移住者急増、見えにくい横顔
「久しぶりー!」。2026(令和8)年2月7日土曜。中心市街地の「Mallmall(まるまる)」にある未来創造ステーションに、一見すると共通点があるようには見えない人々が集まって来た。

2026年2月、「Mallmall」にある未来創造ステーションに、続々とひとが集まった
気心が知れている様子だが、男女入り混じり、年齢もバラバラ。幼い子どももいる。耳を澄ましてみると、都城や宮崎ではないイントネーションが混じっている。
集まっていたのは、都城市への移住者が参加する「縁側」のメンバー。IターンやUターンなどで都城に移住したひとが集う「移住者コミュニティ」であり、イベントやワークショップなどを定期的に開催しているのだという。
都城市では2023(令和5)年度、移住者数が衝撃の「3710人」に達し、13年ぶりの人口増へと転じたのは既報のとおり。
「移住応援給付金」の見直しなどがあった2024(令和6)年度、勢いは落ちたものの、それでも市の制度を利用した移住者数は「2256人」。市が人口減少対策に本腰を入れる前、2022(令和4)年度の「435人」と比すれば桁違いだ。2025(令和7)年度に入っても4月からの半年で移住者数は「773人」に達しており、上向いたトレンドはまだ続いている。
だが、移住者の“横顔”や活動はあまり見えて来ない。
こんなにも移住者が増えたのに、SNSなどで情報発信をしている移住者コミュニティは、先の縁側くらい。その縁側も、公式Instagramなどを見ると、活動内容の実態がわかるようでわからない。詳細は実際に移住者としてメンバーにならないと共有されないようだ。
いったいどんな組織でどんな活動を展開しているのか。謎のベールに包まれた移住者コミュニティの真意とは――。
今回、自身も移住者で、縁側の代表を務める橋本英樹さんが、「Think都城」に“移住者のリアル”を語ってくれた。

未来創造ステーションで移住者を待ち受ける「縁側」代表の橋本英樹さん
移住者がゆるく集まる「縁側」
縁側発起人の一人で、代表を務める橋本さんは、2023年、京都から都城へ移住してきた。
サーフィンが趣味で以前から頻繁に宮崎を訪れており、サーフィン三昧の生活を送るべく、都城を移住先に選んだ。沿岸部ではなく内陸の都城を選んだのは、ちょうど「地域おこし協力隊」の募集を見つけたから。橋本さんは「市役所という肩書きがあれば動きやすく、退任後に仕事を立ち上げるための基盤も作りやすいのではないか」と考えた。
経営していたウェブ制作会社をたたみ、移住後、協力隊としての活動に専念した。しかし、都会と比べて友達をつくるきっかけが少ないこともあり、交友関係はなかなか広がらなかった。
趣味を通じて友達を探そうとサーフィンなどのコミュニティを探すも、なかなか見つからない。ならば、「移住者」という軸で探そうと検索するが、それも断念したと橋本さんは振り返る。

橋本さん(右)は、同時期に地域おこし協力隊だった同僚の寺岡由布さん(左)らと縁側を立ち上げた
「移住者という共通項で探せば(コミュニティが)あるやろ、と思って探したんですけれど、なかったんです。『じゃあもう自分たちで作ったらええやん』ということで、当時、地域おこし協力隊として一緒に活動していた寺岡由布さんとともに、協力隊とは別の“私的”な活動として、縁側を立ち上げることにしました」

「縁側」のInstagram公式アカウント。イベントやワークショップの告知が多い
そうして2024年3月、都城市に限定した移住者コミュニティ、縁側がスタート。あたたかく、寄り添える場所にしたいという思いから、縁側と名付けた。折しも、都城市が移住応援給付金を引き上げ、話題になっていた時期。急増する移住者のための“受け皿”が必要だろうという考えもあった。
移住者が気楽にゆるく情報交換できる場として、Instagramの公式アカウントを入り口に、「LINEオープンチャット」でつながり、情報を共有したり交流したりする仕組みを作った。
「メンバーになったからといって、なにかをお願いすることはありません。『マルチ商法はNG』とか、お金のトラブルに発展しそうなことについてはルールがありますが、それ以外は基本的に自由です」
運営主催ではなく参加者主催へ
リアルでの接点も設けた。
橋本さんをはじめ運営側が、移住者を対象としたイベントやワークショップ、飲み会などを定期的に企画し、開催。そこでも自由は保たれた。「参加したいイベントやワークショップがあれば参加すればいいし、しなくてもいいみたいな感じです」。
参加メンバーにとって“至れり尽くせり”なコミュニティへとなっていた縁側。ところが立ち上げから1年ほどが経った頃、路線変更を余儀なくされる。
立ち上げて1年ほど経つと、「ちょっとしんどくなってきた」と橋本さん。運営側の負担が徐々に重たくなり、「ちょっと違うな」と思い至った。「こちらからなにかを提示するんじゃなく、メンバー同士で自発的になにかできるようなかたちにしたほうがいいと思いました」。

そこから、縁側の運営は、参加メンバー主導へとシフトしていった。やりたいことがあれば、オープンチャット内で提案。運営はその実現のサポートに徹した。
例えば、ドーナツ作りを提案したメンバーもいた。橋本さんらは「じゃあ、やろか」と乗り、週1回、「まちなかキッチン」に希望者が集まって、ドーナツ作りの研究を始めた。単に作るのではなく、どうやったらおいしいドーナツが作れるかを試行錯誤。完成したドーナツは「縁側ドーナツ」としてまちなかで開催されたマルシェなどで販売も行った。
「メンバーの自発的な思いに運営が応えるという形にしてから、縁側での活動がより楽しいと感じるようになりました」と橋本さん。メンバーの自発的な活動をサポートするという新しいスタイルに変化した縁側の活動は、ここからさらに躍動していった。
移住者“発”の「畑」活動
橋本さんの思惑に呼応するように、メンバーは積極的に動き出した。その一人が、花井彩香さんだ。

“縁側畑”で活動を始めた花井彩香さん(縁側提供)
もともと都城の出身で、県内を転々としたのち、2025年3月に家族とともにUターン。農業の教員免許を持ち、高校で教鞭をとっているという花井さんが提案したのは「畑」だった。
「Uターンのタイミングで、畑を“やりたい”と思いました。もともと、実家の近くに長いこと使われていない広い畑と空き家があり、もったいないなと感じていたんです。ちょうど同じタイミングで縁側に参加して、一人でやるよりいろんな方とつながれる場として活用できたらもっとおもしろいんじゃないかなと思って、橋本さんに声をかけました」
諸事情あって、実家近くの畑は使えないことに。探していたところ、ほかのメンバーから「うちの畑を使いませんか」と声をかけられ、畑を確保できた。無料で貸し出してもらうことができ、2025年夏、20人ほどのメンバーとともに“縁側畑”で活動を始めた。

花井さんら縁側メンバーが無償で借りることができた“縁側畑”(縁側提供)
山之口町にあり、800平方メートルほどあるという畑は長く使われていなかった休耕地。雑草が生い茂っていたため、3〜4台の草刈機を用意し、みんなで代わる代わる草刈りをした。「みんな汗だくで、『ビール飲みたいですね』とか言いながら。でも、すごく楽しかったんです」。
草刈りのあとは、耕して種をまき、苗を作った。植えたのはキャベツやブロッコリー、白菜、大根、人参。「大きな声では言えないですけど、収穫に漕ぎつけたのは大根だけでした」と苦笑するが、それもまたいい思い出だ。
「失敗してもそれもまたおもしろいというか。みんなで集まって、畑しごとをしたり、時には焼き芋やお餅を焼いて食べたり。一緒に手を動かす、なにかをやることが楽しいんです。子どもたちも毎回5〜6人参加してくれて、私も子どもを連れていくんですが、遊んだり、肥料をまくのを手伝ったりしています。子どもも大人もすごく良い機会になっている」


自然のなかで子どもたちものびのびと過ごす。大根はたくさん収穫でき、みんなで山分けした(同上)
移住者にはいろんなひとがいる。ふだんの職場やコミュニティでは得られない関係や体験が生まれる。そのことも、花井さんにとって大きな刺激となっている。
あるとき、美容師をしているメンバーが、髪の毛を使った堆肥を持参。花井さんは「髪の毛って堆肥になるんだ」と驚いた。「いろんな場所から、いろんな属性のひとたちがやってくるので、世界がどんどん広がっていく」。
取材時点では、畑に少し大根が残っており、イチゴが育っている真っ最中。この先の夏と実りの秋に向けて花井さんは、「夏にはトウモロコシを作ってポップコーンにしたり、いつか田んぼでお米を育てておにぎりパーティーをしたりしたいですね」と胸を躍らせる。
そのほかに育てたい野菜はあるかと尋ねたところ、「コーヒーですね」と即答。「じつは以前育てたことがあるんですけど、枯らしちゃって……」とはにかんで、こう続けた。
「縁側にいるからこそ、夢が膨らむ。いろんなひとがいるから、たぶんコーヒーの焙煎ができるひともいると思うんですよね! コーヒーショップをやってくれそうなひともいるし。そういう流れができたらいいなと思います」
空き家のリノベーションスクール
「やりたい」こと「やりたかった」ことに挑むメンバーは、ほかにもいる。

福岡県から移住してきた伊神祐希さん
福岡県から移住してきた伊神祐希さんがやってみたかったこととは「空き家のリノベーション」。縁側のコミュニティで実際にプロジェクトを立ち上げた。
伊神さんの仕事はウェブ広告運用。福岡時代も含めてリノベーションはおろか、DIYの経験もほとんどないという。しかし、都城への移住を機に空き家問題への興味が湧いたと話す。
「内装資材を扱う店で働いていたことはあるんですが、職人さんが働く様子を見ていただけ。実際に自分の手を動かすことはありませんでしたが、都城に移住して、空き家問題に取り組みたいと考えるようになりました」
ただ、「一人でやるのは難しいかも」と思い、縁側の橋本さんに声をかけた。そして、都城で空き家リノベーションを学ぶコミュニティを立ち上げるべく橋本さんと、縁側の新たな活動として「リノベーションスクール」をスタートさせたのだった。

「リノベーションスクール」初回の様子。2026年1月に開催した(縁側提供)
「リノベーションスクール」はプロの講師を招き、実際にリノベーション作業を行いながら、伊神さんを中心とする参加者が学ぶという活動。現場は、伊神さんが関之尾町に所有している築65年の空き家だ。乙房町でリフォームやリノベーションを手がける株式会社Takahashiさんに講師を務めてもらい、第1回目を2026(令和8)年1月31日に実施した。
まずは和室の洋室化から。初回は和室の畳を剥がして、フローリングシートを貼った。参加者は伊神さんなど運営側を含む11人。「DIYに興味があるとか、実際に少しやったことがあるというひとが多かったですね。皆さんいろいろと質問していましたし、僕もたくさん学ぶことができました」と伊神さんは満足げだ。


5DK木造平屋をリノベーション。スクールの名前は「No.9」。「ナンバーナイン……第九……“大工”です!」と橋本さん(同上)
作業をして終わりにしないのが“縁側流”。橋本さんは満面の笑みでこう話した。「“現場メシ”としてカレーを食べる。これを恒例にしようと決めたんです。米は2升くらい炊きましたけど、みごと完食! 楽しかったですね」。
今後も、天井に板を張ったり、雨漏りを直したりなど毎回テーマを決めて取り組んでいく予定だ。「田舎暮らしをしたいひとのなかには、DIYに興味があるひとも多い。そういった方たちの受け皿になれば」と伊神さん。自身が所有する物件を「最終的には、空き家を住宅として貸し出せる状態にしたい」と意気込む。
同時に、「ぜひカレーを食べに来てほしいですね」と笑顔で付け加えた。スクールと名がつくが、あくまでコミュニティとして継続していく考えだ。
あえて「移住者同士」にこだわる理由
縁側という舞台を借り、思いを具現化する参加メンバーたち。「移住×挑戦」の輪が広がっている。
ただし、畑にしても、リノベーションスクールにしても、あくまで「移住者同士の交流」がメイン。「地元との交流」はほぼしておらず、だからこそ、縁側の存在はあまり地元のひとびとに知られるところではなかった。
代表である橋本さんには「最初からボーダレスにしたくはない。地元と移住者のアイデンティティはわけたほうがいい」という持論がある。「あえて移住者以外を入れないようにしている」とも話す。

Instagramアカウントのプロフィールには「みやこんじょの内と外 ご縁を緩やかにつなぐ」とある
一見、移住者に閉じたクローズドなコミュニティのように見えるが、地元との関係について、どう考えているのか。
「これは僕の個人的な見解ですが、地元のひととの交流は、個人でやったらいいと思うんです。いったん、移住者と地元の線を引いて、そのうえでなにができるのかを考えるのが縁側というコミュニティの役目だと思ってやっています」
それは決して、地元と隔絶された移住者コミュニティを作りたい、という意味ではない。誤解を生みかねないが、「線を引く」ことの真意は以下のコメントにある。
「ゴールは、地元の方々に必要と思ってもらえる移住者になること。それが、僕たち移住者の責務でもあると思います。なにもしないで『受け入れてください』『溶け込みましょう』じゃなく、『あの移住者、おもしろい』『役に立つ!』と思ってもらえる存在にならなければいけない。縁側は、移住者がそうなれるためのコミュニティでありたいんです」
だが、地元に必要とされるであろう移住者がいたとしても、その存在を地元に知ってもらわなければ先に進めない。やはり、地元とのなんらかの「交流」は必要なのではないか――。
その答えも、橋本さんは持ち合わせていた。
「移住者データベース」で地元と接点
記事冒頭で、未来創造ステーションに移住者が集まったイベントに触れた。じつはこれが、移住者と地元の「マッチング」への準備だった。
その日、縁側メンバーに「10分でいいので好きな時間に顔を出して!」と呼びかけた。得意なことを聞き、写真を撮らせてもらい、似顔絵を描く。ゆくゆくは、それをデータベース化し、公開。地元とのマッチングや交流に役立てるために実施した。

似顔絵のイラストは橋本さんが描く(縁側提供)
「まず需要と供給をちゃんと作ってあげないと」と橋本さん。移住者と地元住民は、文化も違えば、育ってきた環境も違う。だからこそ、まずは利害関係を結ぶことが大事だと考える。
「縁側にはピラティスを教えたり、格闘ジムをやっていたりとバラエティ豊かなひとたちがたくさんいる。『こんなことできますよ』と発信して、地元のひとたちが『じゃあ助けてもらおう』『相談してみよう』となる関係性が理想なんじゃないかなと思っています」
最近は、移住者と地元との交流会「MISHMASH(ミシュマシュ)」というイベントも開催。あえて作っていた移住者と地元のひとたちとの垣根を取り払うフェーズへと移行しつつある。
そもそも、橋本さんが考える理想的な移住とは、以前に住んでいた場所での生活スタイルをできるだけ崩さず、保つことができるものだという。したがって、ことさらに「移住者」としての側面を強調されるようなコミュニティのあり方は、理念とそぐわないのだろう。対等な関係を結びたいという気持ちの現れだとも言える。
「仕掛けを作ることが好き」
必要とされる存在は、すなわち、自立した存在とも言い換えることができる。現在は縁側の運営費用として、いくばくかの助成金が出ているが、そこに依存することは考えていない。
「自分たちでお金を回せる仕組みを作っていきたいと考えています。僕らが宣伝できるプラットフォームになって広告収益を出したり、リノベーションスクールで収益を上げられたりできるようになりたい」
そんな目標も語る橋本さんは、今後、外に向けた発信にも力を入れたいとも言う。
「これまでは縁側の内側に対して働きかけてきたんですけど、今後は外に向けて、例えば日南や日向とか。『都城にこんなおもしろいコミュニティがあるよ』ってアピールできたら楽しいし、なにか新しいことも生まれそうじゃないですか」
「じつは、2026年3月末で地域おこし協力隊の任期が終わるんですよ。だから、時間も有り余りますから(笑)。今のところ、都城を離れる予定はありませんし、まだまだいろんなことを仕掛けていきたいと考えています」
橋本さんを駆り立てるモチベーションとは。尋ねると、「仕掛け作りが好き」と返ってきた。

橋本さんは終始笑顔で話してくれた
「遊園地でたとえるなら、ジェットコースターに乗るよりも、遊園地全体について『ここでこんな仕掛けをしたらお客さんが楽しいんやろな』ということを考える方にまわりたい。縁側でも同じで、『こんなことをしたら参加してくれたひとが楽しいだろうな』ということをいつも考えています。ただただ、仕掛けを作りたいんですよね」
そう話す橋本さんのアイデアは止まらない。「畑で枝豆を作ってずんだもちを作りたい」「家の横にある畑で育てたスイカを、そこの縁側でみんなで食べたい」「幻のフルーツ『ポポー』を育てたい」「縁側のメンバーとしゃべるラジオをYouTubeでやりたい」………。
尽きることのないアイデアと、それを形にしようとするエネルギー。橋本さんにとって都城は、まだまだ仕掛けが足りない「遊園地」なのかもしれない。
たくさんの移住者のアイデアと得意技をこのまちへと染み出させようとする縁側。その先に何が生まれるのか。地元民の一人として、ワクワクしながら見守りたい。