思わず二度見した数字、よぎる財源
—— 人口減少対策に本格的に取り組んだ都城市は2023年度、「3710人」もの移住者を集めました。その効果で2024(令和6)年4月1日時点の人口は前年同月比「1920人増」。13年ぶりの人口増となり、当初掲げていた「10年後に人口増加に転じる」という目標をわずか1年で達成しています。
この結果を受けて池田宜永(たかひさ)市長は、「今年度(2024年度)も3700人というのが健全だとは思っていない」「(今後は)ソフトランディングさせていきたい」と4月の定例会見で語っています。市長としては「やりすぎた」という印象なのでしょうか。
池田宜永市長 “3710人”というのは、私からするとかなり想定を超えた数字だったので、正直、びっくりしたという部分があります。
それだけ市の政策が響いたということで、それはありがたいことですし、良かったなと思っています。ですが、「10年後に人口を増やそう」と思っていた、そういう世界を描いていた人間からすると、さすがに1年で人口増というのは想定していなかった。ということで会見では、驚きと感謝の気持ちが混在して、そういう発言になりました。
—— 大胆な「移住応援給付金」を打ち出したわけですが、市は2023年度の移住者数を当初「600人」と見積もっていました。それが蓋を開ければ3710人。かなりギャップがあります。
池田市長 (600人について)私の“感覚”としては「そんなに少なくはないだろう」と思ってはいました。けれども、根拠はないわけです。担当課が出してきた見積もりを打ち消すデータなんて持ちあわせていませんし、どうなるかは誰にもわからない。内心では「2倍の1200人くらいはいくかな」と思いつつ、飲み込んだ記憶があります。
で、制度がスタートしたら、もう5カ月で移住者が600人を超えて、「やっぱり違うよね」と思っていたら、今度は想定の2倍じゃきかない展開になりまして。
「ありがたいなぁ、2000人くらいか」と思っていたら、最後にどーんと増えて3710人。数字を見た時は漫画のように二度見をして「えっ!?」ってなるわけです。正直に言うと、その瞬間、財源のことがよぎって「おぉ……」とも思いました(笑)。
池田市長 ですから、もう本当に想定外。2000人だとしても、じゃあ都城市のキャパシティーなどを考えた時、毎年それだけの人口が増えていくのはどうなのかということで、年度の途中でしたが、いい塩梅で人口が増えていくよう(2024年度から)制度を精緻化させました。
人口が増えていることは、率直に嬉しいです。ありがたいです。
ですが、毎年数千人も増えていくのは現実的ではない、というのが私の個人的な感覚です。「巡航速度(=最も良い燃料効率で移動できる速度)」ではないですが、いい感じで、少しずつ増えていくかたちに持っていくことが、都城市にとってはいいのかなと思っています。
「民間の競争とは違う世界」
—— ものすごい勢いだったので、池田市長は人口50万人以上の「政令指定都市」でも目指すのだろうかと思っていました。
池田市長 いやいや、そんな(笑)。政令市の手前に、中間で20万人の「中核市」というのもありますが、そんなことは思ってもみませんでした。
人口160万人と、ちょうど都城市の10倍規模の福岡市は毎年、1万数千人ずつ人口増を続けていて、2023年は1万2500人ほど増えました。同じ割合で考えると、人口16万都市の都城市は1250人ほど増えることになる。それが、1920人。福岡市よりも人口増加のペースが早いわけで、これはどうなのかという思いはやっぱりあります。
例えば、10年、20年かけて、結果、そこ(中核市や政令市)に行く。徐々に成長をしながら人口が増えていくというのはいいと思いますが、急に大きくなることが本当に健全なのか、議論も出てきます。やっぱり今、日本全体が人口減に悩まされている中で、「奪い合い」とかですね、いろんな見方があります。
—— 企業では、この程度の成長は称賛されるだけというか、不健全とは言われないと思いますが、そこは、自治体と企業の違いなのかもしれませんね。
池田市長 ここは本当に難しいところです。「地域間競争」と言いつつ、民間のような本当の競争はしてないと言いますか。
民間は成長してもなにも言われませんが、行政の世界では、「それぞれの自治体が切磋琢磨して、競争しながら高めあわなければいけない」と言われながらも、実際に切磋琢磨したら、「え、平等じゃないの?」っていう空気が生まれるんです。
移住されてきた1663世帯の6割が県外からの移住で、宮崎県にとっては人口減の緩和につながっている。いいことです。でも、4割は県内からだよねということで、マスコミ含め、ざわっとするんです。
これが民間と圧倒的に違う点で、私は「宮崎県市長会」の会長も務めさせていただいていますので、切磋琢磨しつつ、配慮しなければいけないなと思っています。
手をつけにくい“究極の政策”
—— 池田市長が就任されたのが2012(平成24)年。そこから10年後の2022年秋に、今回の思い切った政策が動き出しました。これまで人口減やその対策について、どんな思いや危機感を抱いていたのでしょうか。
池田市長 ご承知のように人口減というのは、全国の自治体、日本全体が抱えている課題。都城市も減り続けている中、市長になって以降、当然、ずっと意識はしていました。この都城市という限られたキャパシティでも、できることはあると思っていました。ですが、就任してすぐに手を打てるかというと、そんなに簡単な話ではない。
池田市長 私からすると、人口減に手をつけるというのは、結構、勇気がいると言いますか、行政では手をつけにくい領域。かつ“究極の政策”、根っこだと思っていまして。
日本や地方が今、抱えているあらゆる課題について、なにが原因なんだろうって考えると、年金問題しかり、かなりの課題が人口減に行き着くと思うんですね。
それだけ重たく、広範囲に影響する政策なので、いろんな政策がある中で、職員がちゃんと反応してくれるのか、ということも含め、闇雲にやったってなかなか難しい。それ相応の財源や住民の理解も必要で、やりたくてもなかなか手をつけられない領域なんです。
—— ただ、いずれは手をつけなければならないと。
池田市長 はい。なぜ私が今、この人口減少対策をやっているのかを市民の皆さんにずっと説明していますが、その中で言っているのは、「人口減というのは消費の減少であり、“胃袋”の減少」だということです。
国内総生産(GDP)の約6割は個人消費で、その約25〜30%くらいは「食費」。6割の3割、GDPの5分の1くらいは、我々がご飯を食べることで賄っている。ということは、人口が減り、ご飯を食べる人が減ると、経済は絶対に小さくなります。
地域経済が半分になれば、地域の企業は半分で事足りるわけで、住宅投資だって、企業投資だって減ります。皆さん、それは困りますよね、と。だから、人口が減らない、維持できるということは、とても重要で意味があるんです、と言っています。
もっと言うと、今の世の中で元気なまちとか国を考えてみてください、人口が増えていますよね。冷静に20年後の日本を考えた時、全国に1741ある自治体のうち、今の人口を維持できるところはいくつありますか? 相当少ないですよねと。で、私は都城市をその少ない一つにしたいんですと。
そうなったら、都城市は今よりも絶対にもっと元気になっている。そういうまちを皆さんのお子さんやお孫さんに渡したいんです、っていう話をしているんです。それが私の本当の思いであり、それがあっての対策ということです。
「2022年秋」に動き出した理由
池田市長は、人口減少対策を「究極の政策」と評した。
今いる住民から選ばれた市長は、今いる住民のためになることへ税金を使うことを求められる。今いない将来の住民を呼ぶため、今いる住民から得た税金を使うことは、かなりの“理解”を必要とする。
人口が増えれば、自治体の強さにつながり、いずれ市のため、住民のためとなって跳ね返る。池田市長は根気よくその論理を解き、時期を待った。
そして市長就任から11年目となる2023年度、満を持して一気に動いた。「行政として、やりたくても、なかなか手をつけにくい領域」に、いよいよ着手した。
都城市は2023年度から独自の「移住応援給付金」の制度を開始。移住前の居住地要件について、国や宮崎県の移住給付金制度では東京圏などの都市部に限定されていたが、都城市は近隣の3️市町を除き、「全国どこでも」と大幅に緩和した。
移住した場合の基礎給付額は、国や県が「単身60万円、世帯100万円」のところ、都城市は「単身100万円、世帯200万円」。子ども加算額は「1人100万円」と国・県と同額だが、中山間地域に移住した場合の加算額「単身・世帯100万円」を独自に追加した。
「両親+子ども2人」が中山間地域に移住するモデルケースでは「500万円」となる。その金額をポスターやパンフレットなどを通じて、大々的にPRし始めた。
なぜ、今なのか。なぜ、500万円なのか。そこには深い理由があった。
—— 今回の人口減少対策ですが、2022年秋から具体的な検討に着手し、翌年度の4月には開始するというスピード感で進行しました。なぜ、このタイミングだったのでしょうか。
池田市長 なぜ今か。なぜ2022年秋から検討を始めたのかというと、一つは「ふるさと納税」含め、いろんな政策に取り組んできて、それぞれの成果が出て、いい流れが重なったタイミングだったということ。
もう一つは、私が市長に就任した時、市の窓口を通じた移住者は「1人」でした。そこから、できる範囲で移住政策を進めた結果、2022年度には「435人」と435倍になった。なにが起きたかというと、「社会減」から「社会増」に転じたんですね。2022年秋にはそれが見えていて、いい流れを加速させるには今だと思った、というのが2つ目です。
2021年度 | 22年度 | 23年度 | |
---|---|---|---|
自然動態 (出生-死亡) |
1080人減 (1208人- 2288人) |
1335人減 (1203人- 2538人) |
1291人減 (1100人- 2391人) |
社会動態 (転入-転出) |
184人減 (5301人- 5485人) |
484人増 (6462人- 5978人) |
3211人増 (9140人- 5929人) |
人口増減 | 1264人減 | 851人減 | 1920人増 |
池田市長 ただし、この時点ではまだ検討にとどまっていて、具体的な給付金額や開始時期を決めていたわけではありません。いろいろな決断をしたのは年が明けてからになります。
「500万円」は「続・対外的PR戦略」
—— 両親と子ども2人で中山間地域に移住した場合、国や県の制度では「300万円」のところ、都城市の独自制度では積み上げで「500万円」を給付することになり、大々的にPRしました。どんな“計算”のプロセスがあったのでしょうか。
池田市長 これは、すみません、具体的な根拠があった訳ではありません!
その、いくら出したら、何人がくるって、実際にやってみないとわからないですよね。目標やゴールから逆算してシミュレーションしたというより、どれだけの支出になるかという財政的なインパクト。それと「PR効果」の部分も考えて、決めました。
最初、担当課はもうちょっと低い金額で持ってきていると思うんです。「500万円」と言い出したのは多分、私です。
お客様的な、給付を受ける立場になった時、「ん!」ってなる金額。移住しようかなと思わせられる金額。そんなところからイメージをして、決めていきました。基礎給付・子ども加算・中山間地域加算、それぞれ何十万円ずつと積み上げるより、もう100万円単位にわかりやすくして、モデルケースは500万円だと。
—— ふるさと納税の「対外的PR戦略」を想起しました。都城市のふるさと納税をリニューアルした際、寄附金を集めることよりも、「都城市は肉と焼酎のまち」ということを大々的にPRするツールとして、ふるさと納税制度を利用するという戦略です。結果として、市の知名度が高まり、寄附金も集まりました。
「後編」向けとして「子育て支援政策」のお話もたっぷりと伺いますが、今回も同じで、「都城市に移住したら子育てがラクになる」「こんなに幸せになれる」といった選択肢への“気づき”を与えるためのPR戦略が、じつは500万円という金額的なインパクトだったのではないかと。つまり今回の移住制度は、直接的にお金をばらまいて移住者を集める戦略ではなく、まず知ってもらう、知らしめるための「続・対外的PR戦略」だった。そんな気がします。
池田市長 おっしゃったから言うわけではありませんが、それは、その通りです。
人口動態を見つめ“チューニング”
池田市長 やっぱり我々、先ほど申したように、人口をなんとか食い止めたいという思いはありつつも、なかなか簡単にはいきません。
じゃあどういう政策を打つのかという時、漠然とどこかへ移住してもいいかなと思っているような方々に、「うち(都城)はこういうまちですよ」「こういうことをやっていますよ」というのを届けるところから始めなければいけない。
すなわち、もう正直に言うと、これはまさしく、おっしゃる通りのPR戦略。初年度の予算は、販促費じゃないですけれど、PR効果を生む費用としても上乗せして、かなり高めに投げている感覚です。やるからには、いくら給付金を用意しても、やっぱり然るべき対象者に知ってもらわないと意味がないわけですから。
私はどんな政策でも、「知ってもらう」というPRの側面を意識してきました。常に、注目してもらえる、関心を持ってもらえる、というかたちで打ち出した方がいいと思っています。ですから、“続・対外的PR戦略”というのは、まさに核心で、そういう意図もあったので、最後は「よし、これで行くか!」と決断できたという部分もあります。
—— 結果として、移住制度を利用した続・対外的PR戦略の狙いは、想定を大きく超える成果をもたらしました。移住検討層を取り巻く“マーケット”があるとしたら、都城市はPRで大きく先んじた。それが、ふるさと納税と同様、先行者利益をもたらす可能性もあります。
池田市長 たしかに、余力はあると思います。2023年度が終わって、大きな結果が出て、そのことで今、気づいた人たちもいるはずなので、24年度くらいまではPR効果の余力もあって、ある程度はいくのではないかなと。
ただ、逆に言うと、初年度にこうなったからこそ、じつは今年度、来年度の展開がとても重要になってきます。
給付金額の見直しなど、制度を精緻化させましたが、大きな変動があって勢いを失ってしまっては初年度の努力が無駄になる。2024年度は、移住者数を「1500人」と見積もっていますが、そこに向けて、場合によっては制度をまた“チューニング”しなければいけないかもしれません。
そのために、毎日とは言いませんが、毎週のように数字とにらめっこをしながら、分析をしています。こんなに人口動態の数字を見つめている自治体って、ほかにないんじゃないのかなと思うほどです。
「10年先に行かせていただいた」
—— 昨年度に打ち立てた「10年後に人口増」という目標を達成してしまいました。
池田市長 10年後と言っていたのが1年で達成したというのは誤算ではありますが、嬉しい誤算です。ですが、喜ぶと同時に、考えを改めなければなりません。
今年4月の新年度当初、こんな話を職員に投げかけました。「我々はこれまで、当たり前に人口減を前提として、いろんなことを考えてきた。でも、これからは人口増を前提とした政策を考えなくてはならない」と。
言い換えれば、我々は、10年かけて人口増にもっていき、11年後にやろうとしていたことを、もう今からできるようになったわけです。
だから職員にも言っていますけれど、「我々は10年先に行かせていただいた」と。もしかしたら、20年先なのかもしれない。そう思い、ありがたい現実として受けとめ、我々は頭を切り替えなければいけません。そう、気を引き締めているところです。
まずは市の魅力を高める。やることをやった上で、気づきを与える「500万円」。それが大きな結果につながった。次回は、人口減少対策のもう一つの柱、移住政策と同時に走らせた「子育て支援」の強化策「3つの完全無料化」について、話を聞きます。