入れます。がねを通じて季節を感じられる。がねはもっと広まるべきです」
都城を起点に独自進化を遂げている、がね。都城発の新たな食文化として、“全国区”になる日が訪れる可能性は十分にある。
営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。