舞い上がったドローン
2025(令和7)年10月19日、午後7時45分ちょうど。ブーンという低い羽音が夜気を震わせる。静まり返っていた会場の空気が一気に動いた。500機のドローンが「観音池公園」の夜空に舞い上がったのだ。
無数に見える発光のなかに「祝 新市誕生20周年」という文字がくっきりと浮かぶと、地上の観客から歓声が沸いた。
500機のドローンはぶつからず、正確にそれぞれの位置を変えながら、地球、日本列島、そして都城市のかたちなどを映し出す。巨大なLEDモニターのようだが、奥行きがあり、花火のように立体的に見えるため、不思議な感覚に包まれる。
その後、都城市のキャラクター「ぼんちくん」が登場すると、「肉と焼酎のふるさと」を象徴する牛、豚、鶏、焼酎、大弓、関之尾滝、霧島連山などをめぐりながら夜空を闊歩するストーリーが展開。およそ15分間のショーに数万人が魅了された。
このドローンショーが行われたのは、毎年恒例の「2025都城焼肉カーニバル」。雨天順延での開催にもかかわらず、会場は過去最多の人波で埋まった。

雨天順延で日曜に開催された「2025都城焼肉カーニバル」。会場の観音池公園は大勢の客で賑わった
夜には、1万2900発を打ち上げる恒例の花火大会も行われた。その直前、初めて実施したドローンショーがフィナーレを盛り上げた。
日曜の夜、きれいに舞ったドローン。ショーを見たひとは多いが、その裏でギリギリの攻防戦と賭けがあったことを知る者は少ない。
20年の歴史で初の雨天順延
「天候不良が予想される為、10/19(日)に順延させていただきます」――。
2025都城焼肉カーニバルの開催予定日だった10月18日土曜日の朝、公式Instagramなどで翌日への順延が発表された。
翌日曜も不安定な天気予報だったが、無事に開催された。正午過ぎに会場を訪れ、主催する一般社団法人 都城観光協会の東郷研哉会長にコメントを求めようと本部へ向かった。
「今日の天気もずっと心配で。朝6時に観光協会の事務局に集まって、雨雲レーダーを見ながら相談しましたが、『今日は大丈夫だろう』という判断を7時に下しました。今のところ、満足してもらえているんじゃないでしょうか」

焼肉カーニバルを主催する一般社団法人 都城観光協会の東郷研哉会長
確かに青空ものぞき、日も射すバーベキュー日和。だが、前日も曇天だったものの本降りになることはなく、「これなら開催できたのでは」という声もあった。
都城観光協会の理事で、焼肉カーニバルの実行委員長を2011年から務めている瀬尾典史氏の顔を見つけ、ぶつけると、こう返した。
「昨日、都城の中心地、繁華街にいたひとたちは1滴も降っていないので、『できたんじゃない?』っておっしゃる方もいるんです(笑)。でも、高城でゴルフをしていたひと、山之口に住んでいるひとは、一時的な雷雨にあったので『やらんでよかったね』って言います」

2011年から焼肉カーニバルの実行委員長を務めている瀬尾典史氏。都城観光協会の理事でもある
ただ、多少の雨が降っても焼肉カーニバルは開催されてきた。これまでの20年の歴史で雨天によって順延や中止になったことは一度もない。
2024年の開催もギリギリのところで決行の判断を下した。雨がぱらつくこともあったが、なんとか持ちこたえ、夜の花火も無事に打ち上げられた。瀬尾氏は仲間うちから“晴れ男”と呼ばれているほど。なのに今回はなぜと、瀬尾氏に聞いた。
「いつもの調子だったら多分、やっていた。昨日の朝、『行こう』って言っていたかもしれないんですけれど、今回はどうしても踏み切れなかった」……。
その理由が、冒頭のドローンショーである。きらびやかな演出の裏側には、かなりの準備期間と相当にシビアな駆け引きがあった。
「ドローンショー・ジャパン」との縁
2025年開催を迎えるにあたって、瀬尾氏には特別な思いがあった。
2025年は、2006(平成18)年の焼肉カーニバル初開催から20周年となる節目(コロナ禍の休止を経て18回目)。都城市も2026(令和8)年1月1日に新市誕生から20周年を迎える。それを記念する仕掛けが必要だと思案していた。
2015(平成27)年から焼肉カーニバルの夜に同時開催して来た「肉と焼酎のふるさと・みやこんじょ花火大会」も盛大に行う予定だった。しかし、それだけでは足りない。思いついたのが、ドローンショーを花火大会の前座とする案だった。

焼肉カーニバルの風物詩となった同時開催の「みやこんじょ花火大会」(都城市提供)
瀬尾氏は2024(令和6)年の夏、2024年開催の前からドローンショーの実現に向け、密かに動き出した。
やるなら中途半端ではなく、日本トップレベルのクオリティのショーを見せて市民に喜んでもらいたい。夜の花火大会を始めた時、「うわぁ」と言わせたように。
調べると、ドローンショーの国内大手は「レッドクリフ」と「ドローンショー・ジャパン」の2社しかいない。どちらも優秀で甲乙つけ難いが、後者に「縁」があった。

2015年、瀬尾氏は都城青年会議所の52代目となる理事長に選出された
「僕が都城青年会議所(都城JC)の第52代理事長をしていた当時、宮崎JCの理事長がドローン会社を経営していたんです。その彼が、ドローンショー・ジャパンとつながりがあった。『盛大なドローンをどうしてもあげたい』とつないでもらいました」
2024年10月開催の焼肉カーニバルを無事に終えた瀬尾氏は、翌11月、ドローンショー・ジャパンの本社がある石川県金沢市を訪れ、同社のメンバーと対面で初顔合わせをした。
花火よりも繊細なドローン
実行委員会側で帯同したのは、ドローンショーの責任者を任せていたドローン部部長の真方誠也氏。真方氏もまたJC出身で、瀬尾氏の次、都城JCの第53代理事長を務めた経験がある。瀬尾氏いわく「花火大会を始める時から一緒に考えて来た一番の仲間」とともに、本格的な準備に入っていった。

瀬尾氏(左)とドローンショーの責任者を務めた真方誠也氏(右)。JC時代以降の仲間で、盟友(瀬尾氏提供)
「300機、500機、1000機、それぞれの規模のドローンショーを動画で見させてもらったんですけれども、300機だともう感動できないなと思ったんです。ですから、500機じゃないと感動できない、500機じゃないとやりたくないです、と市に言いました」
プログラム構成については、ぼんちくんが都城の名所をめぐる、という設定をベースに、500機でできる最善の演出を固めていった。

都城市のキャラクター「ぼんちくん」が、都城を象徴する肉、焼酎、関之尾の滝などをめぐりながら夜空を闊歩した
こだわりをもってリクエストしていた楽曲が、直前に著作権の問題で使えなくなる想定外のトラブルがあったものの、急きょ、オリジナル音源を制作してもらうなどして乗り越え、ついに当初のドローン打ち上げ予定日だった10月18日を迎えることができた。
だが、本当に大変だったのはここから。ドローンの飛行条件は想像以上に厳しかった。
電子機器であるドローンは小雨や微風でも大敵となる。離陸時や飛行時に1.5ミリメートル(mm)でも雨が降れば、あるいは5メートル(m)以上の風が吹けば、中止となる。ドローンを制御することが困難になり、最悪、墜落事故などにつながりかねないからだ。
一方、これまで天候に気を揉んで来た「花火大会」は、多少の降雨であれば決行できる。実際、2024年開催の焼肉カーニバルでは、打ち上げの最中に小雨が降ったが、最後まで貫くことができた。風にも強く、例えば東京都の基準では、「地上風速7m以上の強風が10分以上継続して吹く場合」を中止の要件としている。
つまり、ドローンは花火よりもはるかに“気難しい主役”だった。花火大会よりも中止となる可能性が高く、ゆえに金銭的なリスクも高まる。
今回のドローンショーの場合、中止となった際のキャンセル料は総予算の約7割。次年度に持ち越した場合、総予算の約4割に相当する企画料は支払う必要がない。しかし、予算残金も加味した差し引きで、総予算の3割分を追加で支出しなければならない。
花火よりも繊細でリスクもあるドローン。だからこそ、当初の開催予定日である10月18日は、延期にせざるを得なかったと瀬尾氏は振り返る。

後日、瀬尾氏は2025都城焼肉カーニバルの裏話を語ってくれた
「ドローンが見られなくなるのが一番嫌だった。準備して来た1年半を、どうしても無駄にはしたくないし、ドローンショーから素晴らしい花火につなげて、新市政誕生20周年を祝う最高のスタートにしたかった」
「2024年は、あれだけの大雨が続いたなかでも『行く』って決めて、結果的にできたじゃないですか。それなのに、今回は『行かない』っていう判断を自分がしていることに違和感があったのは事実です」
「でも、レーダーの予報は午後6時、7時に雨雲がかかっていて。それを見た時、『今日は冒険してはいけない日だな』って思ったんです。なにか引っかかる感じがあって、それを無視したら、たぶん後悔するなと。最後は自分の覚悟として順延を決断しました」
その予感は的中した。
日曜夜、直前の攻防戦
10月18日土曜日、午後7時過ぎ、焼肉カーニバルの会場である観音池公園に小雨がぱらついた。ドローンショーの開始予定時刻は午後7時30分。雨が降った時間帯は、ちょうど道路上に500機のドローンを整然と並べて待機する段階であり、18日に開催を強行していれば、花火は打ち上げられても、ドローンショーは中止となっていた可能性が高い。
ただし、19日の日曜日に順延したとて、心配がないわけではなかった。

開催日は16時台に1mmの降雨予報が出ていた
19日の天気予報では、16時台に1mmの小雨が予想されていた。焼肉カーニバル自体と、花火大会だけであれば、ほぼ問題なく実施できる。だが、ドローンを飛ばせるかどうかは、わからない。それでも瀬尾氏は賭けた。
昼間の焼肉カーニバルは晴れ間ものぞき、盛況となった。雨天順延で学校の運動会などと重なる日曜の開催。人出が減る心配もあったが、結果として過去最多となる5万5000人が来場。日中は、約3200席用意した焼き場で家族連れなどが焼肉を堪能した。

昼間は青空ものぞき、バーベキュー日和となった
会場では16時台に「びっくりするくらい、まさかの雷雨があった」(瀬尾氏)ものの、2024年開催の雨に比べれば大したことはない。問題はそのあとの天候だった。
大会本部に緊張が走ったのは午後6時30分過ぎ。1時間後の7時30分に予定していたドローンショーのフライトに向け、最終準備を始める時間帯のことだ。
500機のドローンに人海戦術で1台ずつ、満充電の電池を装填する段階だったが、この時点で、7時30分頃に雨雲が上空に差し掛かることをあらゆる気象情報が示していた。

整然と並べられ離陸を待つ500機のドローン。電池はまだ装填していない(都城観光協会提供)
ドローンの電池は装着してから1時間が経過すると、放電の影響で想定通りのパフォーマンスが出せなくなる。つまり電池を入れるというのは、最長1時間の時限装置を起動するのと同じ意味。6時30分に電池を入れれば、7時30分以降の離陸は許されない。
ギリギリの判断を求められた瀬尾氏は、「7時30分は諦める」という決断を下した。それは中止の判断ではなく、“より遅い希望”に賭ける決断だった。
「雨雲がレーダーから消えた!」
この段階で市の担当者からは「来年への持ち越しでもいい」という話もあった。だが瀬尾氏は「もう少し待って下さい」と食い下がった。「やっぱり、諦め切れなかったんです。前年に天候がギリギリ持って無事に花火を上げられた奇跡もあったので」。
刻一刻とデッドラインが迫るなか、極限の選択を迫られた瀬尾氏。まずは7時45分に延期。次の候補として8時の離陸を睨み、それでも駄目なら諦めるという決断をした。
「ドローンショーの責任者である真方君が、『俺らは典君(瀬尾氏)の判断に任せるから、自信を持って決断しやん』と言ってくれた。それが最終的な決断につながりました」
そして午後7時過ぎ、500機のドローンへ、電池の装填を開始した。

日が暮れ、電池装填を待つドローン(同上)
7時45分の離陸のためには遅くとも10分前の7時35分までにスイッチを押してカウントダウンを始める必要がある。大会本部とは別の場所で、ドローンショー責任者の真方氏がレーダー画面を見つめ、情報収集と分析をしていた。
午後7時30分過ぎ。誰もが息を止めて真方氏からの連絡を待つなか、瀬尾氏の携帯電話が鳴った。「雨雲がレーダーから消えた!やっぱあなたすごいわ、みんなびっくりしてるわ!」。
「よし行こう!」と言い電話を切った瀬尾氏は7時32分、ドローンショーのスイッチを起動する指示を出す。離陸へのカウントダウンが始まった。もうあと戻りはできない。
13分後の7時45分、500機のドローンが飛び立った。
雨雲が消えた「15分」の奇跡
結果は、冒頭のとおり。500機のうち2機について位置がずれるなどのトラブルが生じていたが、許容の範囲内であり、ほとんどのひとが気づかない程度。次々に動きを変え、絵や文字を映し出すドローンショーに多くのひとが見入っていた。
そこに至るまで、いろんなことがあった。瀬尾氏にとってはこだわりをもって準備していた楽曲が使えなくなったことも痛手だった。雨に降られない時間帯を狙うことがいかに大変かも思い知った。15分間を守るために、どれだけの苦労があったか。
しかし歓声が上がった瞬間、1年半の不安と葛藤が、夜空の光とともにほどけた。瀬尾氏はこうしみじみと語る。

「歓声がすごかったので、これでいいやと思えて。市民のみんなの歓声を生むため、うわぁってなってもらうためにして来たので、成功だったと思っています」
「何より、支えてくれているボランティアの方々、1年以上準備のために活動してくれた仲間たちにも、『これは俺らが作ったんだ!』と誇りに思ってほしかった。やはりみんな、多くの時間を犠牲にして、ここまでしてもらっていますので。歓声を聞いて、そう思ってくれたんじゃないかなと思います」
結果として、ドローンが飛んだ15分間、雨は一滴も降らなかった。周囲の地域では降雨が見られたにもかかわらず、雨雲は観音池公園上空だけを避けるように移動してくれた。
焼肉カーニバルすべてのプログラムが終了し、会場からのシャトルバスに最後の乗客が乗ったのは午後10時50分。観音池公園上空に雷雲が発生し、大雨が降ったのはその直後のことだった。瀬尾氏はそのことが奇跡に思えてならない。
「ドローンショー・ジャパンのかたも、離陸の時に雨雲が消えたことにびっくりしていました。『消えた!』って言って。最後のお客さんがバスに乗るまで天候がもってくれて。今回も本当に奇跡的やったなと思っています」

雨天順延の結果、昼間は日がさし、夜もドローンショーと花火の時間帯を雨雲が避けてくれた
賭けに勝った瀬尾氏。雨天順延で晴れ男返上かと思われたが、しかし結果として、晴れ男は面目躍如を果たしたのである。
だが、この夜に賭けられた思いは、空に描いた電子の光だけでは果たせない。火花散る光へ受け渡してこそ、この夜は完遂する。
ドローンショーの最後、カウントダウンとともに始まった恒例の花火大会。こちらへも、ドローンに負けず劣らぬ、強い思いが込められていた。2025年の花火がどれだけ特別なものだったのか、知る者は少ない。
(次回に続く)