リニューアルで沸き立つ関之尾公園
2024年4〜5月のゴールデンウィーク期間。都城市を代表する観光地「関之尾公園」へ向かう県道では、県外ナンバーやレンタカーが列を成していた。
旧「滝のえき せきのお(以降、旧・滝のえき)」跡地の駐車場では警備員が次々とやってくる車の整列に追われている。車を降りた若い男女のグループから聞こえてきた会話は、明らかに宮崎のイントネーションではない。
旧・滝のえきの敷地に新しくオープンした「Snow Peak Cafe」の前には、すでに長蛇の列。開店前だというのに……。以前では想像できない光景だ。
2024(令和6)年4月27日、関之尾公園が約1年半の工期を終えてリニューアルオープンを迎えた。同時に「スノーピーク都城キャンプフィールド」もオープン。関之尾滝を中心とする新たな名所が生まれ、沸き立っている。
しかしその裏で、もうひとつの“リニューアル”が静かに進行していたことは、あまり知られていない。
「関之尾むかえびとの会」が活動再開
2024年5月下旬、Snow Peak Cafeの展望エリアにピンク色のジャンパーを羽織った面々が続々と集結した。“活動再開”を前に着々と準備を進める観光ガイド「関之尾むかえびとの会(以下、むかえびとの会)」のメンバーである。
むかえびとの会は、関之尾公園がある「庄内地区」を中心とする地元住民がボランティアガイドとして観光客を案内する自主組織。活動開始以降、都城観光協会などと連携しながら、2022年度まで累計約3万9000人のガイドを務めてきた。
関之尾公園のリニューアルに伴う工事や旧・滝のえきの閉鎖で、むかえびとの会の活動も2023年5月末をもって一時休止していた。今回の関之尾公園のリニューアルオープンを機に、2024年6月1日から再始動する。
利用料は基本、無料だが、10人以上の団体に限り活動維持費として1組あたり1000円とする。5月末から都城観光協会のWebサイト上で予約受付を再開。すでに数件の予約が入っているという。
会長を務める尾園伸一氏(72歳)は、「新しいキャンプ場ができて、これまでのような通過型ではなく、滞在型の観光客が増えれば、我々のようなガイドの需要も増えるのではないかと思っています」と期待感をにじませる。
その活動の始まりは2009(平成21)年5月。以前、旧・滝のえき前広場で開催されていた朝市「くまその里よろず市」の運営者、奥田正明氏の発案から始まった。
関之尾の魅力や伝説を地元の言葉で
「せっかく、関之尾滝へ訪れてくれた人に、住民として何かできないか。豊かで美しく、愛する関之尾の風景や歴史をより多くの人に知ってもらいたい」――。
奥田氏のそんな思いからボランティアガイドを募集し、当初は18人の“むかえびと”で活動をスタートさせた。
当時は、関之尾滝を中心に見どころや歴史を案内する「30分コース」と「60分コース」の2ルートを設定。料金はすべて無料とした。予約は旧・滝のえきや都城観光協会などで受け付け、主に観光バスで訪れた団体客向けにガイドを実施。むかえびとの会が旧・滝のえきで待機し、その場で受け付けていたこともあったという。
30分コースは、旧・滝のえきをスタートし、関之尾滝の全景を望む展望所や女滝、川上神社などを巡って戻るコース。
60分コースは、さらに北前用水路や男滝、関之尾甌穴群などを巡り、吊り橋を渡って旧・滝のえきへと戻ってくる。関之尾の歴史なども聞けるとあって、団体客を中心に好評を博してきた。
案内には、悲恋の物語「お雪さんの盃流し」も含まれる。関之尾滝を舞台とした出来事として、地元で語り継がれてきた伝説だ。
ガイドをするメンバーの多くは庄内地区で生まれ育っており、関之尾滝はいわば庭のようなもの。尾園会長は言う。
「案内の際には、なるべく地元の言葉や方言を使うようにしています。あたたかみがあり、その土地らしい魅力を感じてもらえると思いますから。マニュアルのようなものは特段なく、むかえびとの先輩たちから引き継いだ資料を使ったり、自分たちでパネルを作ったり、各々が工夫しているんですよ」
地元住民ならではの語り口やエピソードが、観光客を喜ばせてきた。いずれのコースも特産品やお土産を販売していた旧・滝のえきに観光客が必ず立ち寄ることから、むかえびとの会の取り組みは経済的な効果も少なからずもたらしてきた。
(年度) | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 |
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案内した 観光バス |
48台 | 52台 | 31台 | 12台 | 14台 |
案内した 観光客 |
3942人 | 1557人 | 904人 | 369人 | 294人 |
しかし、2018(平成30)年度に3942人だった案内客は、2019(令和元)年度以降、1557人、904人と右肩下がりに。コロナ禍の影響をもろに受け、翌2021年度は359人、2022度は294人まで落ち込み、先行きが不透明となっていった。
そんな中に飛び込んできたのが、関之尾公園を再開発するというニュースだった。
「我々にとっても良い機会」
関之尾公園の大規模なリニューアルが決まり、人気アウトドアブランドのスノーピークによる直営キャンプ場、スノーピーク都城キャンプフィールドが新設されることになった。
「これは、我々にとっても良い機会だと思いました」と尾園会長。単にリニューアルオープンを待つのではなく、むかえびとの会自体もリニューアルするべく、活動休止中も定例会を重ね、訪れる人により喜んでもらえる内容や体制を模索し続けた。
結果、これまで2つあったガイドコースを、1つに集約することに。これまで同様、旧・滝のえきがあった場所に新設された「Snow Peak Cafe」がスタート地点。関之尾滝全景を望む展望所や川上神社、男滝・女滝、吊り橋、関之尾甌穴群などを巡る。関之尾滝を滝壺から眺められる新しく整備された「女滝展望所」もコースに加える予定だ。
ただし、新コースではスタート地点に戻らず、新設された「スノーピーク都城管理棟前駐車場」をゴールとする。
ここは、焼きたてパンなどのテイクアウトもできるレストラン「Blue Bird dining」や、スノーピークのキャンプ用品や産直品などが揃う直営ストア「Snow Peak MIYAKONOJO」などがあるエリア。キャンプ場以外の新たな施設を網羅することで、経済的な効果も高めようという配慮である。
活動再開にあたって体制にも変化があった。新たなメンバーが加入することになったのだ。
じつは以前から、むかえびとの会はメンバーの減少や高齢化という実態に頭を悩ませていた。2023年の活動休止時点で、メンバーは顧問を含め9人、実際にガイドに出るのは7人まで減っていた。その平均年齢は78歳。高齢を理由に“引退”するメンバーが出ても、なかなか新規加入が来ず、活動の継続が危ぶまれていた。
新メンバー呼んだ「歴史講座」
そこで、会員のスキルアップと新規会員の獲得、組織体制の強化などを目的に、活動休止中に何とか新メンバーを募ろうと策を練ったのが、庄内地区まちづくり協議会による「庄内・関之尾をもっと知る講座」である。
関之尾や庄内地区の歴史や成り立ちについて、専門家による講演会を2023(令和5)年8月から全5回にわたって開催。市のみやこんじょPR課の協力も得た。
第1回では、鹿児島大学准教授の井村隆介氏を講師に迎え、地質学の視点から関之尾滝や甌穴群の成り立ちに関する講演が行われた。第2回は都城島津邸館長の山下真一氏による、庄内地区と都城島津家との関わりについての講演。その後は、むかえびとの会による関之尾滝案内やまち歩きなどを開催し、19人が参加した。
この“講座”、じつは「新たなガイド受け入れの布石にしたいという思いがあった」と尾園氏は打ち明ける。
「最初から『ガイド募集』と打ち出してしまったら、参加するほうも及び腰になってしまう人が多いかもしれません。だから、ひとまずはまちづくり協議会と連携して、『歴史を知る会』として参加者を募集することにしたんです。その中からむかえびとの会の活動に興味を持ってくれる人がいれば、迎え入れようという算段でした」
そんな尾園氏の思惑は見事に的中。受講者の中から3人が新たにむかえびととして加入することになった。
活動休止期間中、高齢を理由にメンバー2人が抜けてしまったが、昔のメンバーが2人復帰。そこに新規が加わり、むかえびとの会のガイド役は10人へと増員した。しかも、新規メンバーには50〜60歳代が2人含まれている。組織の若返りにも大きく貢献することとなった。
その一人、小山田千穂さん(55歳)にはもともと、「自分の地元のことをもっと知っておきたい」という思いがあった。そんな折、市の広報で歴史講座を知り、参加。そこで、むかえびとの会の存在も知った。
「もっと勉強して、自分の娘にもちゃんと教えられたり、伝えられたりできるようになりたい」。そう考え、メンバーに加わったという。
もう一人の新規メンバー、田原伸二さん(66歳)は三股町在住。関之尾公園のリニューアルを機に、むかえびとの会の活動にも興味を持ったという。田原さんも歴史講座の参加者。「都城島津邸」や日南市の「飫肥城下町」でもボランティアガイドを務めているガイド経験者で、心強い存在だ。
観光地づくりに欠かせない「地域住民」
「むかえびとの会として、体制を新たに関之尾公園のリニューアルを迎えられたことをうれしく思っています」と尾園会長。その存在意義は大きくなっている。
市は関之尾公園のリニューアルによる年間来場者数をコロナ禍前の16万人を上回る19万人と見込む。大規模なキャンプ場が整備され、通過型から滞在型へと生まれ変わった。滞在中の選択肢の一つとして、むかえびとの会が果たす役割は決して小さくない。しかも、むかえびとの会ならではの“役割”も帯びている。
「観光に対する住民意識に関する研究」を実施した公益財団法人 日本交通公社はそのレポート冒頭でこう述べている。
これまで観光振興は、主に観光業界と観光関連団体、そして行政が担ってきました。ところが、近年、観光客の関心は、地域の人々の営みや生活文化にまで及んでおり、観光客と住民との関係は急速に接近しています。今や、魅力ある観光地づくりにとって、住民の存在は欠かせないものと言っても過言ではないでしょう。
魅力ある観光地づくりにとって地域住民の存在は欠かせない。住民不在の強力な観光施策は、住民生活や地域の自然環境に悪影響を与える「オーバーツーリズム」の問題や、一過性で終わり定着しない課題などを生むと指摘され、リスクを孕んでいる。
國學院大學で、観光まちづくり学部の初代学部長を務める西村幸夫教授は、國學院大學メディアのインタビューでこう語っている。
まちの個性や素顔を伝えようとせず、一時的な観光施策ばかりになれば、訪れる観光客も一時的な消費で終わります。一方、まちの成り立ちや歴史をふまえ、本当にそのまちが持つ財産や個性を伝えれば、観光客の興味は“まちそのもの”になるでしょう。地域や住民への愛着、敬意が生まれ、態度は変わるはずです。観光マナーの悪化を防ぐだけでなく、関係人口につながるでしょう。
新生・関之尾公園はこれまでにない観光客を呼び寄せ、都城市の関係人口の増加に大きく寄与することが期待されている。だが、「そのまちが持つ財産や個性」の伝達はこれから。地域住民との交流の機会でもある、むかえびとの会の存在意義は高まったと言える。
観光客と地域住民との交流を促す、もう一つのプロジェクトも庄内地区で着々と進行していた。
庄内地区「フットパス」導入の狙い
「関之尾公園は滞在型の観光地へと生まれ変わりましたが、庄内地区の魅力は関之尾公園や関之尾滝だけではありません。都城島津家にゆかりのある史跡や石垣群、神社や寺などの歴史的建造物、四季折々の自然や田園風景なども大きな見どころ。ぜひ『フットパス』を通して楽しんでもらえたらうれしいです」
そう意気込むのは、庄内地区まちづくり協議会(以降、庄内まち協)の事務局長を務める朝倉脩二氏(76歳)だ。
「フットパス」とは、策定されたコースマップに沿って、森林や田園、古い街並みなど地域に昔からあるありのままの風景を楽しみながら歩くこと。イギリスを発祥とする活動で、近年、日本各地においてもフットパスの整備が推進されている。
都城市内でも2021(令和3)年度から、高崎地区で「たかざきフットパス」という取り組みがスタートしている。
「高崎地区まちづくり協議会」を中心にフットパスを推進しており、北九州市立大学の内田晃教授のゼミの協力を得て、「前田うっがんさまコース」「縄瀬べぶん郷コース」「江平古代ロマンコース」など地域の魅力を再発見する6コースを作成。地元はもとより、国内各地から愛好家が訪れているという。
このフットパス事業を、関之尾公園のリニューアルで盛り上がる庄内地区でも展開することで、さらなる地域活性化を図りたいと朝倉氏は話す。
「スノーピーク都城キャンプフィールドでは、2泊、3泊と滞在するキャンパーも多いと聞きます。であれば、周辺地域の散策という需要も増えてくるはず。観光客が周辺地域にも足を運ぶ流れを作ろうと、フットパス事業の検討をスタートさせました」
第1弾は「関之尾(せっのお)しぶきコース」
2023(令和5)年7月の「関之尾フットパスコース検討委員会」を皮切りに、高崎地区と同じく北九州市立大学の内田教授のゼミに協力を仰いだり、フットパス先進地で研修を実施したりしながら計画を進めてきた。
2023年9月、フットパス先進地である熊本県美里町へ自治公民館長らとともに視察研修を実施。実際に試作したコースを歩いたり、検討したりするワークショップなどを経て、2024年3月、「関之尾(せっのお)しぶきコース」が完成した。「せきのお」ではなく、あえて「せっのお」と読ませることで、都城らしさを表現した。
関之尾町を周遊する約4.9km、2時間ほどのコース。「関之尾公園第2駐車場」をスタート・ゴールとし、関之尾滝の上流から水を引いている用水路沿いの道や土手沿いの道などをぐるりと歩く。
市の地域おこし協力隊の協力の元、パンフレットやのぼり旗を作成。2024年4月から、パンフレットをスノーピーク都城キャンプフィールドの直営ストアや「道の駅 都城NiQLL」、「都城市立図書館」などでの配布を始めた。また、のぼり旗はコースの道中に立てられており、その存在をアピールしている。
「北九州市立大学の学生さんとドローンを飛ばしたり写真を撮影したりしながら一緒にコースを作成したのですが、上空から見た庄内川や水田の景色の美しさに改めて気づかされました。初夏には田植えの終わった青々とした水田、秋には実り豊かな田畑、冬には霜の降りた凛とした空気といった具合に、四季折々の魅力が感じられるコースだと思います」
そう胸を張る朝倉氏。2024年度には、庄内町と乙房町のコースも策定する。都城島津家ゆかりの史跡が残る庄内町と、JR吉都線が走る乙房町。それぞれの魅力を感じられるコースとなるだろう。2025(令和7)年度には、さらに2つのコースを作れないかと模索し、3年間をかけて全5コースを策定する予定だ。
朝倉氏は、むかえびとの会との連携も示唆する。「むかえびとの会には関之尾だけでなく庄内地区全域に詳しい方がいらっしゃるので、フットパスでもガイドとして携わってもらう可能性も探っていけたらと思います」。
地域のやる気が成功のカギ
フットパスに乗り出したきっかけは、前述の通り、関之尾公園のリニューアルにある。キャンプ場や関之尾滝に訪れた観光客にフットパスを知ってもらい、庄内地区全域に誘導することで、地域活性化につなげる。それも一つの狙いだが、メリットはほかにもある。
それが、前述した観光客と地域住民との「交流」である。
当初、フットパス事業について地元の関係者や住民に話をした際は、「なんのこっちゃ」という反応だったと朝倉氏は笑う。しかし、フットパスの取り組みに地元関係者や住民への協力は欠かせないと考え、自治公民館や住民ともしっかりと連携を取りながら進めてきたと朝倉氏は説明する。
「先進地である美里町ではフットパスコースが選定されているだけでなく、集会所で地元の方が郷土料理の昼食を提供してくださったり、『縁がわカフェ』では手作りのおやつでもてなしていただいたりと、地域の方との会話が楽しめました。フットパスは地域との交流も大切な要素。地域の関係者や住民がやる気にならなければ成功しないと思っています。庄内地区でもそういった可能性を探っていきたい」
「フットパスが盛り上がることで、周辺住民の意識も高まる。観光客に喜んでもらおうと、地域の景観を良くしようと花を育てたり庭を整えたりといった副次的な影響もあると、地域がより活性化していきますよね」
関之尾公園の再開発事業にスノーピークがかかわり、新しいキャンプ場などの施設が生まれた。それは、確かに庄内地区の活性化の起爆剤と成り得る。しかし、新生・関之尾公園の魅力を長く持続させていくには、地元の協力が欠かせない。
観光は、行政だけで盛り上げることはできない。地域を愛し、誇りを持って観光客を受け入れようとする人々の努力や工夫があって初めて成立する。むかえびとの会や庄内フットパスに取り組む人々は、そのことを教えてくれる。
地域に密着したむかえびとの会や庄内フットパスの取り組みは、華やかなものではないかもしれない。しかし、地域の魅力を確実に伝え、広めていくものとして、都城市の観光に静かに貢献していくはずだ。