「肉ガチャ」目当てに遠方から
宮崎自動車道の都城インターチェンジ(IC)を降りて南下すること約5分。国道10号沿いに、真新しい巨大な道の駅が見えてくる。「『道の駅』都城NiQLL(ニクル)」だ。
2024(令和6)年10月下旬、平日の午後に取材で訪れると、大きな自動販売機に慌ただしく「肉」を詰め込んでいる光景に出くわした。
「ど冷えもん」と書かれたその自販機は肉と保冷剤しか販売していない。10ある肉のボタンはどれも1000円か2000円。うち、「宮崎牛 霜降り焼肉用」「国内産牛ホルモン」などと商品名が書かれたボタンはわずか3つ。残り7つは、なにが出てくるかわからない「NiQLL’s Gacha(通称:肉ガチャ)」となっている。
「ほとんどのお客さんがガチャ目当てです。1000円ガチャでは2500円相当、2000円ガチャでは5000円相当のステーキ肉などが当たるので大人気。売り切れていると、『補充してください!』と電話が来るので、我々も大変です」
そう苦笑するのは、道の駅の運営会社、ココニクル都城の大生勇二 販売戦略部部長。多い日は、補充が1日7〜8回にもなるという。
この「道の駅」、肉ガチャに限らず、あらゆる点で一般的な道の駅とは趣が異なる。だからだろうか、オープン以降、想定を上回る来場者が押し寄せている。
4カ月弱前倒しで目標達成
ニクルは、総事業費約23億円を投じ、2019年度から旧「道の駅 都城」があった場所で整備を進め、2023(令和5)年4月にリニューアルオープンした。
旧道の駅に隣接していた都城圏域地場産業振興センターや市役所別館の土地も活用することで、敷地面積を大幅に拡張。駐車スペースは222台分を確保した。直販所やレストランなどが入る「本棟」建物も旧道の駅の約2.5倍となり、加えて休憩所やトイレ、都城観光協会の事務所などを含む「休憩情報提供施設」も併設された。
それらをあわせたニクル全体に、多くのひとが吸い寄せられた。
旧道の駅時代の年間来場者数は最多で23万人余り。それを、4月22日のオープンからわずか1カ月強で超え、5月末の累計来場者数は25万8000人となった。
オープンから232日目となる12月9日には100万人を突破。都城市は初年度、つまり2024年3月末までの来場者数目標を100万人としていたが、4カ月弱前倒しで目標を達成したことになる。
初年度の実績は約140万人で着地し、2024(令和6)年9月21日には200万人を突破。2024年10月末時点で216万人となっており、好調は続いている。
なぜ、ここまで想定を上回る好成績を残すことができたのだろうか。
「直販所の品ぞろえが以前より充実」「子育て世代にアピールした『木のゆうぐ広場』や多彩なイベント開催が人気を集めた」……。100万人を突破した際、メディアはこう分析していた。
たしかに、これらも人気要因であることに違いはない。そのほかの要因として、ココニクル都城の広報も担当する鎌田真美 経営戦略部副部長は、謙遜気味にこう話す。「ちょうど、コロナ禍明けだったことと、やっぱり皆さん、新しい場所ができたということで、オープン特需ということもあるのかもしれません」。
だが、コロナ禍明けから時間が経ち、前述のように2年目に入っても人気は持続している。深掘りすると、道の駅としては意外な2つの特徴が人気をけん引していることがわかった。
一つめの意外な要因が、「最強の精肉部門」である。
道の駅随一の品揃え
ニクルの建物に入ると、天井が高く開放感のある売り場に驚かされる。朝採れの野菜などの生鮮食品が並び、まるで大型スーパーに来たかのようだ。
さらに正面入口から入って右手には、これまたスーパーのような精肉売り場が鎮座。「ニクルの肉屋」と掲げられたコーナーの冷蔵ケースには霜降りの宮崎牛はじめ、宮崎ブランドポークなどがずらりと勢揃いしている。
通路を挟んだ場所にも、焼肉用のお値打ちなパックや「鶏のたたき」、ソーセージなどの加工品がところ狭しと並んでいる。とにかく、品揃えが豊富なのだ。
店舗内には、牛豚鶏で合計200種類前後の部位がストックされており、パック含めて常時100種類ほどの商品を並べているという。
「牛は熟成させて30日、豚は14日、鶏は処理したその日が一番うまい。それぞれ、脂質が良いものをこだわって仕入れています。品揃えも売り上げも九州の道の駅では一番なんじゃないかな。やっぱり、都城の私たちは『畜産でやっている!』という思いが強い」
大規模な直売所で6年間店長を務めた経験もある大生部長は、誇らしげにこう話す。ニクルでは直販部門の責任者だが、肉に関しても「精肉部長」と言わんばかりの専門知識を披れきし、愛でるように隣に座る“彼”をこう紹介した。
「彼はすごいよ。もう22年、肉を切っているから。もともと彼が精肉を見ていた店舗は、20数店舗あるチェーンのなかで利益率ナンバーワン!肉のプロフェッショナルです」
彼とは、販売戦略部直販課の蕨野友樹 精肉リーダーのこと。「カットマン」と呼ばれる精肉部隊のリーダーを務める男である。
ファンがつく「カットマン」
ニクルでは、精肉の仕入れから仕分け、カット、場合によってはパック詰めや加工まで、一連の流れをすべて、4人いるカットマンが担っている。いずれも肉に関しての知識や技術は間違いがない、という精鋭。そこにハンバーグの成形など補助に入るスタッフが加わり、7〜8人で精肉売り場を回している。このチームを統括しているのが蕨野リーダーだ。
「21歳からスーパーの精肉部門で働いてきました。最初は失敗ばかりして、切っては食べてを繰り返して、今43歳。とにかくお肉が好きで、ニクルに雇ってもらったんです」
そう話す蕨野リーダーに、すかさず大生部長が“カットイン”する。「いや、彼は技術もあるし、性格も良くてお客さんのファンも多かったので、店長を任された。だけど、彼としては出世よりもとにかく肉がやりたいってことで、うちに来ていただいたんです」。
スーパー時代からファンがついていたという蕨野リーダー。中心市街地で老舗のおでん屋「雨風」を営む店主の野村英樹さんもファンの一人だ。
雨風では、「シャトーブリアンステーキ」などこだわりの料理に使う肉の一部を蕨野リーダーから仕入れている。かれこれ17〜18年来の付き合いという野村さんは、蕨野リーダーをこう評する。
「蕨野さんのなにがすごいって、お客さんのほうを見ています。どの業界でもあるんですけど、どこを向いて仕事してるんですか?っていうこと、ありますよね。それが蕨野さんは、ちゃんとお客さんを見て、ちゃんと生産者さんとも話をして、今のトレンドもちゃんと追っているから、こっちも信頼できる。蕨野さんだから買うっていうところもあります」
そんな蕨野リーダー率いる精肉部隊が、ニクルの人気を支えている。
加工品でバランスとって安く
ニクルの精肉部門(加工品含む)は直販部門の年間売上高の約25%を占める稼ぎ頭。品揃えに加え、価格の安さも魅力で、ニクルの職員もその日に使うお肉を正規価格で買って帰るという。広報担当の鎌田副部長もそんな一人。「お肉はニクルでしか買いません。夕方に売り切れていると、朝のうちに買っておけばよかったと後悔することもあります(笑)」。
なぜ、他店よりも安く肉を提供できるのか。カットマンの蕨野リーダーはこう説明する。
「まずは企業努力で商品の回転率を上げているということ。それから、付加価値をつけた手作り加工品の利益率が高いので、そちらでバランスをとることで、精肉のほうはお値打ちに提供できているという事情もあります」
ハンバーグやローストビーフ、鶏たたきといった手作り加工品も、加工しない精肉に負けず劣らずの売れ行き。精肉部門の売り上げのうち40〜50%を加工品が占める。中でもリニューアルオープン以来、人気を博しているのが「メンチカツ」だ。
精肉コーナーの脇にある「肉カフェ」の揚げたてメンチコーナーには、取材で訪れた平日の午後でも行列ができていた。一番人気は「ニクルメンチ(280円)」。平日は1日あたり60個、休日は多いときで300個以上も出るという。
さらに、大生部長が「ありえないような原価率で出している」と言う「プレミアムメンチ(450円)」も売れ切れ続出の看板メニューとなった。宮崎牛を100%使用した贅沢なメンチ。平日は60〜80個、休日は200個の在庫を用意し、10時から揚げたてを販売しているが、午後には売り切れる時もある。
ほかにも、「観音池ポークメンチ」や「福ちゃんポークメンチ」など、都城メンチを代表する御当地メンチを日替わりで提供し、冷凍メンチも用意。これらメンチだけで、月間1万個以上も売れている。
加工品が強いからこそ、肉が回転し、精肉販売も活気づく。そして、その活気は冒頭で紹介した「肉ガチャ」へもつながっていく。
がっかりさせない「肉ガチャ」
肉の自販機に入っているパック肉もまた、ニクルのカットマンが責任を持って厳選したもの。当初は10あるボタンのうち2つだけがなにが出てくるかわからないガチャだったが、ほとんどの利用者がガチャ目当てだったため、10中7つまでガチャを増やした。
1000円ガチャも2000円ガチャも、「その値段以上の価値がある商品を入れるようにしている」と蕨野リーダー。「当たり」が出なくても、がっかりさせないというカットマンのプライドを確かめようと、2000円のガチャを試した。
出てきたのは、当たりではなく、「宮崎牛 肩ロース肉 スライス(250g)」。ただし、大手ネット通販の人気店で同等品を検索すると100g単価が1096円だったのに対し、こちらは800円。たしかにお値打ちだ。
たまに5000円相当のサーロインステーキ用宮崎牛などが出てくるとあって、話題となった。九州のローカル番組でも取り上げられ、福岡市や北九州市、佐賀市など九州各地からもガチャ目当ての客が訪れるようになり、夜間利用が多い大型車ドライバーからも支持された。毎日朝方にはほぼ売り切れになってしまうという。
この肉ガチャ自販機の売上高は1カ月あたり400万円ほど。ニクル全体からすれば大きなインパクトはないが、肉ガチャが来場動機となり、ニクル全体の売り上げを押し上げている効果は間違いなくありそうだ。
さらに、このメンチカツをはじめとする惣菜コーナーの肉カフェは、都城市が推進する観光誘致策「ミートツーリズム」との相性も良かった。
都城市は「日本一の肉と焼酎のふるさと」として、同市が誇る肉と焼酎を市外からの観光客に堪能してもらう観光誘致策「ミートツーリズム」を個人と団体、双方に向け展開している。このうち、バスツアーなど団体旅行向けの旅行支援を利用してニクルに立ち寄った観光客は、2023年10月から2024年9月までの1年間で約7000人いたという。
観光客が立ち寄る「肉と焼酎のスポット」
こうしたツアー客や観光客が惹き寄せられたのは、肉だけではない。一見、道の駅としてはタブーと思える「焼酎」もニクルを活気づける武器となった――。そう指摘するのは、ココニクル都城の福留知(さとる)取締役兼統括本部長だ。
「あくまでも接客した感触ではありますが、豊富な焼酎売り場や焼酎カフェが、団体ツアー旅行の立ち寄り先に選ばれたり、個人旅行客の来店契機になったりしていることは間違いないと感じます」
都城市は、2023年まで12年連続で焼酎売上高日本一を続ける霧島酒造をはじめ、柳田酒造、大浦酒造、都城酒造といった焼酎蔵がしのぎを削る焼酎の名産地でもある。
「“日本一の肉と焼酎”をつかみに、大々的にPRをやっていこう」。池田宜永市長が2014(平成26)年度から「肉と焼酎」を軸とした対外的PR戦略を断行。10年経ってそのイメージは定着し、都城市の知名度も大きく伸長した。
この流れに乗り、精鋭揃いの精肉部門を武器とするニクルは、もう一つの武器として焼酎にも力を入れた。まずは、市内4つの焼酎蔵の瓶がずらりと並ぶ充実の焼酎売り場。なかには県内限定、ニクル限定といったレアな焼酎も置いてある。
さらに、常時、4蔵の焼酎を量り売りでいただける「焼酎カフェ」も設置。計画当初「ドライバーが立ち寄る道の駅としてどうなのか」という議論も内部であったというが、蓋を開ければ運転する必要のないツアー客を中心に刺さった。
試しに飲んでみた焼酎を購入して帰る観光客も少なくない。焼酎関連の売り上げだけで、直販所全体の7.4%も占めるというから驚きだ。こんなに焼酎が売れる道の駅は全国を探しても、ニクルだけだろう。
遊び場に防災、地域貢献の顔
ニクルの道の駅としての特異性は、肉と焼酎以外にもある。地域貢献の顔だ。
たとえば、ニクル内にある子ども向けの屋内施設「木のゆうぐ広場」。そこをめがけ、子どもを遊ばせるために訪れる市民は多い。2023年度、木のゆうぐ広場を利用した人数は23万3610人。ニクルの本棟施設に訪れた人数の約2割に相当する。
都城市民など近隣からの来訪者数を示す確たるデータはないものの、公式LINEの登録者のうち約5割は都城市近郊であることがわかっている。職員の肌感覚では、「地元の子連れ利用者が多い」(鎌田副部長)。「Think都城」の移住者への取材でも、ニクルの遊具施設をお気に入りとしている子育て世帯が多かったのが印象的だった。
地元に役立つという観点では、防災機能も特筆すべき特徴である。
ニクルは宮崎県内の道の駅で唯一、国土交通省から「防災道の駅」として選定されている。防災道の駅は、大規模災害時に防災拠点としての役割を果たすため、国から支援を受けられる道の駅こと。全国に39箇所あり、ニクルはその一つである。
ニクルでは、本棟西側の休憩情報提供施設が主に防災機能を担う。都城観光協会が窓口を設け、観光案内や休憩スペースとして活用されているが、施設は備蓄品が入った防災倉庫や貯水タンク、停電時に3日間利用できる自家発電設備なども備える。
マンホールの上に簡易な便座やテントを設けることで迅速にトイレ機能を確保できる「マンホールトイレ」も用意されており、2024年3月にはココニクル都城の職員ら約20人が参加して、組み立て訓練を実施した。
地盤や建物は堅牢。2024年9月、宮崎県で最大震度6弱を観測した日向灘を震源とする地震の発生時も、焼酎の瓶なども含め、商品が一つも落ちなかったという。ニクルは国土交通省の「緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)」の拠点としても想定されている。いざという時の備えとして、市民に安心感を与える存在でもあるのだ。
拡大する道の駅の役割
ドライバーのための充実した休憩場所であると同時に、観光客が立ち寄る「肉と焼酎のスポット」としても人気を博するニクル。「都城の玄関」として観光需要に寄与すると同時に、地域住民のためにも役立っている。その役割や機能は、今後も拡大していくだろう。
期待されている“新機能”の一つが、「都城市PR連携店」へ肉を発送する「ハブ」機能だ。
都城市は、大都市圏の飲食事業者をPR連携店と認定し、農産物などの販路拡大や観光PRなどに取り組んでいる。PR連携店は東京、名古屋、大阪、福岡圏に約50店舗。居酒屋、鉄板焼き、イタリアン、中華など多岐にわたり、いずれも当地で支持を得ている名店揃いだ。年に1回開催する「みやこんじょフェア」の期間中は、市側から食材や焼酎などを提供し、期間限定のオリジナルメニューを展開している。
イベント企画や店舗づくり、マーケティングなども、よりターゲットを捉えたものへとアップデートされる。「今後は、来場者属性の分析も精緻化させていきたい」と福留取締役は言う。
ニクルは、サービスエリア代わりに利用できる国交省主導の取り組み「賢い料金」の適用施設でもある。賢い料金は、高速道路を一時退出して道の駅に立ち寄っても、2時間以内に戻れば、降りずに利用した場合と同じ料金で高速道路を継続利用できる制度。ニクルを含め、全国で29箇所の道の駅が選定されている。
「ETC2.0」の搭載車限定で、道の駅のゲートにもETCの入退出を検知できる装置が設けられている。そうしたデータも活用できれば、ニクルはさらに賢くなっていくだろう。
「オープンから1年半が経ちますが、まだ最初の“ご祝儀”期間にいると思っています。いろんなラッキーや、イベントなどにご協力いただいている方々の存在などが重なったうえでの200万人。自分たちとしては、スタートしたばかりだと思っている」
経営戦略部の鎌田副部長はそう話す。裏を返せば、ニクルの本番はこれからということ。新たな観光の玄関の進化はまだこの先も続く。